幕間「百転び」
うまくいくことなんて ほんの少し
振り返れば できなかったことばかり
涙をのんで
立ち止まって
ため息ばかりの
手のひらに残ったのは 地面の匂い
【北斗星環群、和刻(工業星環)】
ある日のこと。
ふらりと承知工業の工房にいた承福鉄平の元に姿を現した風鈴寺博士。
興味があれば突っ込みたがる博士を放置して他の職員の邪魔になってもいけないので、鉄平は会議室まで案内することにした。
そんな鉄平が『CU95S』/『赤銅驥』の出力強化案について話題にしていたところ、博士はこんなとんでもないことを言い始めた。
「外骨格であるから、出力に限界があるのだろう?」
「そりゃまあ、騎士艇だって突き詰めれば作業機械ですから」
「人工筋肉として高分子フィルムを外に張り付けてみんかね?」
鉄平は苦笑した。
「騎士艇ですよ?
外装にガンガンダメージが入ること前提ですから。
仮にデブリ除去作業船のような他の宇宙作業船にしても、
やはりデブリとの接触を考えると相応の強度は求められます。
もっとも、通常の宇宙船は長時間作業前提となります。
高燃費との相性が非常に悪いという別のデメリットが大きいです」
人工筋肉を外側に、という発想自体はロボットならありふれた話である。
義手義足をはじめ日常にもそれらを使用した製品は、ときどき目にすることが出来る。
ただそれが作業機械ともなると必要とされる出力と燃費が問題になる。
「高分子フィルム自体は、
同程度の電力で動く電磁モーターの出力と比べて、
まだまだ弱いですからね」
高分子フィルムでは燃費が悪いかね、と言いながら博士は顎を撫でる。
「収縮に強い高分子フィルムと
柔軟性の高い空気圧機動との組み合わせは、どうだろうか」
ハイブリッド機構で動く宇宙作業船は珍しくない。
一般的な騎士艇ですらそうだ。
関節稼働に限っても、モーター駆動と電磁力の二本柱で動いている。
『赤銅驥』にいたっては、新型空気圧機動まで積み込んでいる。
「構造を出来るだけコンパクトにするなら、
結局、電磁モーターと電磁力関節部の組み合わせが無難ですね。
そもそも容積という制限のある外骨格ボディの内部に
空気圧機動まで取り込んでいる変態騎士艇が規格外なんですよ」
鉄平は『赤銅驥』の運用を否定しかねないことまで言い始めた。
沖大地だからこそ使いこなせている、とまで鉄平は断言する。
博士は珍しく頭を掻いて降参の意を示した。
やりこめるつもりはなかったが、鉄平は現場担当者としての意見で得た師からの初めての勝利?に嬉しくなった。
喉の渇きを感じた鉄平は、手元の端末を操作して、すぐ近くにあるコーヒーメーカーの『淹れる』に触れた。
嗜好品に分類されるコーヒーではあるが、再生飲料水に臭みを感じてしまう鉄平には必需品である。
すぐに聞こえてきたサイフォンの音に、コーヒーが好きな博士が反応した。
水の味が気になるなら、コーヒーにしてはどうか――
そう言えば、博士にコーヒーの味を教えてもらったのだと鉄平が思い出す。
できあがった2杯分のコーヒーを小さめのカップに注ぎ、鉄平が戻ってきた。
「騎士艇でレスリングをする男だからね。
ウィップウェポンで中距離そのものを支配し、
相手が危険を冒して近距離まで踏み込んでくれば、
より距離を詰めて超近距離のパンチングナイフで応戦、
今なら、もっと接近してからの超々接近戦、
他の騎士艇には真似できない関節技を切り札にしている。
一見、イケイケの攻撃型に見えるんだが、
実のところ待ち構えて仕留める狩人型なんだね。
つくづくとんでもない騎士だね、大地くんは」
承知工業において沖大地は、もはや怪物扱いとなっている。
沖大地の活躍で、騎士艇メーカーである承知工業が注目を集めている。
