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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第六章 変成と圧密、鍛錬する地層
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第63話「貴方と食べるアクアパッツァ」

 次から次に口に放り込まれる


 味の濃い友情


 胃もたれする


 友情のほかは何も入れていないのに




 炎城志朗こまったちゃんの巻き添えで、騎士運の調査委員会の諮問に呼び出された大地。

 用事が済めば、とっとと瑞穂に引き返したかったところであるが、諸角もろずみ星環群の陣治じんち(政治星環)からの直行便運航ダイヤが2~3日に1便程度しかなかったため、来たときと違って長距離の星環連絡バスをいくつか乗り継いで瑞穂まで帰ることになったのだ。

 お陰で明日の晩までの丸一日以上を、バスに乗るか待合室で座っているかで過ごすことになる。

 炎城からの食事の誘いを断った手前、陣治じんち(政治星環)のどこかでご飯にするのも味が悪いと騎士運事務局を出たその足でベイエリアに向かったのは運が良いのか悪いのか。

 陣治じんちのベイエリアで同じく長距離バス待ちをしていた大野間猛おのま・さかりと出くわしてしまった。

 大地が予約したバス便を告げると、大野間は暑苦しく抱擁してきた。

 大野間おのまが暮らしている平柱べいちょう星環群は諸角もろずみ星環群のすぐ隣にあり、大地が乗るバスとは別方向である。

 しかし、折悪しくその最短航路に数日前から広範囲にわたってデブリ群が居座っているため、隣のはずの諸角もろずみに来るときにもかなりの周り道をしたそうだ。

 なぜ、大地が大野間から情熱的な抱擁を受けたのかと言うと、途中まで同じバスに乗り合わせるとわかったからだった。

 やがて目当ての長距離バスが到着した。

 勝手に熱き友情を感じている大野間は、もちろん大地の真横の席に陣取った。


 大野間げいにんは、静かにしていると心臓が止まってしまうのだろうか。


 もしも、そうであるならば、大至急治療を受けてもらえまいか。

 主に、俺の安寧のために。


 調査委員たちの前でやってのけた弁慶之勧進帳どくえんかいを、大野間は大地しんゆう相手に嬉しそうに報告してみせたのだ。

 そのうちに興が乗ってきたのだろう、張り切って1割増しで再演までしてみせるようになった。

 本来は退屈な長距離バス移動の時間である。

 大地と大野間以外の乗客たちはまだ早い時間とあって仮眠することもなく、二人の席を取り囲むように集まり、やんやの喝さいを浴びせたのだった。

 独演会が一段落した大野間は、観衆から最初からもう一度頼むとリクエストされた。

 その前に水だけ飲ませてと快く応じる大野間。

 ケレン味たっぷりの大野間に合わせたわけではないが、大地はわざと大袈裟にアイマスクをかけてみせて寝たふりをしてやりすごすことにした。


 帰りてえ……

 いや、まさに帰り路なんですけど。


 しばらく経って、観衆から再度のアンコールの声が上がる。


 さっきよりも、声が大きい気がするぞ?

 いや、観客の数が増えてないか?


