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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第七章 褶曲する海嶺、観測される凝縮
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幕間「追憶の中のわたあめ」

 あなたのせいじゃないの――




 ある日の佐祐倫さゆりの部屋の台所。


 大地はザラメを計量カップで1/3カップほどはかると、それをミルクパンに入れて弱火で温める。

 中火でもいいらしいけど、子どもの頃に覚えたのは弱火でゆっくり待つスタイル。

 待っている時間も含めて、ご馳走だったんだよね。

 小さかった妹が何度もジャンプして、背中を叩いて催促していたっけか。


 僕を叩いても、お砂糖は早く溶けないよ。


 はい、ザラメが溶けたよ。

 自分のお箸を持ってきて。


 はーい。


 家の中でぴょんぴょん飛ぶなよ。危ないだろ?


 あの頃使っていた道具は、泡立て器。

 ここにはなんと、茶筅という便利グッズがありまして。

 溶けたザラメに茶筅の先を浸して……

 持ち上げると甘―い蜜がくっついてきて。


 そこをお箸でクルクルクル……


 おお、茶筅って凄いね。

 思った以上に、蜜の線が細いよ。


 もう一回、クルクルクル……


 回すたびに、大地の後ろでは一緒になってはしゃいでいる小さな妹。


 出来上がるまで、良い子にできるかな?





 きっかけは、ふとした会話だった。

 大地と佐祐倫さゆりの2人が並んで観ていた配信動画にはいろいろな環境映像があって。

 宇宙生活をする大地たちには一生、目にすることのない一面の雪原が、大きな雪山が映されていて。


 雪は、前に観た。

 例の、大野間を助けたときさ。

 水蒸気がマイナス20度C?で雪になってさ。


 大地が語っているのはダイヤモンドダストのことである。

 雪以上に希少な現象である。


『直に観て、どうだった?』


 綺麗っていう前に、マイナス20度Cは寒過ぎるって。

 肉眼で観てる余裕なんてなかったね。

 ……モニター越しで、いいや。


 そのモニターの中では、高い山の頂上から、これも真っ白な雲を見下ろしていて。

 山そのものを知らない大地たちからすれば、登山の厳しさや感動は理解しにくいものであって。


 雲って、どんなだろ?


 天候や現象に興味が向くのも、仕方のないことである。


『わたあめって、雲みたいって聞くけど?

 でも、そのわたあめも見たことないな』


 佐祐倫さゆりがそう言ったので、大地はこっそり作ってみることにした。


 子どもの頃に妹のおやつに作っていたとき以来だから、形の方は期待しないでおこう。

 失敗したら、水で溶いてベッコウ飴にすればいいんだし。

 幸い、ザラメは買いに行かずとも十分な在庫があった。


 こいつを温めるには小さめの深い鍋っと、ミルクパンでいいか。


 あとはお箸と泡立て器……何だ、これ。


 謎の道具が気になった大地は、持ち主である佐祐倫さゆりのところに持っていった。


『それは、茶筅。茶道の道具よ。

 失くしたと思ってたら、キッチン下のラックにあったのね。』


 面倒がって食洗機で洗ったはいいものの、調理道具と一緒に放り込んだのかな、と佐祐倫さゆりはケラケラ笑った。


えーと、茶道ですか……


 時折、大地は佐祐倫さゆりとの間に住む世界の違いを感じてしまう。

 いかんいかん、今の俺は瑞穂の稼ぎ頭なんだから。





 わたあめ作りなんて10年ぶりのような気もする。

 最初の頃なんて、わたのようにフンワリとならずにまるでベッコウ飴みたいになったものだ。

 うそつきー、と輪唱でなじられたような気がする。

 幸いにして、体は当時の感覚を覚えていたようだ。

 大きさこそまちまちだが、雲というより雪玉のような、真ん丸の5つのわたあめができあがった。


 大地の足元で飛び跳ねている妹のように、

 このわたあめ、佐祐倫さゆりさんも喜んでくれるだろうか。


 ダイニングテーブルで待つ佐祐倫さゆりにわたあめを披露した。

 作ること自体は内緒にしていたから、サプライズだ。

 佐祐倫さゆりは目を見開いて、受け取ったわたあめを見つめた。


「これ、ひょっとして?」


 見たことないって、言ってたから。

 まずは、千切って味見してみて。


 佐祐倫さゆりは一つまみを千切り取ると口に放り込んだ。

 舌の上ではかなく溶けていくわたあめ。

 実態はあるのに、甘味だけを残して消えていく。


「なにこれ、なにこれ……」


 ほっぺを押さえて大地の肩をバンバン叩く佐祐倫さゆり


 チョコレートの時と似た反応、てことは気に入ったのかな。


 続けて、わたあめを頬張る佐祐倫さゆりを見て、大地にフラッシュバックする影。


 そうだ……あの頃の希倫はまだ……

 じゃんぷもへたくそで僕のせなかまでとどかないのに……


 ――さっきまで居たのは、誰だ?


『美味しい。お兄ちゃん、大好き』


 これは、希倫じゃない。

 年を取らないもう一人の、僕の妹。


 過去に囚われた大地の視界が歪む。


 え、俺、今……何歳だ?


 めまいが止まらず、足元から崩れ落ちる大地。


『大地くん、大地くん』


 遠くで誰かが僕を呼んでい……





『本人から聞くのが、筋だと思うがな』


 従弟の黒崎健吾から、大地の家庭事情については大方聞き出している。

 大地のことは何でも知りたかったから食い下がった。


『悪友と従姉、

 もちろん、幸せになってほしいさ。

 だから……

 うかつに大地の爆弾を踏ませないために教えた。

 間違いなく、大地の心の傷だ。

 大地本人から言うまでは、

 佐祐倫さゆり姐ちゃんからは絶対に口にするな』


 聞き出したのが、良かったのか悪かったのか。

 大地と過ごしている時間が長くなるほど、過去の影が彼をむしばんでいることを目にする機会が増えた。


『僕が、希礼のパンを取り上げたから』


 そんな筈はない。

 あっていい筈がない。

 子どもが抱えていい傷じゃない。

 仮にパンの話が本当にあったことだとしても、

 その一度の過ちで生命にかかわるほど飢えていたのなら、

 それは、育児放棄していた保護者のせいでしょう。

 なぜ、子どもだった大地くんが自分を責める必要があるの?

 こんな風に、手間のかかる『わたあめ』まで作って、

 まだ小さかった妹さんを可愛がっていたんでしょう?


 佐祐倫さゆりは怯える子どものように震える大地を抱きしめ、あなたのせいじゃない、と繰り返すしかなかった。

 部屋に残るお酒の香りが、大地に自分たちを捨てた母を連想させるきっかけだとは思い至らぬまま。


 ――育った場所が違うから

 すれちがいは――




 知らないお姉さんがやってきて


 僕のせいじゃないって


 何のことだろう


 それより


 お母さんはどこ――

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