幕間「我らが海月(くらげ)曰(い)わく、混色(こんじき)なり」
とくんとくん
透明な心臓
青に溶けて
ゆらりゆらり
意思を持たぬ膜は
重力からも解放されて
ふらりふらり
静かな警鐘
触れれば最後よ
菫色に光っては
ちくりちくり
ここは透明な檻
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
赤銅騎士団事務所。
少し前、星環騎士戦の第43期3年度も中頃のこと。
「ここで、この小物を合わせて……
なるほど、うん。このコーディネイトで、大雑把に4種類ね。
いいわ、あなたの案でキャンペーン打ちましょう」
白石美月マネージャーのこの決定に、ゆっくり頷く商品開発/販売促進のために新しく専属契約したデザイナー兼コーディネイター。
名前を白石海月という。
つまるところは美月の妹。
どこに他星環群や何なら同じ他星環群の同業他社の密偵が潜んでいるかわからない。
何かと機密の増えてきた赤銅騎士団は、新たな雇用や契約は、縁故採用に立ち戻らざるを得なかった。
だが、海月はそのデザイナー兼コーディネイターに留まらなかった。
その人脈を生かし、さらに拡げながらの材料確保、商品展開、在庫管理、販売、販促企画、販路拡張までを、いつの間にか引き受けている。
もはや、流通の妖精さんである海月がいる前提での営業販売になってしまったのだ。
海月は見た目で言うと、姉と違って背はかなり低め。
目もパッチリ大きい二重瞼なのに、いつもニコニコしているので細目に見える。
海月は特筆するような美人ではないのだが、仕事が速いうえに愛嬌が姉の100倍以上あるので、どこに居ても人気は抜群である。
ただ、この流通の妖精さんには、それ以上に顕著な特徴があって……
「あ――――――あとね――――――――」
話す速度が人の3分の1くらいに遅い。
書類作成やチャット打ち込みはロケット並みに速いというのに、どうしたことなのだろう。
また、人懐こい性格もあいまって、海月はメールやチャットより会話での伝達を好む。
白石家の両親は、美月と同じ読みができる漢字で海月と名付けた。
クラゲはどこにでもいて、
海岸のそばにふわふわとのんびり漂っている――
そのポヤポヤした平和な外見と、こちらの警戒心を硫酸のように溶かしてくる笑顔もあいまって、海月と会話した者は、時空の歪みと戦っている気分になってくる。
そして、彼女と会話した者は、だから海月なのかと本末転倒な納得感を得る。
ただし、この海月の会話速度には、決して文句をつけてはいけない。
温和な海月の唯一の地雷。
うっかり、速く喋れなどと口にしようものなら、仕事プライベート関係なく丸2日は部屋に籠って他人と会話しようとしなくなるのだ。
「えーと、初期ロットの色生地が、どうしても確保できないのね?」
海月の言うことには、赤銅騎士団の大地ヴァージョンスカジャンの色生地が注文数に対して全く足りないとのことだ。
発案とデザインは黒崎運輸主導ではあったが、生地色の選定には白石も立ち会い、バーガンディに決めたのだ。
これがどうやら昨年度に倒産した繊維メーカーの独自商品だったらしく、卸売のデッドストックまでかき集めても第二次生産分である4万着の10分の1にも満たないという。
「気に入った色で、しかも安かったのに、もう駄目なのか」
ため息ごと未練を吐き出した白石美月。
海月によると、生産を急ぐのであれば、いくつか候補の生地は見つけたということだ。
そう、売り時はいつまで続くか、わからない。
さっさと作って、さっさと売ってしまおう。
「端――――――――末――――」
端末だと色目が違って見えるから、海月が懇意の繊維メーカーを回ってサンプルの端切れを持ってきたということらしい。
ボルドー、ワインレッド、マルーン、えんじ色……
「……いっそ、違いがはっきり分かる、ワインレッドにしましょう。
騎士団のシンボルフラッグはヴァーガンディベースだけど、『赤銅驥』のボディカラーにワインレッドも使っているから、あながち的外れでもないし……」
騎士団グッズの発注サイトからの注文に関しては、あらかじめ『材料の調達により見た目が変わることがあります』という注意書きに了承のチェックしてもらってからの仕組みになっている。
「ないものは、ないのよ。
これは……初期ロットが貴重品になるわね。
都合1000着くらいだったかしら」
姉、美月のサバサバした割り切りに対して、初期ロットにはナンバリングを刺繍しておけばよかったね、と繊維メーカーにメールで大量発注しながら海月が言った。
「今だと、第二次生産の4万着分だけど、