 彼らの声に気持ち良く応える大野間。

 友情劇熱演リサイタルから解放される乗換地点まで、あと2時間強も残っている。





 大地は目を覚ました。

 今回の諮問会出席は、何だかとても疲れてしまった。

 恐らくは諮問会そのものが原因ではなく……

 大地のお腹が大きく鳴った。

 寝る方を優先したので、瑞穂に到着してからも何も食べていないのだった。

 今度こそ、お腹に何か入れよう。



 昨夜、大地はどうにか無事に瑞穂まで辿り着いた。

 大野間と別れて以降も、特徴的な騒がしい声が耳に残っていて、バスの中でも乗換所でも大地は結局一睡もできなかった。

 お帰りなさい、と出入港ロビーで佐祐倫さゆりに出迎えられると、大地は人目もはばからずきつく抱きしめた。

 それまで、人前ではスキンシップを取ろうとしてこなかった大地からの抱擁に戸惑った佐祐倫さゆりの喉から、変な声が漏れた。

 すっかり自分の鼻奥に慣れた佐祐倫さゆりの香りに大地の緊張がほぐれていく。

 大地は、ようやく地元に戻ったのだなあ、と実感できた。

 安心した大地のお腹がクウとなった。

 諸角もろずみ星環群の陣治じんち(政治星環)でも食事をしていなかったので、移動中も含めて丸1日以上何も食べていないことに気付いた。


「どこかで、何か食べる?」


 まだ開いている店はあると佐祐倫さゆりが気遣ってくれたが、当の大地はとにかく眠かった。

 時間も遅いし、居酒屋の喧騒の中で食べるくらいなら、まずはぐっすりと眠ってからにしたい。





 目を覚ました大地は、隣で寝息を立てている佐祐倫さゆりを起こさないように静かに寝床を這い出した。

 勝手知ったる台所に向かうと、大地は冷蔵庫や棚にある使えそうな食材を物色しはじめた。

 あまり自炊しない佐祐倫さゆりも、大地が訪れるようになってからは、食材をよく仕入れるようになった。

 鋼谷琢磨からは主に和食を仕込まれていた大地だが、近頃は料理人志望で『魔法のパン屋』で働いている全力はるよしから洋食のレパートリーまでも幅広く吸収している。

 朝、佐祐倫さゆりが寝ている間に大地が勝手に料理を始めるのも、もはや日常。


 イカと鯵の切り身、

 ボイル済の池蝶貝、

 トマトと玉ねぎが丸ごと、

 あとは葉っぱのついた大根……

 んー、ニンニクはないけど、ショウガがあればなんとか……あった。


 玉ねぎとしょうがをにんにくの代用にしてアクアパッツァ風にするか。

 大根の葉っぱを刻んでパセリ替わりにして、

 本体の方は大根おろしにすると、食が進みそう。

 大地は調理用具棚から包丁と炒め鍋(底の深いフライパン)を取り出した。


 まず、玉ねぎをみじん切りにして、それを炒め鍋に入れたら弱火っと……


 続いて大地は、イカと鯵の切り身を敷いておいたキッチンペーパーに乗せて、浮いている水分を吸わせる。

 さっきから弱火でじっくり炒めておいた玉ねぎは、色が付く寸前のしなっとした感じになっている。

 香りを嗅いでみると予想通りの良い感じだ。


 ここに鯵の切り身を投入ですよっと……焼き色が付くまで炒めるよ。


 鯵を炒めている間に、大地はトマトを大きめの輪切りにし、付け合わせの大根おろしを二人分に足りる程度まで用意する。


 ついでにショウガもすり下ろして。


 よしよし、良い感じ。


 大地が炒めている鯵を引っ繰り返すと、良い感じの焼け目がついている。


 それでは、イカ、トマト、池蝶貝、君たちの出番だ。

 炒め鍋の中に綺麗に整列してね。

 それから、ショウガと醤油にお酒、水……みんなで仲良くするのだよ。


 大地は材料を投入し終えると、炒め鍋に蓋をして中火にした。


 あと5~6分もしたら、蒸し上がりかな。

 ふりかける香味用に、大根の葉っぱを刻んでおくか。

 結構大きい葉っぱだったから、1/3枚でも多いか?

 残った葉っぱの使い道は……

 食べ終えてから、佐祐倫さゆりさんにリクエストを聴いてみるか。

 茎なんか、醤油でも塩でも酢でも。

 もちろん浅漬けでサラダ感覚でもいいよね。

 炒飯の具にしても……そろそろ蒸し上がったかな?


 大地は鯵の身の一つを少しバラして中まで熱が通っていることを確認した。

 そして、イカの切り身を一つ摘まみ食いして、蒸し上がり具合をみた。

 小さじにスープを掬い取って味見もしてみた。

 鯵とイカと貝とトマトのそれぞれ主張のある出汁を、液状になった玉ねぎがうまくまとめている。

 少し入れたショウガも、このすっきりした味わいに一役買っている。


 胡椒も欲しいけど、食卓で好みの量をふりかける方が良さげだね。


 柑橘の果汁があれば言うことはないが、レモンも酢橘も橙もなかったので、しょうがない。


 そう言えば、美味しい柚子酢がなかったっけ?


