第61話「月に亀」
終わりを告げる道化師の刻
暴虐無道の王は嗤う
真心など真空に消える幻と
亀は信じて進む
真空の彼方に光る真実を
大地と大野間が『赤銅驥』の操縦室内部でせせこましく肩を寄せ合って友好を温めている頃。
【平柱星環群、紫若(居住星環)】
《星環騎士、沖大地の決死の救助活動により、
生命の危機にあった星環騎士、大野間猛は、
無事に救出されました。
現在、両名共に『赤銅驥』内にて体力を回復中です》
観客たちが、先ほどまでの踏みつけ残酷劇に眉をひそめていたのもどこへやら。
安心のため息の後、大野間の無事を喜ぶ気持ちと勇敢な大地への感謝とで観戦施設は万雷の拍手に包まれた。
《なお、事故・遭難を防ぐために
『赤銅驥』はその場での待機となります。
取り急ぎ救助隊が向かっております》
ドームいっぱいに『大野間』と『沖』の大合唱が広がった。
【平柱星環群、華蝶(廃棄星環)】
……ですってよ。大野間さん?
観戦施設の様子を伝えてくるモニターの方へ大地は顎をしゃくった。
自分を落としたり持ち上げたり、実に忙しいことだ。
それにしてもさ、去年にやったときも感じたけど、
めっちゃ人望あるな、大野間。
大地はあえて人気ではなく人望という言葉を使った。
なんかこう、観客から星環騎士に向けられる感情とは一線を画していると言うか……
「嬉しいなあ、
いつも応援してくれる皆のためにも勝ちたかったよ~
特に今日は初めての冠試合だったし?」
明後日の方向へ向けて顎にピースサインを決める大野間の姿は、見る人が見ればなかなかにキュートなのだろう。
初めて……そうなの?
「いやあ、沖くんくらい人気者になると、
冠試合も引きも切らないんだろうけど、
僕は真面目さだけが取り柄の二流だしね」
真面目ね……
お前、大斧を持ち出す前に、
降参するとか嘘ついてなかったか。
それに、トップリーガーのくせに二流とか、謙遜でも言うなよ……
あと、どこの誰に向けて親指でグッドサインやってんだ?
「そこは、何て言うか~
冠試合じゃなきゃ、本当に降参してましたよ?
冷却水がだだ洩れしたせいで、あわや酒蒸しでしたし~」
生きてるって素晴らし~、そう言いながら招かれざる客の大野間は身を寄せ合うほど狭い空間で、跳ねるように体を揺らして手を打ち鳴らした。
何で生命維持装置が止まってても、ずっと降参信号出さなかったんだよ。
危うく人殺しになるところだったじゃねえか。
つーか、語尾と動きが、いちいちうるさい。
「降参って言ったのに、容赦なく踏むんだもの?
怖くて、ほら見てよ~
まだ手が震えて……」
元気を取り戻した大野間は、凍えによる震えがとうに収まった左腕をもう一方の手で掴みながら大げさにぶるぶると震わせた。
騎士戦を離れた大野間は邪気のない、やかまし屋。
生まれながらの芸人魂。
ここ数年、トップリーグを戦場としてからは勝ち星に見放されていても、紫若はじめ平柱星環群ほとんどすべての住人に見放されることのない稀有の愛されキャラ。
だが、それも遠くにあってこそ思えること。
耳の傍で大野間にこうもけたたましくはしゃがれては、大地にとっては不快指数の高まりがこのうえない。
外に蹴り出してえ……
救助隊が二人を助けに来るのは、それからさらに30分ほど経ってからのこと。
外気温マイナス20度Cの中に大野間を放り出して受け渡すわけにもいかず、『鬼飛車』が倒れた箇所に救助隊がマーカーを設置した後、彼らの誘導に従って華蝶の生き残っているエアロック区画まで二人乗りの『赤銅驥』で移動することになった。
【平柱星環群、法報(廃棄星環)】
炎城志朗駆る『轟焔騎』
VS
舘脇亀駆る『飛穂霧』