しかし、『CU95S』/『赤銅驥』をここまで使いこなせるのは、沖大地だけ。
というよりも、盤外戦術込みで勝ちを掴み取る沖大地は、騎士や騎士団、ときには観客を巻き込んだ星環騎士戦の生態系を侵略し、破壊しかけているのではないか。
「これまでの騎士戦と言えば、
槍等のポールウェポンで高速機動での決闘、
ときどき懐に小剣で飛び込むくらいですものね。
無重力環境下では、
推力を活かした突きくらいしかないと思われてきましたから、
槍同士、まれに出てくる斧槍とかの対処まではあるようですけど、
さすがにウィップウェポン対策までは間に合わないようですね。
まして、格闘戦とか騎士からすれば、お手上げでしょう」
このところ、大地に続けと亜種がちらほらと現れては、既存の騎士戦法に瞬く間に駆逐されている。
それがまた、本家の沖大地も『駆逐可能』な獲物として誤認させている一因だろう。
順位付けが厳しい星環騎士戦に馴染んだ者こそ、唯一無二の恐ろしさを理解しにくい。
絶対王者であった炎城志朗ですら、一位しか経験していなかったのだ。
それは200年かけて洗練され、大事に培われてきた星環騎士道の弱点である。
「騎士艇は、関節可動域が人とは違う上に痛覚がないからな。
普通ならば関節技を実行しようなど、思いもつかんだろう。
ただ、相手の抵抗を上回る出力と複数箇所の固定ができれば、
理論上は360度可動可能な肩関節ですら関節技を極めることは可能だ。
大方の騎士艇は兵装を腕で扱う都合上、
より強く保持するためだろうが、
肩から先の各関節はそこまでの自由度は設定していないがな」
騎士艇の構造については、現場責任者の鉄平が得意とするところである。
「それこそ、うちの変態騎士艇くらいでしょう。
それでも新型空気圧機動を組み込んでからは、
逆に360度可動できなくなったんですけど」
元々『CU95S』は四肢部分がそれぞれ独立した構造となっている。
その四肢部分は非接触通電により電力を得る仕組みだった。
関節部に深刻なダメージを受けても、まだ動ける四肢という設計思想である。
逆にそれが四肢部分への電力供給のロスに繋がって最高出力による競争で後れを取った向きもある。
新型空気圧機動そのものが四肢部分を独立できない機構であることも含め、十分な搭載空間を確保するため、現在『赤銅驥』からは非接触通電機構は取り外されている。
「関節技という強みを得る代わりに関節が硬くなった……
面白いが、面白くない」
博士は眉をひそめて腕を組んだ。
よくない兆候だ。
博士は機嫌が良くても長考モードに入るが、機嫌が悪いときはさらに超長考モードに入るのだ。
「博士がよく言う、『性能は等価交換』じゃないですか。
いいところ取りはできませんよ」
博士との雑談は凝った頭の整理体操にはちょうどいい。
だが、好奇心が人一倍強いうえに執着も人一倍な博士にいつまでも付き合うと、時間がいくらあっても足りなくなってしまう。
興味は尽きないが、ほど良いところで会話を切りたい鉄平である。
「無理なことは承知しておる。
だからと言って、諦めるのは違うじゃろう」
この博士の何気ない一言こそ、現場の自分たちが胸に刻むもの――
「……ごもっともです」
今度は鉄平は素直に降参を認めた。
遅々として進まない次世代プロジェクト。
『赤銅鏡』
100回躓いても、起きればいいのさ。
転んだ先が地獄の底でも、不撓不屈。
天国まで、何マイル?
たくさんの『できなかった』
今思えばどれもが大事なピース
『できなかった』は地図になるの
『できなかった』は宝物になるの
今日の新しい『できなかった』も
いつかは『できる』に化けるのよ




