第62話「調査委員会」
牙を剥く番人たち
街の言葉は眠りにつき
振り下ろされる鉄槌
頼れるものは何もない
謂れなき容疑。
とはいえ、調査委員会からの正式な呼び出し。
リモートではダメかと騎士運の窓口に尋ねてみたが、潔白を示したいのなら来た方が良いですよと係員に軽くあしらわれた。
出席しないわけにはいかないようだ。
諮問会の日程は、当然ながら試合に影響のないものが示されている。
しかし、場所が諸角星環群の……どこだ、ここ?
【諸角星環群、陣治(政治星環)】
星環騎士戦運営委員会事務局。
大地は先日の大野間との試合における『意図的に操縦室を狙った疑惑』について、騎士運の調査委員会が開催する諮問会に召集されたのだった。
大地のいる控室の電話が鳴った。
電話を取った係員から、時間が来たのですぐ隣にある諮問会室に入室するよう指示された。
諮問会室と聞いて、大地は裁判所のようなところを想像していたのだが、ドアの向こうは少し広めの会議室だった。
部屋には、長机とパイプ椅子が向かい合わせになるように配置されていた。
何とも簡素で、大地は拍子抜けした。
向こう正面に座っている3人、高そうなスーツを着込んだ人たちが、調査委員なのだろう。
左から丸メガネノッポ、ハゲ親父、ヒゲ男爵が並んでいる。
真ん中のハゲ親父が大地に正面の椅子に座るよう手で示した。
「まず、貴方の氏名、所属を」
えー、沖大地、北斗星環群は瑞穂、赤銅騎士団所属です。
ID、ここにあるんで、チェックします?
ハゲ親父は必要ないと手で大地を制した。
「去る@月@日@時頃、
平柱星環群、華蝶(廃棄星環)内部での騎士戦における、
『鬼飛車』の操縦室を意図的に狙った可能性について、
ただいまから聴取をおこないます」
調査委員会には、事前に『赤銅驥』のフライトレコーダーを提出済みである。
今日行われるのは、当事者にその意図があったかどうかの確認ということだ。
あの……
一つ、いいですか。
「何でしょうか」
裁判だと……
ここで権利を確認させてくださいって言うところですけど、
大前提として、俺って、規則の第何条で調査されてるんですか?
さっきの『操縦席を狙った可能性』だとすると、
第5条が近いっぽいけど、
対戦相手の大野間は死んでもないし重傷でもない筈です。
ハゲ親父は左右の男たちと顔を見合わせた。
「その疑問は、至極真っ当なものと思いますよ。
大野間くんは事故後、脱水症状と軽い凍傷が見られたものの、
すでに健康を回復しております。
貴方の迅速な救助もあって深刻なダメージはありませんでした。
騎士運のほかのメンバーに成り代わり、
そのことについて、私からもお礼を申し述べたい」
だったら……
丸メガネノッポとヒゲ男爵が揃って、待ちなさい、と大地を止めた。
「実は、その大野間くんにも聴取を済ませたところでね。
その……ずいぶんと熱心に、大地くんを庇っていたよ」
ずいぶん熱心に、のあたりで丸メガネノッポの方が深くため息をついた。
ハゲ親父の方は口元を押さえていたが、笑いを抑えきれていない。
ヒゲ男爵は……顔色一つ変えもしない。
「星環群を超えた、しかも同じリーグでの友情は、貴重だよ。
老婆心ながら、これからも大事にすることをお勧めする」
大野間、ここでも芸人魂をやらかしたのか。
絶対、職業選択を間違ってるだろ。
いや、トップリーガーなんだから、間違っても、いない……のか?
「彼の供述だけでなく、
こちらの調査でも、
およその原因は彼の回避行動が適切でなかったことだと見当がついている。
だが、こんなわかりやすい調査案件ばかりではないんだ」
ええと?
俺、何か別のことに巻き込まれてます?
ハゲ親父は顔をしかめ、ここでようやく感情を表に出した。
「この後に、大物が控えていてね。
……かなり厄介な。
そちらを詰めるために、
比較的軽微ではあったが、
同日の事故の当事者である貴方の件を無視するわけにいかなくなったのだ」
ハゲ親父は肩をすくめて、普段なら書類上の調査で終わるような案件でした、と吐露した。
わざわざ同日と言ったね?
