第60話「雲外蒼天(うんがいそうてん)を期す」
努力して
苦しみを乗り越えたら
素晴らしい未来が――
なきゃやってられない
【平柱星環群、華蝶(廃棄星環)】
大野間猛 VS 沖大地
廃棄星環内部なら、策はないだろうって考えたのかな。
モニターによると『赤銅驥』の周囲に細かい氷の結晶が舞い降りている。
これが、雪ってやつかな。
『赤銅驥』が転倒させた『鬼飛車』から、冷却用の水が吹きあがったのがつい先ほど。
まったく日も差さず、管理も行き届かない廃棄星環内部は、空気こそあるものの外気温はマイナス20度Cを指している。
凍える空気中に散布された水は、雪というよりダイヤモンドダストとなった。
これまでのトップリーガーと違って、戦いの場を宇宙空間ではなくひよこリーグで使用する廃棄星環内部を選んだ大野間。
あちらに何かしらの策があるのかと警戒していたが、こちらの策を宇宙空間のみと見込んでのことだったか。
重力環境下でのウィップウェポンは、本来の『巻き付き』という特性をいかんなく発揮する。
角運動量保存の法則により、飛来するよりも巻き付き始めてから加速し続ける。
長柄物を得意とする星環騎士には、まさに天敵。
相手騎士の大野間から通信が入ったようだ。
「もう攻撃しないでくれ。故障で降参信号が出せないんだ」
生きていて、何より。
手にしていた槍ごと脚部に四角網が絡みついた状態で避けようとするものだから、パンチングナイフで肩部を切り離すつもりが手元が狂って操縦席近くに深めに刺し込んでしまって、大地は肝を冷やして頭を抱えていたのである。
相手の『鬼飛車』は動くのを止めるわ、刺し傷から水は噴き出すわで、とはいえ、まだ機能停止は50%未満だし……どうしようかと思った。
「……今から、通信で騎士運に降参を……」
そのとき、『鬼飛車』の足元で爆発が起こった。
爆弾ではない。
ニトロ機構を発動させたのだ。
脚部を四角網に絡め取られたままで。
こんな星環内部で、高瀬じゃあるまいし……
大地はとっさに『鬼飛車』に絡みついた四角網を『赤銅驥』から切り離した。
『鬼飛車』はあっという間にモニターから姿を消した。
建造物だらけの星環内部、しかも手入れもされていない廃棄星環は、反応物が多過ぎてレーダーが効きにくい。
さて、どう出るかな……
大地は『赤銅驥』を移動させて近くの建造物の陰になるよう身を潜めた。
先ほどのニセの降参宣言を騎士運に提出してもいいが、ここは相手のホームでしかも冠試合だ。
温室で政治ごっこしている人たちがごねて長引くかも?
ここは切り替えて倒してしまった方が早いかもしれない。
下手に騎士運と連絡を取って、そちらに気を取られている間に不意打ちを食らっては元も子もない。
……そうだな。空気があるなら、外部音を拾ってみるか。
大地は『赤銅驥』のアシスタントAIに不規則な音を探すよう指示した。
モニターに斜め上空を指す警戒メッセージが現れた。
考える間も入れず大地は『赤銅驥』を前方へ転がした。
続いて建造物を破壊する轟音が響く。
……えーと?
モニターには上空からの攻撃を空振りした『鬼飛車』がこちらを振り返るところが映されていた。
先ほどまで脚部に巻き付いていた四角網は見当たらない。
それはいい。
だが、『鬼飛車』が手にしている兵装は、その上半身くらいはあるかと思わせる大斧だった。
さっきまでの槍は、どうした?
「その斧はどうした、じゃないのか」
んー、大野間猛だし、そこはノリで。
確かに重力環境下なら、質量の大きい刃物は有効だろう。
大斧を刃物と呼んでいいのかは、置いておくとして。
兵装の持ち替えが規則に抵触するのかも、置いておいて。
言い訳ぐらいは準備しただろうし?
ところで、この兵装の持ち替えって初見殺しだから、初手を俺に躱された時点でやること済んでない?
「『轟焔騎』の実験機は、伊達じゃない!」
大斧を手にした『鬼飛車』の右腕部が光に包まれる。
やっぱり腕部にもニトロ機構が仕込んであったか。
重力環境下では、使える技術が格段に増える。
無拍子――自重を利用した、筋力によらない加速方法。
重力環境下で重い騎士艇の体を支えるのは、モーターと電磁力。
少しだけ後ろ向きに地面を蹴って。
同時に『赤銅驥』をパワーオフすれば、尻もちをつくように柔らかく体を沈ませることができる。
上空からの攻撃を躱されたら、次は……
せっかく俺に縦を意識させたんだから、来るのは横でしょ。
体が沈んだ『赤銅驥』の上を、ニトロ機構で加速された大斧の横薙ぎが通り過ぎていく。
何となく予感はあったので。
というより、低重力環境下のベイエリアで高瀬に半殺しにあった俺がさ……
星環内部でのニトロ吶喊に対策を練りまくってないと、どうして思い至らないんだ?
