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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第六章 変成と圧密、鍛錬する地層
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第59話「亀のスープ」

 背後から響く軽やかな足音


 積み上げた時間どりょくで逃げ切るか


 生まれ持ったさいのうで迫りくる美しい影




【?星環群、?(居住星環)】


 ススムは、激怒した。

 必ず無知蒙昧の輩に、現実を突きつけてやるのだと拳を握った。


 ――俺の勝ち星は、この前の5年度開始時点で24勝、この前の初戦勝利を合わせて25勝だ。


 舘脇亀たてわき・すすむ

 すすむは、政治に興味がない。

 ただ、ひたすら真面目で、勤勉な人物である。

 そして、常に第一人者の、礼文慎や杉原行成の影にいる人物でもあった。

 しかし、すすむは年間平均勝率6割を誇る、優秀な星環騎士である。

 いつもの年度のように年間10試合をこなせば、あと5勝が見込める。


 だと言うのに――


 第43期優勝者の下馬評には、礼文慎、そして杉原行成の方が上にある。


 いつも、これだ。


 確かにこいつらの勝率は7割で、俺より上かもしれん。

 しかし、4年度を勝ちなしだったこいつらは、21勝と20勝からの積み上げだ。

 期待値では、礼文は28勝で、杉原は27勝か。


 期待値では30勝に届く俺の方が、総合優勝に近いはずだろうが。


 さらに業腹なのは、沖大地までが下馬評の上にいることだ。


 こいつは、5年度開始時点では15勝しか積み上げていなかった。


 確かに4年度12戦全勝かもしれないが……

 昨年度の12戦というのも莫迦みたいなペースだが、礼文や……杉原は初戦で負けたのか、いや、あの炎城がかつての絶対王者時代よりも強くなって戻ってきたのだ。

 今年度も全勝などできるはずもないだろう。

 仮に今年度も12戦して全勝でも27勝だ。


 ――俺には、届かない。


 くだんの大地が4年度のうち丸1カ月を騎士艇のオーバーホールで休止していたことを、すすむは知らない。


 すすむは騎士団事務所のドアを開けた。

 今日は次戦の組み合わせ通知が届く日だ。

 勢いだけの沖大地や、勢いの衰えた杉原行成と当たらないものか。

 自分は、総合優勝を狙ってよい位置につけているのだ。

 総合優勝は、たまたましてしまうものではない。

 優勝するために、自分であれば最終年度をどう戦うのかを考えて、手にするものだ。


「舘脇さん!」


 慌てた様子の広報担当者がすすむの姿を見つけると駆け寄ってきた。

 何を慌てているのだろうか。


 ひょっとして、前王者の礼文慎とでも当たったのか?


 充実している今の自分なら、倒せる気分になっている。


「次の相手は、炎城志朗ぶっこわしやです……」





平柱べいちょう星環群、紫若しじゃく(居住星環)】


 不知火騎士団事務所。


「舘脇……カメ?」


 炎城志朗には見たことのある名前だが、違和感があった。

 自分が知る舘脇はこんな特徴のある名前だっただろうか?

 炎城は端末に映し出されたすすむの戦績まで斜め読みして、興味をほとんど失ったようだ。


「亀、と書いてススムと読むそうです」


 騎士団マネージャーはクスリともせずに訂正する。


「これでも、暫定1位です。

 礼文慎と杉原行成が4年度に勝ち星を挙げてないお陰ですが。

 とはいえ、毎年10試合、勝率6割の優秀な部類の星環騎士です。

 相手はトップリーガー、舐めてはいけません」


 騎士団マネージャーにたしなめられても、炎城は一向に意に介さない。


「……俺が初戦で潰してしまったつづにすら勝てていない。

 加減をしなければ壊してしまう」


 炎城は軽く腕を組むとため息をついた。


「とりあえず、礼文を総合優勝させたいどこかの意図が透けて鬱陶しいな。

 舘脇くんには、やり過ぎないようにだけ、気を付けなくては……」






北斗ほくと星環群、瑞穂みずほ(居住星環)】


 赤銅騎士団事務所。


「……さっきも言ったとおり、次戦会場は敵地アウェイよ。

 冠試合までして、たってのご希望ってことらしくてね」


 まだ近い方だから、マシかな。


 テーブルを数回指で叩いた白石は、唇をゆがめた。


「どうもね、冠試合のご指名がまた増えたみたいなのよね」


 人気があるってこと?

 まあ、いいじゃない。

 冠試合なら、騎士団の輸送費と宿泊費、向こうも負担してくれるんでしょ?


「……普通は費用がバカ高い冠試合って、そう被らないんだけど。

 次戦開催の大地くん指名は2者抽選で決まったらしくて、

 どうもその次も、

 3者くらい大地くんを名指しで手を挙げているっぽいのよね」


 ふーん。


 大地は椅子から腰が浮いて前のめりになりかけた佐祐倫さゆりの奥襟を掴んで雑に戻した。


 今回も、大人しくしててね。

 潜入とか、

 佐祐倫さゆりさんがわざわざ行かなくてもいいんだから……


 ここに、再現性の低そうな勝ち方をする騎士がいます。


 ここに、連勝中の弱そうな騎士がいます。


 呼びつけて、討ち取って名を上げてやる、ってところかな。


 そうやって騎士道に従って突っ込んでくる騎士こそ、美味しくいただきましょうか。



 問題です。


 『ある騎士が、レストランで「ウミガメのスープ」を注文し、一口飲んで自殺した』


 どうして?



 答え。


 その店のウミガメのスープは

 『死ぬくらい美味い』と紹介してあったのさ。

 一口飲んだところ、確かに美味かったので、

 言葉通りにしか物事を受け取れない不器用な騎士は、

 律儀に自殺したのさ。



 無人島で、人肉のスープ?


 ハハっ……

 そんな答えじゃ、警察は捜査を止めないぜ?


 無人島で

 肉をどう解体したのかは知らないが、

 爬虫類の亀と

 哺乳類の人じゃ

 骨の太さも、筋肉の形も

 まるで違う。

 ウミガメ自体だって、個体ごとに味は違う。


 仲間の屍肉を食って生き延びた公式記録はいくつもある。

 後に悔恨を理由に自殺した公式記録は、一つもない。


 つまり……


 自殺する理由には、ならないね――





 水平思考とは、


 従来の枠組みに囚われず新たな視点を持つこと。


 柔軟なアプローチをしろって意味であって、


 詭弁や屁理屈じゃ、ないよ――

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