てことは……
「後付けになるが、私は独り言をする癖があってね」
……ああ、聞き流せってことね。
それにしても、
そちらの都合で俺に交通費使わせてここまで呼びつけるの、
虫が良すぎない?
「君に関しては……
以前から、各所の苦情が多かったのもある。
規則に抵触してそうなギリギリを攻めている自覚は、あるよね?」
一回、ここで禊をしておけと?
「それらについても、
今のところは規則上問題なし、と結論は出ている。
今後、度重なるとどうなるかまでは、私は保証できんがね」
……怒られるまでは、セーフですよね。
「普通は控えておきます、くらいは言うのだろうね。
まあ、貴方のその危機感の軽薄さが
今回の迅速な救助活動にも繋がっている気もするから、
深くは追及しないことにするよ」
大野間くんと、良いコンビだよとハゲ親父は苦笑した。
その後、大地はいくつかの質問に答え、口頭でお咎めなしとの沙汰を貰った。
「独り言だからね。調査委員会から正式な答申を出すまでは、神妙な振りを頼むよ」
なら、いつもどおりに振る舞います。
「結構。もう帰って構いません」
終始無表情だったヒゲ男爵の手が、入口を指した。
このヒゲ男爵が、調査委員長だったのかしら?
大地の脳裏に、ヒゲ男爵を何とか笑顔にしようと全力で暴れる大野間の姿が浮かんだが、頭を振って追い出すと諮問会室を後にした。
用事を済ませた大地が騎士運の事務局の入り口近くまで戻ると、正面玄関から見覚えのある人物が入ってきた。
大地の知り合いではない。
有名人だった。
炎城志朗。
元絶対王者。
最近やたら危ない試合ばかりの問題騎士。
つまり自分の後の厄介な大物とは……
こいつの巻き添えだったのかよ。
炎城志朗の復帰後の惨状。
ここ1年で2度の死亡事故。
同じく騎士引退に至る重傷が1回。
単純に重傷者が、ほぼ毎回。
そう言えば、こいつに騎士運から処分が下されたとかの回状ってなかったよな。
今頃になってようやく調査委員会が動いたってことかよ。
星環騎士戦は戦争ではない。
だが、大地や炎城の属するトップリーグは、星環群連合の政権をかけた争いの面を持つ。
星環騎士とはすなわち戦争代理人。
しかも舞台は、真空の宇宙空間。
事故がそのまま命にかかわることが当たり前の世界。
だからと言って、星環文明は資源も命もやすやすと捨てていいほど甘いものではない筈だ。
絡んでも面倒くせえ……
知らぬ者同士、素知らぬ顔で済ませようと大地は思っていた。
だが、炎城はそうではなかったらしい。
大御所の方から挨拶をしてきた。
仕方なく大地も挨拶を返す。
「じかに会うのは……最初の筈だが、そんな気がしなくてね」
何年か前まではよく見かけていた炎城の笑顔が目の前にあった。
同世代の青年ならサインでもねだってそうな状況だった。
だが、大地には何の感慨もわかない。
炎城が言うには、俺の大ファンなんだって。
俺と、戦いたいから、ここまで戻ってきたとか、
お世辞もいいところだよ。
「この後、そうだな……
会議があって、少し時間はかかるかもしれないが、
一緒に、食事でもどうだろう?
大野間くんに代わって、お礼もしたい。
ご馳走するよ。美味しいところを知っているんだ」
まあ、あんたはこの諸角出身だし、そりゃ詳しいでしょうよ。
ただ……俺の場合と違って、少しで済むのかしら?
目の前の、張り付いた笑顔に辟易する。
ずっと見ていたい顔ではなかった。
諸角は、長居する雰囲気の土地じゃないんで。
この事務局が、一番ましですね。
俺は、早々に引き上げます。
炎城は意味ありげに顎に手をやった。
「違いない。食事は、また今度の機会を窺うことにしよう」
ではまた、と炎城は親しげな笑顔で爽やかに手を振り、堂々とした足取りで去っていった。
まったくもって、諮問される立場の振る舞いじゃねえよな……
……窺う?
仕立ての良い上着をまとい
足音は堂々と床を叩く
真実の証言台
一点の曇りすらない
王は誇らしげに席に着いた
そこは栄華を飾るための舞台




