第56話「運命の最終年度」
気高かった背中
焼かれた故郷
風と共に去った憧れ
その眼差しの先
もはや冷徹な刃となった
かつての象徴
いざ、行かん
かつての英雄へ
最期の一撃を
【諸角星環群、昌矢(廃棄星環)】
「あなたに、憧れていた」
セカンドリーグの門番。
長らく剥がせなかった、不名誉なニックネーム。
「あなたを継ぐのは、私のはずだった」
継いだのは新鋭、自分を風のように抜き去って。
前期、第42期王者となった礼文慎――その生意気な礼文は、さきほど復帰戦を勝利で飾った――
炎城は、礼文に負けたその日に引退宣言をしてしまった。
「間に合わなかった、そう思っていた」
だが、気が付けば、諸角の隣、平柱で引退撤回したと風の噂に聞こえてきた。
しかも、下手をするとセカンドリーグの主と成り果てていた自分を追い越しそうな勢いで駆け上がっていく炎城の姿が見えてきた。
焦りと期待。
例えセカンドリーグでも、炎城と戦えるのであれば、それもまた本望――
だが、奇跡の年間順位2位通過により、一昨年から念願のトップリーグ参加。
「昨年度、トップリーグで、年間2位にもなった」
前年度2位だからこそ掴んだ、開幕戦の主役。
夢の舞台で炎城を待つ立場に戸惑っていた自分が、炎城とともに主役。
夢の初めて尽くし。
下積みの長かった星環騎士生活から一転。
何という数奇な巡り会わせか。
「この舞台で、裏切者に引導を渡せることを、幸せに思う!」
かくて、少年の日の憧れは穢され、尊敬は純粋な敵意へと変貌した。
「……」
もう一方の炎城は、今日、対峙している星環騎士のことを覚えておらず、また彼の恨み言を気にも留めていなかった。
炎城は、ただ、世界を蹂躙するための歯車――
『轟炎騎』の腕部特化のニトロ機構。
毎試合ごとに腕部ごと使い捨てる思い切りの良さ。
これによる胴体部と併せての二重の瞬間加速。
観客が目にしていた輝きの正体。
斬るためとはいえ、兵装に推進機関を取り付けては規則に抵触する可能性があった。
また、『轟炎騎』は斧槍をマニピュレーターのみで保持していない。
そのため、胸部、腰部それぞれに合体機構を備え、斧槍を完全固定した騎士艇そのものをポールウェポンとする設計思想。
それが、数々の星環騎士艇を両断してきた謎解き。
津々路隆乃は、とっさに脱出機構を使用したが間に合わず、その左目と左腕を永久に失った。
第43期最終年度の第1戦で星環騎士を引退することを決めた彼にとっての救いは、少年の頃からの念願だった、炎城との対戦が叶ったこと――
【諸角星環群、丹鶴(居住星環)】
勝利者、炎城志朗のインタビュー。
『津々路くんが、私に憧れてこの世界へ?
……ええ、聞き知ってはいました。
直接会ったことは、なかったかな?
もし、あったのなら、ごめんなさい。
自分のファンだった騎士と戦うのは、
これが初めてではありませんが、
年齢を突きつけられているようで、
改めて身が引き締まる思いです。
そう、今回、大怪我を負ったと聞きましたが、
リハビリに専念して、戻ってきてほしいですね……』
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
いや、閉所恐怖症、克服できたようで、何より。
前回は、もう後味が悪すぎて。
試合後どころか、翌日の飯まで不味かった。
でも、今日は、大丈夫。
この後は、『岸えもん』で祝勝会だ。
悪夢も……なし。
「……もう一度だ」
通信越しで、行成が地獄の底から出したような声で訴える。
――今回の奇策でさすがに種切れだろう。
――最終的に勝つのは、正統だ。
そんな確信で、大地に再戦を迫る行成。
いいけど……
今回は、ここまで。
降参しないなら、
遊架のスラスターまで運んで、
めり込むか、バラバラになるまで叩きつけるよ?
……聞いた話だとさ。
中から出るの、大変らしいよ?
『赤銅驥』と『翠兵旋』は、試合開始早々、中間距離まで互いに距離を詰めた。
十六角網を展開して待ち構える『赤銅驥』。
『翠兵旋』が伸びきった十六角網の端を掴み、最初の四角網に絡まれたところまでは、ほぼ前回対決の再現となった。
行成はもう恐れず、落ち着き払って『翠兵旋』の肩から腰に絡み始めた四角網を取り外す……
そんな行成に構うことなく、『赤銅驥』から、四角網を射出、射出、射出、射出、射出、射出、射出、射出、射出、射出、射出、射出、射出、射出、射出、射出……
さらに囮の役目を終えた十六角網までも幾重にも重ねられた四角網の上から『赤銅驥』が覆いかぶせてきたため、もはや『翠兵旋』のボディを直接見ることができない。
「俺が閉所恐怖症を克服した。
それなら、克服の成果を確かめるために、
『網を落ち着いて解く方に執着する』と?」
高瀬が、恐れるのも道理である。
この男は、星環騎士戦をしていない。
大地以前、主に経済的な事情で星環騎士戦トップリーグを参加することさえ許されなかった北斗でなければ、このような『勝つことのみに特化した騎士』など支持されまい。
それだけに、この男のやり方は、勝利に飢え続けてきた北斗では熱狂的に支持される――
「ホーム戦であれば、絶対に降参はしない」
へえ?
「……ここは、北斗だ。
足掻きが無駄なら、意地も無駄。
被害は抑えて、次の機会を狙うまでだ。
……降参する」
おっけー。
ねえ、美味しいものを食べたら、
嫌な記憶って上書きされるんだって。
「何が、言いたい?」
一緒に寿司屋に来ない?
瑞穂は、まあ、余所の人を一応警戒するけども、
あんま他ほどアウェイ感ない……と思うよ?
……知らないけど。
伏露じゃ、ホテルの人たちも優しかったしさ。
何て言うか、お礼代わり?
大地の無邪気さに、行成もつい苦笑を漏らしてしまう。
だが、譲れない一線は変わらない。
「お礼代わりなら、他の誰かを誘え」
あと、もう一つ。
前回は言いそびれた、故郷の誇り。
「一番きれいな空は、澪安にある……」
……そうかもね。
俺も、本気で瑞穂が一番とか、信じちゃいない。
まったく予想外の答え。
この男には故郷の誇りもないのか、行成はポカンと口を開けたまま、信じられないものを見た表情を浮かべた。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
公営観戦施設。
大地の勝利で興奮冷めやらない瑞穂の観客たち。
その一角に、母親に連れられたダイチ・フリークの少年。
今日も、勝ったぞ。
興奮に任せて、前から思っていたことを母親に頼んでみよう。
「母さん、俺……」
少年は勇気を振り絞る。
嬉々として夢を語るには、まだ未熟で。
だが、萌えいづる夢を心中に留めおくには、若々し過ぎて。
星環騎士に、なりたい――
さりとて、まだ貧しい瑞穂には、星環騎士を育成する真っ当な機関はなく……
少年の母は、途方に暮れた。
一歩を踏み出した刹那
火花を散らせる絶望と希望
残ったのは一本の鋼
交わすべき言葉は尽きぬのに




