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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第六章 変成と圧密、鍛錬する地層
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第51話「見慣れた悪夢、見慣れぬ朝餉(あさげ)」

 強い日差しで目覚めた


 見慣れた景色


 見慣れない食卓


 酔いが醒めても


 冷めていなかった温かさ――




 佐祐倫さゆりは物音で目が覚めた。

 カーテンから漏れる日差しはずいぶんと強い。

 休暇オフとはいえ、寝過ごしたようだ。

 物音の正体は台所の方から聞こえてくる、リズミカルな音だった。


 トントントンという包丁の音。

 グツグツと煮立つ音。


 ふと懐かしい感覚にとらわれてしまう。

 実家には10年以上、顔を出していない。


 はて……

 うちに、材料なんてあったかしら?


 冷蔵庫や食材庫を思い浮かべようとするが、寝起きと宿酔いの頭ではうまくいかない。


 ……てか、誰だ?


 宿酔いで痛む頭で昨夜の記憶を引っ張り出す佐祐倫さゆり


 焼き鳥屋でぼんじり串を摘まむ自分の手。


 右手は、相方の肩をかき抱いて……


 佐祐倫さゆりの脳裏に沖大地の顔が浮かんだ。


 そして――


『掴まえた』


 昨夜、確かにそう言った……気がする。


 昨日、後学にと観戦に連れ出した炎城の試合の後。

 沖大地の提案?に飛び乗って騎士団事務所近くの焼き鳥屋で、夕食を兼ねた慰労会。

 すいぶん居座っていた気がする。

 なんだかんだ、星環騎士戦での生配信観戦中に起きた事故にショックを受けていた沖大地を励まそうと陽気な酒を……

 佐祐倫さゆりは人差し指で自分のこめかみを強く押した。


 一回り近く年下の異性の前で年甲斐もなくはしゃいだこと。

 酒の勢いで何度目かの告白をしたこと。

 さらに勢いに任せて自室に呼び込んだこと。

 なにより、


「相手の傷心に付け込んで、彼女になっちゃダメでしょ」


 大地はつとめて陽気に振る舞っていたものの、騎士の死亡事故を目の当たりにして平気ではなかったはずだ……


『傷ついていた頃の自分を救ってくれた騎士ナイトが傷ついた今、

 慰められる機会を逃さず掴めて――

 嬉しい!』


『つっけんどんな彼が、このままなし崩しに自分の彼氏ものになればいいな』


 建前を押しのけてあふれ出る本音を、佐祐倫さゆりは頭を振って追い払った。


佐祐倫さゆりの『り』は倫理の『倫』!」


 佐祐倫さゆりの『さ』は補佐の『佐』。


 でも、佐祐倫さゆりの『ゆ』は、天祐てんゆう……


 自分にとっては、思いがけない幸運を掴んだ。


 大地にとって、自分との繋がりが天の助けになれば……


 どうあがいても、掴まえた大地にしがみつく考えになだれ込んでしまう。

 相反する感情と宿酔いで佐祐倫さゆりの頭痛が酷くなった。


 普段から『大地くんみたいな、可愛くてしかも頼りがいのある年下彼氏、欲しー』と公言してきた手前、まったく世間に言い訳できる気がしない。

 白石マネージャーあたりはずいぶん佐祐倫さゆりを焚きつけていたが、実際に自分と大地が恋人になったら態度が豹変しないかと心配になってきた。


「……これは、また失職かな?」


 いつの間にか台所から聞こえてきた音が止んでいた。

 台所から佐祐倫さゆりを呼ぶ声が聞こえた。


 ……佐祐倫さゆりさん、のままか。





 朝には少し遅い時間。


 大地は寝室にいるはずの佐祐倫さゆりに、朝ごはんができたと呼びかけると、大きく背伸びをした。


『――忘れることのない重い経験であり、

 彼のご冥福を祈るとともに、

 これまで星環騎士戦で見せてきた勇敢な姿を、

 忘れない、と語って――』


 どのニュース配信でも、昨日の事故のことばかり流している。


 まあ、大画面で生配信を観ていたこちらとしても、なかなかにショッキングでしたよ。

 自分の身にも起こりうることだしね……


 炎城の圧勝劇と同時に起きた運のない星環騎士の死亡事故。

 傷心の彼氏を慮ってモニターをオフにしようとする佐祐倫さゆりの手を大地が押さえた。


 昨夜ほどじゃないよ。


 僕が大きなショックを受けると、いつも悩ませてきた悪夢。

 佐祐倫さゆりさんの慰めでだいぶと和らいだのは事実なんだ。


 むしろ、こちらの都合でいいように利用した気分になって……


 ■は……■は、罪悪感が半端ない。


 この罪悪感は、このままで――


 俺は……えーと?


「無理しなくても、いいんだよ?」


 無理?

 してませんが、何か?


 目の前にいる佐祐倫さゆりが呆気にとられた表情を浮かべている。

 そんな、お化けに会ったような顔をしないでよ。


 ……お化けかもね。


 いつもは蓋をしていること。

 昨夜の記憶は、かすかだけど大地に残ってる。


 僕はお化けで、■は人でなし――


 ……頭がぐるぐる回る。


 座っているはずなのにふらつく。


「ちょっと、どうしたの?」


 テーブルに突っ伏しそうになる大地を佐祐倫さゆりが回り込んで支えた。


「……腹が減って……しょうがない……」


 大地のつぶやきを聞いて、もう、と佐祐倫さゆりが背中を叩いた。


 魔法の言葉があるから、俺は、大丈夫――





 モニターには炎城の勝利者インタビュー兼お悔やみが繰り返し映されていた。


『――正直、今ここに立っているのが苦しいです。

 今日は、勝ったなどと思ってはいません。

 むしろ、星環騎士としては惨敗という想いです。

 対戦相手である『@@@@』くんとは、

 トップリーグで競ったこともある素晴らしいライバルでした。

 私は『@@@@』くんが戦った最後の相手として、

 今後、中途半端な姿勢を見せることは、

 絶対にしてはなりません。

 彼の死を無駄にしないこと、

 共に戦ってきた私が、

 彼の星環騎士としての人生と誇りを抱えて、

 これからも歩み続けます』


 ……悼んでるか、これ?


 遺族も炎城を有難がって涙ぐんでるけどさ、

 思い切り、話を逸らしてないか?


 大地は佐祐倫さゆりに差し出されたしじみの味噌汁を受け取り、すすった。


 あ、卵入りお粥もあるんだ。

 分葱わけぎも刻んである。

 これ、好きなんだよね――


 大地自身が作った朝ごはんを『ありがとう』といって食べるさまを見て、昨夜に酔った勢いで頭でも打ったのかしら、と佐祐倫さゆりは流してしまった。



 あなたは気づけない


 僕の瞳が少しだけ揺れたこと


 言葉の隙間にしまい込んだ


 ひそかな懺悔の行方だって

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