第57話「兄弟という遺物」
チキチキチキチキ
出番はまだか
いつでもいいぜ
チキチキチキチキ
どこだい、兄弟
チキチキチキチキ
お先に行くぜ、あばよ兄弟
かつて全星環を巻き込んだ全星環大戦。
地球という恵まれた環境を捨てざるを得なかった愚かしい過去の教訓を生かせず、生き延びた人類が再び犯した愚行である。
全星環大戦は、全星環の1割を人の使えぬ廃墟とし、あまたの資材や人材を灰燼に帰し、誰も勝利を得ることなく終了した。
全星環大戦を終わらせたのは、人類の英知でも神の采配でもない。
全星環大戦の最中に生み出された史上最悪の兵器。
今でも子供のおとぎ話にまで語り継がれる伝説的な兵器。
その名を兄弟爆弾という。
全星環大戦から200余年を超えてなお、宇宙生活者に脅威を与え続けている……
沖家宅。
おはよう。
……ああ、父さん、お帰り。昨夜なの?
ダイニングには、沖家に滅多に居ない父の恒一が座ってお茶を啜っていた。
「ただいま。
つい、さっきだよ。
急に予定が全部、キャンセルになったからね」
大地は冷蔵庫にあったきゅうりの浅漬けを取り出して、恒一の前に置いた。
昨夜に仕込んだから、まだ浅いかもだけど。
ところで、戻るのってもっと先じゃなかったっけ?
今度は半年くらいかかるかもって言ってたよね?
恒一は出された浅漬けを齧りながら眉をひそめた。
「それがな……」
恒一は危険デブリ除去に携わる作業員である。
北斗(星環群)は、星環群連合の中でも鉱山となる小惑星群にもっとも近い場所、つまり、端っこに位置している。
北斗が経済的に厳しい理由は、その位置関係ともう一つ。
本来であれば、隣り合う星環があるはずの空間が一大デブリ空域となっていることだ。
大戦で破壊されつくされ、今は誰も住めない星環群の名残である。
近隣への交易は、この空域を迂回する必要があるため、他星環群よりもコストを要する。
この空域のデブリの一部を除去して通路を開通しようとする計画に、恒一が参加している。
実証実験用の通路が、来年には貫通の見込みがあると恒一が話していたのを大地は覚えている。
「3日前に、通路予定空域に兄弟爆弾が発見された」
そのため、実証実験にかかるデブリ除去も工事も一時休止された。
今は、爆弾の解除を急いでいるが、兄弟爆弾だけに近隣に同型機がないかも合わせて探索中とのことだ。
兄弟爆弾ね……まだ、残ってたんだ。
昔に暗記した「危険デブリ作業マニュアル」の記憶を辿った。
作業船に乗る前に覚えたけど、親方に使うなって言われたから記憶があやふやだな。
本来は、デブリに接触する前に電磁波照射しろとか何とか。
こめかみを押さえる大地の目に、予定の仕事がぽしゃったと愚痴り続ける恒一の姿が入った。
……現役の生き字引がいるじゃん。
接近前の電磁波照射について、恒一に質問した大地。
「お前の訊いてるのは『爆発の覚悟A』のことだよな?」
だっけ? ああ、ごめん、続けて?
割と初歩だぞ、と言いながらも息子に説明する機会を得られてうれしい恒一。
「初めから、行こうか。
兄弟爆弾とは、かつての全星環大戦の産物。
その凶悪さと破壊力による恐怖で、
戦争そのものを崩壊させたと言われる、
敵と味方どちらにも容赦ない伝説だな。
とは言え、俺も実際に見たのは初めてだ。
漂流するデブリ内に自動で偽装し、
一定の条件下で爆発し、
周囲のデブリを散弾にする。
こいつがえげつないのは、それだけじゃなくて、
通信圏内にある同じ爆弾にリンクさせて
被害をより拡大することにある。
爆発に巻き込んではじき出すデブリと、
誘爆する近隣の同型機になぞらえて、
ついたあだ名が『兄弟爆弾』。
ここまでは社会の教科書だな」
恒一は一息ついてお茶を飲もうとしたが、空だった。
すかさず大地が注いだお代わりを口にする。
そして、恒一が差し出してきた個人端末には、大地にも懐かしの『危険デブリ作業マニュアル』。
「で、だな。
『危険デブリ作業マニュアル』には、
『兄弟爆弾の可能性』って項目がきちんとあって、
そこには、
一定の周波数の呼びかけに対して『爆発の覚悟』と呼ばれる
これまた一定の周波数での返答がある、と載っている。
ややこしいが、
点検確認用の『爆発の覚悟A』と、
誘爆探索用の『爆発の覚悟B』ってやつがあってな。
危険デブリ除去作業でやらなきゃいけないのは、
『爆発の覚悟A』にあたる周波数でのチェックだ」
もし、見逃していたら?
大地はマニュアルを無視してデブリ除去作業をしていたことは、ひた隠すことにした。
「ああ、今回は僥倖も僥倖だったんだ。
正直に言うと、俺も普段『爆発の覚悟A』を確認してるかというと……
まあ、忙しいんだ。
今回は、相棒が騎士あがりでな。
とにかくマニュアル遵守がうるさくて……助かった」
えーと、兄弟爆弾を発見したのって、父さんなの?
