第50話「治定(ちじょう)のもつれ」
束の間の休暇
懐かしい扉の前に立った。
ただいま
おかえり、の声はない――
【賁星星環群、賛星(居住星環)】
総菜屋「鐘志乃」兼、鋼谷家宅
星環騎士戦第43期4年度も、折り返しの頃。
まとまった休暇を取れることになり、鋼谷琢磨は半年ぶりの我が家に帰省していた。
入口の左右には『名物イカガレット』、『絶品たこ焼き』と書かれたのぼり旗。
ひさしから突き出たテント看板には『総菜の「鐘志乃」』の文字。
営業時間にはまだ早く、ドアには準備中の札がかけられている。
琢磨はIDをドアの一角にかざした。
ロックを解除される音がして、安堵で胸を撫で下ろした。
まだ、家族扱いのようだ。
「……ただいま」
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
赤銅騎士団 事務室
チーフメカニックの滋野重延は格納庫の施錠を確認し、報告のために事務所に顔を出した。
『赤銅驥』がサブ機体ともどもメーカーによる検査点検のため、整備班の面々は貯まりに貯まった有給休暇を今日から満喫している。滋野は『赤銅驥』を送り出し、部下が引き上げた後もデータ比較チェックと機材検査をしていたら、いつの間にか翌日の朝を迎えていたのだった。
あれ? 滋野さん、休みじゃなかったの?
鋼谷が帰省で不在のため、特に行く場所のない大地は昨夜から事務所で過ごし、今はソファで朝のニュース配信を眺めていたのだ。
「休むために色々とな。もっとも、朝までかかるとは思ってなかった。今から休ませてもらうよ」
壁の時計を見ると、白石たち事務方が出勤するのはあと半時間ほど先だ。
一瞬、大地に鍵を預けて白石への申し送りを仲介してもらおうかと思ったが、自分でやる方が気が休まると思い直して、大地の向かいのソファに腰かけた。
「……余計なことかとは、思うんだがな」
ん? 俺ですか?
滋野は切り出してみたものの、言葉を選んで口ごもった。
そして、手持ち無沙汰に手のひらを組んで指をこねた。
俺のことですよね?
……言いにくいこと?
滋野は口元を引き締めた。
「佐祐倫と白石の嬢ちゃん、坊主はどう思ってる?」
……仲良くなりたいかどうかって、話ですか?
「端的に言えば、そうだ」
この二人は仕事のことであれば、かなり腹を割って話し合っている同志ではある。
だが、古い付き合いで兄貴分の竹島と違って、プライベートな話題を交わしたことがなかったため、大地の思考がうまく回ってくれない。
とりあえず無難な答えを出しておくことにした。
「……白石の嬢ちゃんは、まあいい。
坊主に矢印は向いてない感じだ。」
さらっと酷いね。
「合うとは、思うぞ?
坊主が欲しいと思ってるもんは、
白石の嬢ちゃんなら、あらかた持ってる感じだしな」
そりゃ、どうも。
そうくれば、本題は佐祐倫さんだよね?
「あれだけ秋波を浴びて、気づいてないと言わねえよな?」
気の迷い、好意の返報性でしょ?
大地の口からすらすら出てくる。
佐祐倫さんは、自分で自分を助けただけなんだ。
俺はその時に居合わせただけ。
でも、刷り込みっていうか、ヒーロー効果っていうの?
「坊主に救われたって物語と、
助けてくれた相手の恋人役に
酔っているって言いたいのか?」
身も蓋もないね。
まあ、その夢から冷めたら、佐祐倫さんも落ち着くよ。
その時に隣にいるのが俺だと、気の毒じゃない?