間もなく――
飛穂霧の操縦室内部。
「これは、武者震いだ……」
亀は目を瞑り、シートを思い切りリクライニングさせてゆっくりと息を吐き出した。
「俺は、1位。1位、1位……
炎城は……」
亀からすれば、多感な青年期を全盛期の炎城に追いつけ追い越せで過ごしてきたのだ。
気持ちの整理がつかない亀の目には、知らぬ間に自分にも理解できない涙が浮かんでくる。
「目の前の『轟焔騎』を蹴散らして、俺は、総合優勝するんだ」
今も胸の奥で輝く元絶対王者の姿は消せない。
亀は目の前の相手を炎城と呼ぶのを止めた。
だから、今から戦う相手は、『轟焔騎』。
そう思い込まねば、亀はどこかでくじけそうになると思ったからだ。
シートから起き上がり、なおも自分に言い聞かせる亀。
それでも、ともすれば己の肩に手を置いた疫病神が傍にいるような気がして、亀は何度も執拗に肩を手で払う。
「手元のニトロ加速で押し斬りする手品は、
タネが割れているんだ……」
それゆえに、いつも『轟焔騎』の右腕は斧槍の前方、穂先の付け根近くに添えられているのは、何度も画像解析を繰り返し確認した。
「これは長柄物の間合いじゃない。
小剣の間合いでの吶喊なんだ。
騙されるな……」
『轟焔騎』は近い間合いまで接近して、振らずに刺すように斬る。
逆に自分の『飛穂霧』が使う槍は長柄物、その接近前に仕留められる利点を活かすのだ。
リーチそのものならば、『轟焔騎』の斧槍より、こちらの槍の方が長い。
『飛穂霧』の左手を前に、柄の中ほどを軽く握る。
そして右手を後ろに、石突付近の柄を強く握る。
基本をもって、出鼻をくじくのだ。
いつも通りに。
《試合、開始です》
操縦室内に開始のブザーが鳴り響いた。
吶喊してくる『轟焔騎』に合わせて、『飛穂霧』も加速をしながら、俺の得意な迎え突きをお見舞いしてやる。
「……加減をしたかったのだが、裏目に出たか」
吶喊を仕掛けた時には、いつも通りに。
斧槍の刃を『轟焔騎』よりも前にした構え。
ただし、決め技は斧刃を使っての押し斬りではなく。
直前に柄を逆さに返してからの、石突による打突。
単純なリーチでは長槍に軍配が上がる。
しかし、穂先である斧刃を銃床のように肩部装甲に当てて『轟焔騎』を長大な一本の棍とすれば、先に当たったのは『轟焔騎』が持つ斧槍の石突であった。
石突が命中したのは『飛穂霧』の頭部。
胴体部ほど頑丈ではない頭部は、石突での突撃を受け止め切れずにひしゃげ、そのまま斧槍の柄の中ほどまでめり込んで、『飛穂霧』は文字通り串刺しにされたのだった。
開始早々に勝負はついてしまった。
『轟焔騎』操縦室内のモニターにも、相手の現在状況は示されている。
『飛穂霧』に乗っているはずの舘脇亀のバイタルサインの表示は、危機的状況を示す真っ赤ですらなく。
《行方不明》とだけ。
亀が脱出した跡がないものか、炎城はレーダーで周囲を走査した。
十秒と立たず、それらしき影が宇宙に浮かんでいるのが見つかった。
炎城はレーダーから得た方位を元に、モニターを望遠モードにして、その影を追った。
「何てことだ。
シャボンシェルターも使わずに、宇宙に出たのか。
それでは真っ裸での宇宙遊泳も同然じゃないか」
王に挑んだ勇者に外套を捧げる者は、ここにはいなかった。
一部とはいえ、真空に肌を露出してしまった亀は、急激な気圧低下により全身の体液が沸騰した後だった。
露わになった顔の皮膚表面は、急激な膨張で強く引っ張られたのだろう。
深刻な内出血を起こしたススムの顔面は、紅潮していた。
暴虐無道の王は項垂れる
お前を買いかぶったのだ
空虚な妄想であった
宇宙の真実を前にしてしまっては