ブックマークの25万着、これって生地は足りるのかしら?」
今でも商品発送まで2か月待ちになりそうだし、もしもブックマーク分が同時に発注されたら、1年待ちとかになっちゃいそうね、と黒崎運輸にチャットで配送スケジュールを相談しながら海月は言った。
それから、新色の露出を増やせばいいんじゃない、と海月は対策を提案した。
美月は、海月の会話の速度に自身の思考速度がつられそうになりながら、必死にペースを戻して翻訳した。
「あ―――、え――っと、そうね…………
マスコットガールの黒百合さんには……
ワインレッドの方でイベントに出てもらいましょう。
ユーザーには手元に届くまでに見慣れてもらいましょう」
瑞穂の繁華街の、とある居酒屋。
赤銅騎士団スカジャンが増産され始め、街にワインレッドが目立つようになってきた、星環騎士戦第43期4年度の始まった頃。
瑞穂はいまやすっかり沖大地一色、かというとそうでもなかった。
根強いファンがいるのと同じように、根強いアンチもまた生き残っている。
「おもしろくねえな」
アンチAは自分がSNS上で投稿してきた沖アンチコメントの痕跡を消さざるを得なくなってきた風潮に唾を吐きたい気分だった。
「おまえまで、なんだ、それ」
アンチAは隣に座るアンチBを睨みつける。
アンチBが纏っているのは赤銅騎士団のスカジャン。
「しょうがねえだろ、職場がスポンサーしてんだからよ」
しかも、大地ヴァージョン初期ロットのバーガンディカラー。
「とっとと、うっぱらっちまえよ」
アンチBは薄っぺらいアンチAの意見に顔を顰めた。
スポンサード絡みで入手した初期ロットこそ、安易に手放すことができないことを理解できる頭がないこいつとの付き合いも今後は考えなくては。
アンチBはひらがなでしか喋れないアンチAを切り離す算段をし始めた。
赤銅騎士団近くの商店街。
瑞穂のそこかしこで、ワインレッドのスカジャン姿が珍しくなくなった頃。
「今日は~池蝶貝の、いいのがあるよ~」
「はい、ミジンコウキウサとカロライナアゾラが……
100グラムずつだね。
毎度、ありがとう」
昔から赤銅騎士団をDクラススポンサーとして支えてきた、地域でも頑張り屋さんの魚屋。
店先で甲斐甲斐しく働く店主と女将さんの姿が今日も見られる。
どちらも魚屋には合わない色目、赤いスカジャンを纏っている。
ときどき、こんな客もいる。
「あれ、おばちゃん、それって……」
その客自身もおばちゃんたちと同じ意匠の赤いスカジャンを纏っているが、目を剥き、やたらと興奮している。
「俺のより色が深い……
バーガンディ……初期ロットじゃん」
大抵は口をぽかんと開けて羨ましがるのだ。
色がちょっと違うだけで、と店主も奥さんもいい加減呆れ果ててはいるのだが、そこは商売人、態度に出さない分別は心得ている。
「大地ちゃんが、日頃お世話になってるからってね。
こんな歳だし、似合わないとは思ってるけど、嬉しいじゃない」
店主や女将さんにかかれば、今や瑞穂のいや北斗星環群の英雄である沖大地も、昔から可愛がってきた近所の子どもになる。
そんな子が、出世したんだよって、プレゼントしてくれたら、そりゃあ擦り切れるまで着たおすのが心意気ってものでしょう。
そう言うと、大抵がひゃー、と声をあげる。
交換してくれ、譲ってくれ、と中には涙ながらに懇願してくる者もある。
店主と女将さん、この二人が返す言葉も、もう慣れたものだ。
「ごめんね、あげられないよ。気持ちだもん」
店の奥に張られた、まだ書きなれていなかった頃の沖大地サイン入り赤銅騎士団のポスターを眺めながら。
もちろん、この商店街に大地ちゃん、ときどき来るけど、出待ちとかしてうちらの商売の邪魔しちゃだめだよ、とクギを刺すのも忘れないのだ。
大地ちゃんにまで、迷惑かけちゃうからね。
ごくまれには、それでも引かない客もいる。
しかし今日は――
女将さんと不満げな客の隙間に、仕事帰りの海月がするりと顔を出した。
「お――――――ば――――――ちゃ――――――」
少しぎくしゃくしていた空気が、一気に雲散霧消した。
代わりに、ふわふわした、目に見えない霧が辺りを穏やかに包み込む。
初期ロットをねだっていた客の方は、何でこんなことでギスろうとしちゃったんだろうと頭を掻いて反省し、女将さんに頭を下げてから気まずそうに帰っていった。
「海月ちゃん、いつもの、スズキの短冊、3切れでいいのかい?」
海月はVサインと満面の笑みで応えた。
あてのない 散歩
砂場を 見る
子ども
砂の山
すごいね
また 歩き出す
スカジャンの赤
陽だまりに 溶ける
急がない
赤い 背中