 振り返ると、見覚えのある柚子酢の空容器が炭酸水と焼酎の空容器と並んで置かれているのが見えた。

 どうやら、佐祐倫さゆりがサワーにして飲み尽くしていたようだ。


 佐祐倫さゆりさんが一人になると、目に見えて酒が増えているっぽいのは、忠告しておいた方がいいのかしら。


 まあ……本人次第か。

 俺が口出しすることでも、ないな。


 あとは、煮汁にもう少しとろみが出るまで煮詰めたら完成だ。

 仕上げにはごま油を少しかけて、刻んだ大根の葉っぱを散らしてっと。


 ……おっと、主菜に夢中になり過ぎた。


 ごはん……は、空か。


 買い置きのバゲットがあるから、スライスして……

 アクアパッツァがあるから、トーストしなくても……

 いや、ここで手間を惜しんで台無しにするのはなしだ。

 バゲットに水分を軽く含ませて、

 焦げ防止に、さっき余らせた大根の葉を載せてトーストしよう。

 これで中はフワッ、外はカリッになるはず。

 トースターでほど良くローストした大根の葉っぱをそのままにしておけば、

 アクアパッツァを載せてもバゲットのパリッパリはそのままなんじゃね?


「……おはよう」


 寝ぼけまなこの佐祐倫さゆりが欠伸を隠さずに台所に入ってきた。

 食卓の席についた佐祐倫さゆりは、朝のニュース配信番組を眺めるためにモニターをオンにした。

 これも今では見慣れた光景になった。


 今日の朝食は、『イカと鯵のアクアパッツァ風、大根おろしを添えて』

 バゲットの方も、じきに仕上がるから――


 諸手もろてを挙げて喜ぶ佐祐倫さゆり、にゃーという猫のような鳴き声を添えて。





 モニターには、大地がつい最近会ったばかりの調査委員会の面々が映し出されていた。

 彼らの中央に座る調査委員長――ヒゲ男爵――が、代表して大地も関わる羽目になった案件に関する答申を発表していた。

 大地の件については、ほんの数秒だけ触れたのみ。


『問題なし』


 そして本題の炎城について。

『規則第5条第一項に基づき、調査を行った結果は次の通り。

 いずれの場合においても、炎城志朗による攻撃は一撃のみであり、

 これがただちに、

 同条第二項に規定された「不必要な攻撃」に該当するのかという判断は、

 当委員会だけではいたしかねるものである。

 ただし、これらの攻撃によって、

 いずれの試合でも、対戦した騎士に重傷以上の被害をもたらしてきたことは、

 いかんともしがたい事実であることは申し述べておきたい。

 また、当該攻撃において確認された

 複数のニトロ機構を同時に利用しての複合的な加速キネティック・チェーンについて。

 規則の附則第二項第3号の

 「人間の神経伝達速度及び反射速度をもって回避または防御することが

 物理的に不可能な速度で到達するエネルギー兵器」には

 直接該当しないと考えられるものの、

 これに準じた扱いが必要ではないか、という意見もあることは承知している。

 しかしながら、複合的な加速キネティック・チェーンそのものは、

 人体の動きの中でも自然と行われているものであり、

 これらを一律で不適切と断じて制限してしまうことは、

 人体を模した星環騎士艇の各関節部位の連携、

 いわゆる槍の一突きですら審議対象としてしまうことに繋がりかねない。

 そのため、今回の議論では複合的な加速キネティック・チェーンそのものではなく、

 複数のニトロ機構の同時使用を認めるか否かという点に集約した。

 そして、攻守両方の騎士艇における安全面において、

 その運用を慎重に取り決める必要性が認められるという結論に達した。

 つまり、この「複数のニトロ機構の同時使用」に関して、

 「新たなルール作り」の準備のため、

 専門家を加えた調査チームを設置するよう求める提言を、

 本調査委員会の答申としたい。』





 つまり、俺も炎城志朗も、仲良くお咎めなし、だね。


 ……いや、違った。


 大野間のせいで大変疲れる羽目になった、俺の一人負け。


 佐祐倫がパリッと焼きあがったバゲットを一口サイズに千切って、ほど良い量のアクアパッツァを載せたものを大地の口に押し込んだ。


 ――旨い。お代わり。




 嘘をつかないこの旨み

 故郷の海を思わせるこの一口


 今日の料理みたいに

 この世界も

 うまく仕上がっていればいいのに

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