第54話「叫ぶ拳」
人類最初の喧嘩。
原初の怒りと恐れ、
本能が繰り出す攻撃は、
真っすぐ突き出す拳だったのではないか。
逃げるための脚ではなく、
生きるための頭蓋ではなく、
人体の中では、
比較的、薄い皮膚、
比較的、脆い骨、
つま先の次に関節が細かい拳を、
ボクシング技術としての、正しいストレートではなく、
敵に当たれと放った真っすぐこそが、
火も言葉もまだ手にしていなかった頃の、
人類が発した最初の敵意――
《星環騎士戦、第43期トップリーグ 4年度 授賞式》
《4年度優勝者、北斗星環群、瑞穂、赤銅騎士団所属、沖大地》
「星環騎士艇は、なぜ人型なのか。
戦うための道具であるならば、
最適な形は、少なくとも人型ではない」
「星環騎士艇には、なぜ脚があるのか。
人の脚は、大地を蹴る。
星環騎士艇は、宇宙で何を蹴ればいい?」
「星環騎士艇には、なぜ手があるのか。
槍や小剣を持つためか?
兵装を保持するためだというなら、
マニピュレーターは、愚策でしかない」
「なぜ、戦う道具に
わざわざ弱い兵器を使うのか」
「それは、僕たちが人だから。
僕たち騎士は戦争代理人だから。
星環騎士艇は、騎士の鎧。
だから、人が戦っていることの延長であると、
僕たちが忘れることのないように。
僕は星環騎士艇で、皆と共に戦っている」
【(ここ、読んじゃダメ《佐祐倫》)台本註:騎士艇の技術・戦術発展を、将来の戦争へ転用させないため、という話題にはここでは絶対に触れないこと】
「星環騎士艇には、なぜ手があるのか。
戦いが終われば、握手ができるように。
僕たち騎士が、平和の象徴で在るために」
「星環騎士艇は、なぜ人型なのか。
星環群連合の、すべての僕たちが、
わかり合うために……
僕は星環騎士艇で、皆と共に戦っている」
満場の拍手喝采の中、スピーチを無事終えた大地は降壇した。
柄ではないが、イメージ戦略も仕事のうちであるだろう。
舞台袖で待機していた佐祐倫が、スピーチを終えた大地を10分後に予定された記者会見のブースまで案内する。
赤銅騎士団マスコットガールを期間満了となった佐祐倫は、契約更新ではなく騎士付秘書となることを望んだ。
まだ数カ月だが、その振る舞いがすっかり板についてきた。
「今度のは、短めよ。質問もあらかた事前提出してもらっていて、それに合わせて無難な内容だから」
先ほどのスピーチも、佐祐倫の原案、佐祐倫と大地で編集、佐祐倫による読み方や速度、観られる角度の指導。
……ありがとう。
「大地くん流に翻訳しないように。公衆の前でくらい、自分がノンデリだって自覚してね」
重ねて、助かります。
大地くんから必要とされている実感がある今、以前ほどがっつかなくなってきたわね、と佐祐倫は数カ月前までの自分の姿を振り返って自嘲した。
日々の充実や達成感はもちろんだが、大地との距離がぐっと近づいた実感が嬉しい。
従弟からは、罠を張っておびき寄せた大地が自分の傍に居着くのを気長に待てと助言された。
だが、佐祐倫にとって時間は、味方でも武器でもない。むしろ大地との年齢差は時限爆弾であると思っている。
そもそも、待ちの姿勢など佐祐倫の性に合わないのだ。
大地くんをときどきメロメロにして操縦している騎士団マネージャー/白石美月さんや、距離感を超バグらせるデザイナー兼流通の妖精/白石海月さん、この2人を参考にして『異性』よりも『できるパートナー』として立場を固めて大地くんとの距離を詰める……
「短いからって、気を緩めて噛まないでね」
佐祐倫は記者会見ブースの手前で立ち止まって、大地の服装を点検しつつ見栄えよく整え直す。
大地は大人しく佐祐倫の身支度に身を任せる。
夫婦気取りですか、とマスメディア陣から遠回しのチクチク嫌味も気にならない。
マスメディアに限ってだけど、白石美月さんが婚約者候補って喧伝してたから、佐祐倫が泥棒猫扱いされるのも無理はない。
だが、白石との婚約騒動自体、女性避け煙幕。
今は、辣腕マネージャーと超嫉妬深い騎士付秘書がしのぎを削っていると見せかけて、それでもあえて割り込んでくる本物の泥棒猫に対しては、総がかりで撃退する段取り。
超嫉妬深い騎士付秘書が事実なのはご愛敬。
「会見の成否って、グッズの売り上げにも結構影響するみたいだから」
ねえ、白石さん姉妹の影響、受けてない?
受けてないわけないでしょう、とは口にしない佐祐倫。
まあ、グッズ売り上げなら、俺にも取分あるから、売り上げに貢献できるように頑張るよ。
佐祐倫は声を出さずに『行ってらっしゃい』と口を動かすと、大地の背を軽く叩いて記者会見ブースに送り出した。
大地の登場に合わせて、無数のフラッシュが瞬いた。
かつて大地と、黒百合と名乗っていた頃の佐祐倫が、展望台から観た星々のように。
『黒百合は、展望台で星になった』
『辞めると決めた私は、展望台に残してきた』
『今から、佐祐倫――』
前を向くために、あの日、あの場所に置いてきた黒百合――
展望台を背景に、違う形で夢を手にして嬉し泣きしている黒百合のイメージが佐祐倫の脳裏に浮かんだ。
『沖騎士、4年度の優勝、おめでとうございます』
数カ月前に優勝を確定したときも北斗全体で大騒ぎしたものだが、正式に表彰された今日もまた、北斗の住民たちは喜びとともに酒を酌み交わすのだろう。
何せ、かつての最貧星環群だった北斗の中で、さらに貧しい瑞穂(居住星環)から、他の名立たる星環群を抑えて、初の年間優勝を手に入れたのだから。
今や押しも押されぬ、新生・瑞穂の奇跡――
ここぞとばかりに誉めそやすマスメディア陣。
常日頃は、過分な評価だと嘯いて聞き流す大地だが……
――今日も、やはり変わらない。
「……元祖・瑞穂の奇跡の風鈴寺博士に、並べたわよ」
大地の傍にいた時機こそ騎士団の中で遅めだが、付き合いの密度でならば誰よりも濃いと自信を深めてきた佐祐倫。
ブースの袖で、もらい泣きをそっと拭った。
「ありがとうございます。これもひとえに……」
目の前の大地の記者会見は、つつがなく――
なぜ叫ぶ
渇望?
怒り?
失望?
娯楽?
それとも、愛?
どれでも正解
どれでも不正解
叫ぶことそのものが
存在理由




