第64話「未体験領域」
扉の向こうは
まっさらな紙のような雪原
最初の一歩は力強く
息をするのも忘れそう
【張風星環群、柳生(廃棄星環)】
《やあやあ、遠からん者は、音にも聞け》
鯉幟翔大駆る『湖竜将』
VS
沖大地駆る『赤銅鏡』
《近くば寄って、目にも見よ》
騎士管に公認登録されたばかりのこの『赤銅鏡』は、『赤銅驥』をベース設計として沖大地が操縦することを前提にカスタマイズ設計された特注機体である。大地個人カスタマイズであるにもかかわらず、拡張に特化しプラグイン構造を全面に押し出した超汎用騎士艇である。
《我こそは、張風は留橋の、
鯉幟翔大なり!》
超汎用性ね。
なんだ、その『雨降って地固まる』とか『負けるが勝ち』みたいな表現は?
風鈴寺博士は愛弟子である承福鉄平さんが設計した苦心作を称して、
『これこそが人型であることの究極形態』
ホント、風鈴寺博士が何を言っているのかは、いまだにわからん。
コアパーツを標準化することで、操縦者の負担も減らせる構想だとか。
いや、こんなの騎士艇に限った話じゃないでしょ。
乗用車を運転できる人は、
少なくともトラック運転まではできるでしょってのは、
人類の技術史に昔からある話じゃないの。
……騎士艇って人型のくせに
騎馬吶喊みたいな戦いしかしてこなかったから、
競技と道具が吊り合ってないって話か。
そういえば規則には載ってないけど、
騎士戦には人型宇宙船を使うべしってどこで決められてるんだ?
《我は、張風一門に連なる者なり!》
【張風星環群、留橋(居住星環)】
観戦施設。
《我と思わん者は、いざ尋常に勝負せよ!》
鯉幟翔大本人による口上の終わりとともに、試合開始のブザーが響き渡った。
連動していたのか、逆算して名乗りを始めたのか。
それにしても……
佐祐倫は手にしたカップからコーヒーをすすった。
入れてからずいぶん経ったコーヒーはすっかり冷めており、酸味がくどい。
「古臭いなあ」
観戦施設中央の立体モニターには、『湖竜将』と『赤銅鏡』が映されている。
「戦場で先懸や一番槍の功を認めてもらうために
周囲の人たちを証人にするのは、
記録装置のなかった時代では有効な手段だったんでしょうね?」
大地の乗る『赤銅鏡』のシルエットは、いたってシンプル。
色目もあって、ヒーロー番組に登場する小悪党にも見える。
「ああ、子供番組のヒーローものでなら、現代でも残ってるわ」
対して、地元の英雄が乗る『湖竜将』は、白と水色を中心としたカラーリング。
データ倉庫から引っ張り出した観戦パンフレットの紹介文によると、流線型を意識しながら格好良さを追求したシルエットだそうだ。
ヒーロー番組の主役の誰かを騎士艇にすれば、こんな感じになるのだろう。
「ヒーローが悠長に名乗りをしている間に攻撃してこない悪者って、
お行儀がいいなあと気が付いたら、卒業なのよね……」
四角網を何重にも被せた上から、『赤銅鏡』の飛びつき胴締め/フライング・ボディ・シザースが決まった。
こうなった『湖竜将』には、『赤銅鏡』に四角網ごと躯幹を絞り上げられて、騎士艇構造の中枢が破壊される未来があるのみである。
つまり、勝負あり。
チョン、チョンチョンチョンチョン……
《沖大地が『赤銅鏡』よ。
鯉幟翔大が『湖竜将』、
もはや叶わぬ。
参り、ましたぁ~》
これまた芝居がかった降参宣言が流れてきた。
「あ、大地くん、勝っちゃった。
この試合、終了合図は拍子木なんだ……面白い」
立体モニター画面には一般的な勝利判定が映し出されている。
《『湖竜将』が降参したため、
星環騎士戦規則の第3条第一項第2号に基づき、
『赤銅鏡』の勝利です》
「それより、試合時間、空地の草刈りよりも早いんじゃない?
