第52話「魔女の箒星(ほうきぼし)」
なおも光を追う執念
再び闇に伏した悔恨
無念の轍は 一人の男へと続く
欲しいと呟くのは、誰のため息か
【北斗星環群、出雲(政治星環)】
北斗総督府 第一応接室。
ソファに座っている鈴来総督。
そして、向かい合って座っているもう一人の人物。
諸角星環群の裏総督との噂の高い、礼文・但馬・太陽。
滅多に表舞台に出てこないとの話だったが……
鈴来総督は唇を噛み締めた。
一方、太陽の方は柔らかな笑顔を崩さない。
「返事を今すぐ、とは申しません。
こちらにお邪魔するのは初めての筈ですし」
そうだろうとも。
ついこの間まで、鈴来の対立派閥をけしかけていた黒幕がいけしゃあしゃあとよくも言うものだ。
「せっかくの珠玉です。
抑え込むよりも、ずっといい未来を生むと思いますよ」
さて、と太陽は自分から話を切り上げて席を立った。
「津々路くんのリターンマッチまで、3時間を切りましたので、
今日のところは、この辺で。
彼を激励する名分で瑞穂に伺いましたのでね」
今日は星環騎士戦トップリーグ第43期4年度の首位攻防戦。
とはいえ、今年度暫定2位の津々路隆乃が暫定1位の沖大地に今日破れてしまうと、年度内の残り開催日7日では勝ち点が追いつけなくなり、早々に年間優勝が決まってしまう。
礼文慎は昨年度最終戦での事故による背骨骨折がようやく癒えてリハビリの最中、杉原行成は4年度の途中で一度は復帰したものの、当の沖大地に返り討ちを食らって再び療養中である。
そんな、この第43期4年度。
トップリーグの2戦目で高瀬長門との戦いで長期欠場を余儀なくされた沖大地が、昨季の不完全燃焼をパワーに変えて、怒涛の快進撃を見せている。
うん、欲しいなあ……
応接室を後にするところだった太陽は、くるりと振り返った。
「あー、そうだ。
沖君コラボのトレーニングウェア、
どこで売っているか、ご存じないですか?
ここにお邪魔して何店舗か探してみたんですが、見当たりませんで」
鈴来は苦笑しながら頭を振った。
「発売から当日で売り切れ、
この前に増産分が出たようですが、これも即日完売だそうです。
北斗総督である私でも、購入するなら順番待ちですよ」
そのトレーニングウェアとコラボの洗剤なら出回ってますよ、と鈴来は助言しておいた。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
首位攻防戦の3か月ほど前。
赤銅騎士団会議室。
騎士団スカジャンの大増産もようやく需要に追いつき、次のグッズ展開について、企画会議が開かれていた。
白石美月。言わずと知れた赤銅騎士団を取り仕切るマネージャー。
黒崎健吾。莫迦売れした騎士団スカジャン沖大地ヴァージョンの発案者。
白石海月。騎士団専属のデザイナー兼コーディネイターにして、流通の妖精さん。今回は外せない交渉を星環外で並行して行っているので止む無くリモートで参加。
佐祐倫。騎士団マスコットガール。元モデルの黒百合。今回はユーザーとバイヤーの境目として参加。
栗栖手織。コラボに乗ってきたアパレルメーカーの営業課長。
沖大地。瑞穂で人気うなぎのぼりの本人。にぎやかし。
百案百沈。
メガヒットのスカジャンに引っ張られてしっくりくる案がどうにも出てこない。
時間もないし、無難にスカジャンに色を合わせたタオルでいいか……
そんな空気の中、佐祐倫がおずおずと手を挙げた。
「あの、いったんスカジャンは忘れてみていいと思うんです」
どんな案があるか言ってみて、と視線が集まる。
「今はブームもあって、
皆がスカジャンを着てますけど、
存在感があり過ぎて、
普段使いできるアイテムかというとそうでもないと思います」
佐祐倫はいったん区切って周りの反応を見た。
このまま続けて構わないようだ。
「だから――
大地くんがシミュレーションルームに籠るときのトレーニングウェアとか、
大地くんが整備班と騎士艇をチューニングするときのワークジャケットとか……」
地味じゃないか、とこぼす黒崎健吾。
佐祐倫はそんな従弟を睨みつけつつ
「洗ってあげる分には、
派手な服とかロゴ多めだと、
色落ちとか剥がれ落ちが気になるんだもん」
それを聞いた白石美月がデスクに手をついて立ち上がった。
『色―――落―――』
端末からは、海月の声まで聞こえてくる。
早速、即興の企画書データが海月の言葉より早く端末に送られてきた。
画面に収まり切れないくらいの文章のほか、舞台設定やシチュエーションがこまごま指定されている。
《清潔感のあるジャージ》
《機能的かつ洗練された作業着》
《あえての女子受けからの、若い男子層へのフック》
《キャッチコピーは『これなら、洗ってあげる』》
《好きな子が洗ってくれるなら、買うぞと思わせる》
《洗剤メーカーとの連携も視野に入れたい》
キャッチコピーを見た佐祐倫が目の色を変えた。
そして、鼻息も荒く再び手を挙げた。
「私! 私、その役! やりたい!」
黒崎健吾は従姉の落ち着きのなさに呆れて背もたれに体を預けて天井を見上げた。
「おばさんがやる役じゃねえだろ。
せめて希倫ちゃんくらいの……」
佐祐倫の湯呑みが健吾の顔面を直撃した。
栗栖は喧騒をよそに、既存のパターン服に限定刺繍なら納期は余裕、ポケットに特徴をつけても間に合うと保証した。
「一般層受けなら、まずジャージで行きましょう。
反応を見て作業着も視野に入れましょう」
白石美月が会議を閉めた。
終わったんだよね、と言って大地は席を立ってそそくさと会議室から去った。
『りょー――――』
リモートの海月の会話速度に反して、端末には今の案に乗ってきた洗剤メーカー数社と、それぞれの担当者名や打合せ候補日などが続々と送信されてきていた。
大地の首位攻防戦前日。
私営観戦施設
マスターが来客にいらっしゃいませ、と声をかけた。
奥のカウンターに居た佐祐倫は入り口に視線を向けると、待ち人の黒崎健吾だった。
「打合せが長引いてな……」
健吾は佐祐倫の隣に腰かけるとマスターにいつものように麦茶を頼んだ。
「相談事ってなんだ?