再び『赤銅驥』をパワーオン。
背面のスラスターから50%噴射。
目の前には大振りを避けられて無防備な『鬼飛車』の背中。
『赤銅驥』に背後を差し出した形になった大野間は、さぞ肝を冷やしていることだろう。
大地が狙うのは『鬼飛車』の膝。
両の膝正面を『赤銅驥』の両手で押さえて。
両の膝裏側を『赤銅驥』の肩で押す。
『鬼飛車』は、成すすべもなく、大斧を胸の下に抱えたまま、うつ伏せに倒れこんだ。
広い宇宙空間を舞台に戦うトップリーグでは披露されたことがない、
重力環境下でこそ使える、人類が地上で何千年かけて磨き上げたテイクダウンの技術。
再び大野間から通信が入った。
「ま、参った。今度こそ、降参……」
踏みつけ開始。
降参信号は、出ていない。
だから、規則上は大地が止める理由がない。
さっき嘘をついたから、止めどきがわからないじゃないか。
めんどくさいな、と嘆息する大地。
なぜか『鬼飛車』がうつ伏せのまま起き上がろうとしないので、一番狙いやすい背中を踏み続けることになる。
その胴体部には操縦席がある。
踏みつけの轟音に怯える大野間は、手がすくんで訓練通りに降参信号を発することもできない。
胴体部しか踏まないこともあり、また特に装甲が頑丈な『鬼飛車』のこと、ダメージがなかなか50%まで通らない。
――ところで、さっき冷却水が漏れてなかったか。
冷却水の役目は、その名の通り。
『鬼飛車』の機内に残っていた冷却水もすっかり蒸発し、動力源や各関節部が発する熱により騎士艇内部の温度は上昇を続けていた。
【平柱星環群、紫若(居住星環)】
観戦施設。
大野間を応援していた観客たちは、必死に大野間の名を叫ぶが、『鬼飛車』が一方的に延々と踏み続けられる光景は変わらない。
永遠に続くかと思われたこの残酷劇。
《『鬼飛車』の生命維持装置に機能不全が認められたため、
星環騎士戦規則の第3条第一項第1号に基づき、
『赤銅驥』の勝利です。》
機械音声によるアナウンスに、観戦施設が涙に暮れた。
不幸中の幸いとして。
騎士のバイタルサインは、まだ真っ赤にはなっていない――
【平柱星環群、華蝶(廃棄星環)】
外は、マイナス20度Cの世界。
露出した肌には霜がつき、短時間でも凍傷の危険がある。
ダウンジャケットや防寒インナーなどの防寒着を着用していれば、一時的に耐えることが可能な人類には過酷な低温環境である。
「あ、あ……ありがとう……」
まつ毛に霜を張り付かせた大野間が、震える声で大地に礼を述べている。
悲鳴を上げるばかりだった大野間からの通信が突然途絶えたことで『鬼飛車』の異常を察した大地は、パンチングナイフで外装に切れ目を入れて操縦席を露出させた。
『鬼飛車』内部から立ち上る蒸気があっという間にダイヤモンドダストとなって大地の視界を奪ったが、構わず『赤銅驥』の操縦席から縄梯子伝いに飛び出して手探りで大野間を『鬼飛車』から引きずり出した。
60度C近い操縦席内部から、極寒の冷気を浴びて大野間は意識を失い、体が痙攣し始めた。
急冷による血管の異常収縮。
最悪の場合、血圧の乱高下で心臓や脳への血流が滞って命の危険がある。
ぐずぐずしてはいられない。
大地は自分の騎士戦仕様のジャケットを脱いで大野間を包んだ。
今度は大地を極寒の冷気が襲う。
大野間を肩に担ぐと、大地は決死の覚悟で縄梯子をよじ登っていった。
生命維持装置、さまさまです。
とはいえ、一人乗りの操縦席に男二人は狭過ぎる。
ほとんど抱き合わんばかりに密着するのは、大地には不本意である。
さっさと帰還して、佐祐倫で上書きしたいところ。
もう大野間の方は、命に別状はなさそうに見える。
美味い飯を食うために騎士やってんのに……
……飯が不味くなるのは、勘弁な。
三途の川の渡し賃は、六文銭と言われている。
「死線(四銭)じゃ、あの世に渡して貰えませんよね」
大野間……やっぱ、出て行ってくれない? 寒いわ。
癇に障るほど
喉を焼く温もり
最悪なくらいにありがたい
精一杯の強がりを
外は マイナス20度C