大地まで叱られないかな……」
一般的に冠試合を申し出るスポンサーは、盛り上がる派手な攻防、できれば長めの試合を期待している。
案の定、携帯端末には呼び出しサインが表示されている。
数時間前に挨拶を交わした冠試合のスポンサー企業からだ。
顔を顰めた佐祐倫は諦めて席を立った。
「文句なら、あっさり降参した鯉幟陣営に言ってよ……」
佐祐倫の脳裏に、いつの間にか大地の無二の親友を自称するようになった『星環騎士戦トップリーグ最弱にして最後まで食い下がる騎士』大野間猛の変なガッツポーズが浮かんだが、あんなド変態がうようよ存在する騎士戦とかとんでもない、と頭を振って追い出した。
それより、自分を蹴落としても大地の秘書役を虎視眈々と狙っている者は今でも大勢いる。
こんな壁役くらいでへこたれていては、務まらないのだ。
それよりも……
「……あなたの無駄を省きます。
合理の騎士、沖大地。
うん……このキャッチフレーズで、逆に売り込んでやる」
怒り心頭であったはずの本試合の冠スポンサー。
開き直った佐祐倫の堂々たるプレゼンに、同席していた広報代理店がまず心を動かされて強力な味方になり、即席共同戦線の結果、冠スポンサー企業は『湖竜将』VS『赤銅鏡』のダイジェスト映像使用権を騎士運から買い取って自社CMを作成するまでに至った。
逆境にこそ真価を発揮する、ハンマースルー。
大地だけが使える技ではない――
【諸角星環群、釣瓶(居住星環)】
この相手には、勝ったことなどない。
いや、見栄を張ってしまった。
トップリーグに昇格してからこのかた――
勝ったことが、ないのだ。
礼文慎駆る『蒼炎山』
VS
大野間猛駆る『鬼飛車』
第43期4年度を全休し、最終の5年度に復帰して以来は、連勝を続けている礼文慎である。
礼文は前期の総合優勝者であり、この第43期も初年度と2年度は年間1位。
第43期3年度最終戦でその礼文とほぼ相討ちとなり、4年度をほぼ休戦していた杉原行成は、今年度の初戦である大地戦を落としただけで、その後は負けることなく礼文を追走している。
この2人は本来、生涯勝率7割を超える怪物たち。
最終年度開始時点で最も勝ち星を稼いでいた舘脇亀は、総合優勝の望みを抱いたまま、大野間の目標にして現在の盟友である炎城志朗に討ち取られて戦線を離脱した。
何度か言葉を交わしたこともある亀の訃報が届いた夜には、大野間は一人、涙したものだ。
そして、大野間の大親友である大地もまた、憎らしいくらいの白星街道をひた走っている。
大地もまた、過去に大怪我で一時期リタイアしていながら、総合優勝の可能性を残している。
すべて、自分には遠く眩しい世界の出来事。
下手くそ過ぎる。
間が悪過ぎる。
要するに、弱過ぎる。
せっかくの実験機を使いこなせていない。
史上最弱のトップリーガー。
嘲られてなお、踏みとどまるのは、
矜持か。
期待か。
友情か。
試合開始早々に『蒼炎山』の長槍が『鬼飛車』の右肩部を正確に射抜いた。
大野間の油断ではない。
必要だったのだ。
『鬼飛車』の右手は握力を失い、自身の槍を手放した。
片手で操る槍では、もう戦えないだろう。
後は、いつものように礼文得意の小剣による刺突が待っている……
「済まない、観客達」
今回だけ、今回だけです……
「大地のためだけに……」
諦めずに食い下がる大地の幻影が大野間の目に浮かぶ。
星環騎士としてあるまじき……
大野間、一世一代の大博打。
それまで大人しかった『鬼飛車』の背面スラスターと右腕部に炎が灯る。
長槍に、より深く刺し貫かれていく自身の愛機があげる悲鳴などものともせず、前進あるのみ。
右腕の炎は、炎城志朗の『轟焔騎』の実証実験用途としてのニトロ機構。
右肩部は長槍に貫かれて握力を失ったが、さすがは実験機だ。
右腕部にあるニトロ機構は、まだ生きている。
史上最弱の身に余る装備。
『蒼炎山』の船体は、もう目と鼻の先にある。
さらに、今度は左腕部に炎が灯る。
「お前の弱点は、ここだぁぁぁ」
それは、大野間の誤解である。
礼文慎には、接近戦に死角があるのだと。
第42期総合優勝を決めたのは、礼文慎の接近戦に炎城が応じたことだと、大野間は完全に失念している。
『鬼飛車』はその両の腕が吐き出す炎によって、『蒼炎山』を抱きしめる形となる。
左手に槍を握りしめたままで。
すなわち、もろともに槍を――
《『蒼炎山』の脱出機構に不全が認められたため、
星環騎士戦規則の第3条第一項第1号に基づき、
『鬼飛車』の勝利です》
「勝った?」
勝利の予感など欠片もなかった。
あったのは死の予感だけ。
友のために、大野間は王者を抱えて死ぬ覚悟だったのだ。
大野間の顔は、涙と鼻水と涎でべしゃべしゃだった。
小水だけでなく、大便まで漏らしていた。
覚悟はしていたが、誤魔化しようもなく怖かったのだ。
やがて、『蒼炎山』から通信が入った。
脱出機構がダメになったので、安全のために並行飛行をお願いしたい、とのことだ。
さすがは王者。
負けても堂々たるものだ。
大野間は顔を慌てて拭ったが、きっと誤魔化せていないだろう。
通信が『鬼飛車』操縦室の臭気まで伝えないのは、きっと祝福である。
《なお、『鬼飛車』、大野間猛は、
今回がトップリーグ昇格後の初めての勝利となります》
決死の大野間を救ったのは、『鬼飛車』左腕部ニトロ機構の故障だった。
実証実験機には起こりがちな故障が、礼文慎と大野間の無理心中を未然に防いでいた。
加速を失った左腕部は、『蒼炎山』の装甲と脱出機構を貫いたところで、その全推力を使い果たしたのだった。
「僕から、というのは腹立たしいが、
初勝利おめでとう、大野間さん。
油断したつもりはなかったが、
貴方の『最後まで食い下がる騎士』の異名、
誇張ではなかったな」
大野間にとってはアウェイである諸角の観戦施設中継を映す操縦席のモニターからは、これまで聞いたこともない規模で観衆の非難轟々の大合唱が聞こえてくる。
だが、大野間は声もなく慟哭と感涙にむせんだ。
その非難轟々の大合唱こそが、敵方が勝利した証。
いつの間にか、礼文との通信は切れていた。
胸の奥底で散る火花
何かが私を押す
恐怖は期待へ
妄想は目標へ
白い闇を切り裂いた手は
空よりも高い頂を掴み取る
挑戦は旅の始まり
地平線の向こう
まだ見ぬ明日が眩しい