伯父さんか伯母さんに繋いでくれってことか」
「いきなり、本題?
あなた、話には枕ってものがあって……」
「さっさと話して、楽になれ」
健吾は手元に届いた麦茶を傾けた。
佐祐倫は本題を切り出せず、もじもじし始めた。
健吾は深くため息をつくとマスターに強めの酒をリクエストした。
お酒、辞めたんじゃなかったの、と健吾を見つめる佐祐倫。
届いたのは『魔女の箒星』の銘柄が張られた四合瓶。
アルコール度数41度の芋焼酎。
「おばさんの恥じらいに付き合う気はない。
先に、二杯ほど空けてもらおうか」
年周りのさほど変わらない従弟からのおばさん扱いに佐祐倫は手が出かけたが、相談を持ち掛ける身なので思い直し、健吾の注ぐ焼酎をぐいと呑みほした。
三杯目を空けるころになると、恥じらいもどこかへ出かけてしまい、佐祐倫は健吾に大地についての愚痴をつらつらとこぼし始めた。
まとめると、相談事は大地をどうやって振り向かせるかということらしい。
こういうのって、女性の方がむしろスペシャリストだろ、と健吾がこぼすと、誰に相談していいかもわからないとのことだった。
同性、元モデルの美人から恋愛相談されたら……
嫌味にしか見えんか?
しょうがないなあ、と腕を組んでこれまでの大地との付き合いのいろいろを思い返す健吾。
「えーとな……大地を魚だと思ってくれ」
「秋刀魚?」
「好きにしろ。
で、佐祐倫姉ちゃんが、秋刀魚を釣ろうとしてる」
「うんうん」
「釣ったら、その秋刀魚は……死ぬ」
「死ぬ???」
本当は姿を消す、とか隠す、が正しいと思うが、まあいい。
従姉のすぐ未来に差し迫った暴走を止める方が優先だ。
「餌場を覚えさせろ」
「覚え?」
「秋刀魚が来るのを待て。
来た秋刀魚を、眺めろ。
間違っても捕まえようとするな」
「いや、鑑賞したいわけじゃなくて」
「……佐祐倫姉ちゃんが水に飛び込んで、
餌場になるというか産卵場所になるというか」
健吾も何を言ってるんだ、俺は……と思いながら。
「産卵って、あんた!」
「……焦るな。
食欲が人一倍ある以上、
大地にはそっちの欲も間違いなくある」
「……知ってる」
うわー、悪友と従姉の事情なんか、知りたくもねえ……
従姉からの生々しい返事に辟易する健吾。
しかし、乗りかかった、いや乗ってしまった船だ。
愛されようと思うな――
大地の例外は知る限り2人だけだが、
その2人についてもあいつは愛してない――
つい喉から出かかるが、何とか押しとどめた。
健吾はスポンサーになる前に、沖大地については綿密に調査しているので、家庭事情も把握している。
大地の対人態度の壊れ方を見て、出て行った母親しか愛してないなということも、何となくわかっている。
その一方で愛情回路が壊れたままの悪友を、従姉が自分の幸せを掴みつつ、修理もしてくれたらいいな、とも思っている。
「敢えてアドバイスってんなら、諦めも肝心」
健吾は佐祐倫からグラスを奪って『魔女の箒星』を喉奥に傾けた。
今日くらいは禁酒を破ってもいいだろう。
「何じゃ、そりゃ――
こっちは年齢が、時限爆弾なんだぞ」
佐祐倫が両手を挙げて天に吠える。
「だから、諦めが肝心って言っただろ」
「諦められたら、相談なんかしてないんじゃ――」
山姥のごとく髪を掻き毟る佐祐倫。
ごもっとも。
健吾はマスターにチェイサーを注文した。
あなたの横顔
強がりはよして
心から温まる
芋焼酎をどうぞ
もう少しだけ一緒に――