「ああ、俺たちの班だな。
おかげで、発見ボーナスがついた。
これだけは、あの堅物に感謝だな。
仕事はフイになったが、収入はトントンだ」
それさ、感謝するなら、兄弟爆弾とともに塵にならなかったことだと思うよ。
でも、半年近い給料とトントンだとしたら、結構なボーナスの額だな。
それだけ兄弟爆弾が恐ろしいってことでもあるのだろうけど。
「で、『爆発の覚悟B』が帰ってきたら、回れ右。
もしも『さらば兄弟』だったら……
これは爆発するから他の同型機も誘爆しろよの意味だから、
そこから逃げても間に合わん。
お祈りでもしろ、って書いてあるな」
でも、全星環大戦から200年以上経ってるんだし、もう残ってないよね?
恐る恐る、訊ねてみる。
あのクソ親方、今度見かけたら胴締めチキンウィングフェイスロックでぶっ壊してやろうか。
「俺も、そう思ってた。
事情聴取をしてきた当局側からも、説明を受けたんだがな……」
公式記録に残る生産数に対して、公的な記録にある爆発数、解除数、発見されているが放置している数をすべて足しても、まだ半分に満たない……
つまり、宇宙にはまだ、兄弟爆弾がいっぱい……
「大地、お前も宇宙に出ているなら、気を付けるんだぞ?」
大地は首を少しだけ傾げた。
そういうデブリ除去作業って、試合前にセカンドリーガーとサードリーガーが『無重力環境下での機動訓練』って名目でやっててね……
とりあえず、トップリーガーは安全が保証されている……
「お早う……父さん?」
お早う、希倫。
今日は、遅番かな?
「今日は、来季から出す新作の試食会」
へえ?
いぶかしげな表情を浮かべる希倫。
「まさか、今日のこと忘れてる?」
え? 今日、何か約束した?
希倫は拳を握って振り上げたが、思い直したのかゆっくりと下ろして額を押さえた。
やがて自分の端末で誰かに電話し始めた。
あのー、俺、何か、やっちゃいました?
何かを察して下から希倫の機嫌を窺う大地。
電話を終えた希倫が冷たい視線を大地に向けてくる。
「……佐祐倫さんに話を繋いだから。
運良く空いてたみたいね、今日のスケジュール」
そりゃあ、この日は丸1日を休日にって前から……
「ええ、『次の試食会には、俺を招待してくれ』。
私にも、全力くんにも頼んでましたわよね、
おにいさま?」
……そんな気も?
それより最後の方、ひらがなになっていませんでしたかね。
「とりあえず、朝食はまだよね?
よかった。
小分けとはいえ、結構な量があるから。
飲み物も口を湿らす程度でね。
来季の商品を真面目に選ぶんだから、
『お腹いっぱい』なんて、承知しないからね」
そこに大地個人の端末に呼び出し音が鳴った。
佐祐倫さん限定の呼び出し音だった。
家族の前だけど……3コール以内に出ないと、後で怖いんだよな。
自室に戻ろうかと一瞬だけ躊躇したが、時間をかける方が悪手と判断した大地はそこで電話を取ることにした。
えーと、今から2時間後に迎えに来るの?
『☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★』
試食会に出るのって、私用だよ?
『☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★!』
え、俺、割り込んで参加だし。
『☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★!!』
ちょっと、俺の推薦って理由つけて商売にしようとするの、勘弁してよ。
『☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★!!!』
さっきも言ったけど、無理言って割り込んだ身なんだよ……
「助け船、しようか?」
いつの間にか大地のすぐ横に希倫が体を寄せていた。
一瞬迷ったが、大地は佐祐倫との通話を希倫と交代した。
「……代わりました。希倫です。
お世話になっております。
試食会の件ですが、幸い、(予備の)1枠がございます。
美食を趣味にされるご夫婦などは、
デート代わりにご利用される、評判の試食会なのですが……
どう、なさいますか?」
希倫が意味ありげに大地に微笑みかけてくる。
佐祐倫もプライベートで飛び入り参加が決まったようだ。
何て……何て、悪い笑顔なんだ。
そんな妹に、育てた覚えはありませんよ!
「そりゃあ、週に何日居るかってお兄ちゃんに、
育てた覚えがないのは、道理よね?」
くっ……ご指摘の通りでございますっ!
あっさり言い負かされた大地のすぐ隣では、恒一がひどくむせている。
引け目は感じてたのか、父さん……
「あー、大地」
生活費は入れてくれてたんだし、母さんの件は……今さらだろ?
「なあ、大地……
『いい人が出来たら』でいいんだが、うちに連れてきなさい」
会ってみたい、と恒一は言った。
文脈で見れば、惚けた振りして包囲網に参加かな。
月に1日居るかどうかだから、本当に知らないのかもしれないが。
「父さん、うまくやれなかったからな」
なあ、父さん?
「……大地、大事にするんだよ」
自白したも、同然だぞ?
食べると不思議な
魔法のパン屋よ
ふんわり香る
焼き立てのパン
悲しい日は
パンを食べて
ほら辛さがどうでもよくなるの
嬉しい日は
パンを食べて
ほら幸せが2倍になるの
何でもないときも
パンを食べて
何でもない日を覚えておいて