滋野は何か言おうとして、頭を抱え、深くため息をついた。
「……余計なことだったな。忘れてくれ」
公営観戦施設
あのとき、滋野さん相手には流したものの……
来年度、絶対戻ってくるから、後学のために見に行きましょ。
見つかると大騒ぎになるから、ちゃんと変装していくわよ。
佐祐倫さんの猛プッシュに押し切られる形で炎城志朗の試合を観戦することになった大地。
ここのところ、ほぼ毎月のように試合してたから、他の星環騎士戦を見るのは新鮮だな。
礼文はまだ復帰しないし、杉原何某は、まあアレだったし。
今年度は、俺が完全独走。
2位以下が勝手に食い合いをしていて、これから先に俺が全敗でもしない限り、追いつけないくらいの差がついている。
今回、『赤銅驥』がメーカーでサブも込みで分解整備?したところで大きな問題はないってわけ。
本気で第43期の総合優勝を獲りに行くなら、もっと遮二無二勝ち星を拾いに行かなきゃなんだけどね。
この前の北斗総督との会食では、大統領を出さない程度に頑張れとか言われちゃったしね。
大統領がいらないなら、その時に断ればいいんじゃないですか、と俺が返すと、鈴来総督は鳩に豆鉄砲食らった顔してたな。
別に、たかが星環騎士戦じゃん。
星環群連合の大統領府に何の必要性があるのよ。
綱引きでもいいじゃん。
目をしばたかせる鈴来総督を前に大地節を語っていると、秘書らしき人物が鈴来を、白石が大地を、それぞれ別の場所へ連れて行った。
お、そろそろ始まるみたいだね。
これ、希倫の店で買ってきたから、どうぞ?
大地は紙袋に入ったたくさんのチョココロネを佐祐倫に差し出した。
「チョコ!」
そこなんだ……
佐祐倫はチョココロネを一つ掴むとパクリと食いついた。
そして、満足そうにニコニコとほほ笑む。
本当にチョコレート好きなんだね……
違った、そのコロネ、試合終了に合わせて食べるのが流行りなんだって。
佐祐倫はキョトンとした。
「それ、大地くんの試合の時だけじゃない?」
そうなの?
佐祐倫は大地から紙袋を奪うと2個目に取り掛かり始めた。
施設中央の立体モニターには、炎城志朗の『轟焔騎』と対戦相手の『熾電解』が映し出されていた。
開始から40秒ほど経ったころ。
星環騎士戦のお手本のような超高速で両騎がすれ違ったかと思ったら、『轟焔騎』が撫で斬り一閃をしていたらしい。
……無重力環境下で、何で斬ることができるんだろう?
《『熾電解』の脱出機構に機能不全が認められたため、
星環騎士戦規則の第3条第一項第1号に基づき、
『轟焔騎』の勝利です》
脱出機構の、機能不全ね……
大地は鼻を鳴らした。
……爆発四散しても、生命維持装置の方は機能してるのかしら?
次の瞬間、中央の立体モニターが真っ赤になり、凄まじい警報が鳴り響いた。
『熾電解』を操縦していた騎士のバイタルサインがすべてロストしたと示している。
炎城志朗が引退からの現役復帰後では、これが対戦騎士を事故死に追いやった初の試合となった。
大地は顔を背けた。
「なんか、ごめんね……」
気が引けたのか、佐祐倫が昔を想い出す猫背になっていた。
佐祐倫さんが気にすることじゃないよ。
誘ったのは、佐祐倫さん。
ここに来るのを決めたのは、俺。
大地は席を立つと、近くの再生用シューターに『熾電解』の勝ち騎士投票権を放り込んだ。
えーと、事務所の近くに焼き鳥屋があるんだ。
佐祐倫が誘われるよりも先に手を挙げた。
「行く!」
こちらを窺っていた周囲から、ひそひそと声が聞こえた。
……俺たちの正体、バレてたっぽい。
【賁星星環群、賛星(居住星環)】
テーブルに着く鋼谷琢磨。
隣に妻の志伸。
「確かに、お店の開店資金は、
大部分をあなたが出したものだけど」
時計回りに、子どもたちが年齢順に座っている。
長男の全力、次男の努力、三男の精進、長女の克己。
上は13歳から下は7歳まで。
「家族に、瑞穂までついて来いってことは、
この店を閉めるってことよ。お客さんも捨てて」
琢磨は唾を飲んだ。
5対1の琢磨に逆転の目はあるのか。
城を守り続けた妻からの
刃のような言葉
すべてが急所に突き刺さる――




