幕間「民衆と英雄と黒百合(チョコレート・リリー)」
彼の人が指さす丘の向こう
そこは約束の地か
見たこともない黄金の栄光か
なんて、孤独な背中だろう
麓に住まう人々は
孤独な英雄に夢を乗せる
英雄の指さす先など気にもせず
英雄は
泥にまみれた鎧で
明日のパンの心配をするのだ
【北斗星環群、和刻(工業星環)】
承知工業 研究棟 第一解析班室。
大型壁面モニターに、試合映像と大量の数値データが並列表示されている。
『赤銅驥』VS『翠兵旋』
勝敗表示――沖大地、勝利。
「……え?」
若手研究員が瞬きをした。
「え、とは何かね?」
若手研究員はうまく言葉にできないようだ。
「だから、どの兵装が強かったかの話をしてるうちは、入口にも立っていないぞ?」
班長は端末を指で弾いた。
画面がくるりと切り替わる。
十六角網。
四角網。
それぞれの相対距離。
公開された機動ログ。
操縦者の視線追跡。
さらに、観客反応曲線。
「今回の主役は、何だ?」
班長の問いかけに、若手研究員が意気込んで即答する。
「四角網です」
「違うな。杉原行成だ」
わけがわからない。
兵装の話じゃなかったのか。
若手研究員の戸惑いなど構わずに、班長は続ける。
「沖くんは、相手の星環騎士艇への攻撃を意図していない。
……狙ったのは、相手操縦者の精神だ」
壁面モニターに、杉原行成のバイタルログが展開された。
心拍数上昇曲線。
過呼吸兆候。
操作遅延。
入力エラー率。
「ここだ」
班長が時系列で止める。
「四角網の接触から、0.16秒後に逃避行動が発生している」
別の研究員が眉をひそめる。
「四角網は捕獲兵装としては、
その……未完成もいいところの実験機でしょう?
この場でも完全拘束なんか、できていません」
「それで、いいんだ」
班長が笑った。
「中途半端でも、効果を発揮する。
艇を人間が動かしている限り、な」
ぐるりと周りを見回す。
が、他の研究員たちは何のことやらわかっていないようだった。
「拘束された、閉じ込められた、逃げられない、
と人間の方で勝手に補ってくれたんだよ」
若手研究員が恐る恐る言う。
「だから……精神攻撃?」
「半分、合格。後で飴をやる」
班長は端末を別のデータに切り替える。
今度は観客側のデータだ。
SNS感情分析。
歓声波形。
視聴維持率。
再生巻き戻しポイント。
「もう半分は、観客だ」
「は?」
今度こそ意味がわからない。
兵装を、観客に向けるだって?
それとも、観客が兵装?
どっちにしても正気なのか、うちの班長様は。
「十六方向展開の網だが……
蜘蛛とその網を想起させるシルエット。
まずは、高瀬戦の再演か。
仇討ちプロモの影響も、あるかな」
班長は肩を竦めた。
「沖騎士は、試合の前提条件さえも兵装とした。
杉原は、十六角網の先端に吶喊したんじゃない。
させられたんだ。
それ以外の選択肢をことごとく消された、の方が伝わるか?
星環騎士道をしていないんだよ、沖くんは」
班長は別のモニターを指した。
とにかく、沖の試合の解析は見るべきデータが多過ぎる。
試合のデータだけを見ていると、再現性の低い勝ちを拾った、運のいい騎士でしかない。
真相は、いや深層はそうじゃない。
沖大地の過去試合比較。
相手心理誘導。
捕縛。
踏みつけ等のルール境界を積極的に活用。
観客印象(将来の対戦相手へ提供する情報)の固定。
若手研究員が青ざめる。
「これ……本当なら、全部、再現性が高いのでは?」
「そうだよ?」
やっと通じたかな、と班長は頷いた。
「一見すると、再現性は低いと感じてしまう。
同じ状況は次は作れないとね。
だが真相は、沖くんが
『相手を観客ごと自分の土俵に上げてしまうこと』にある。
これを何度も。
都合、30戦以上もこれを続けている。
再現性が低い?
いやいや、騙されてしまったよ。
沖くんの戦術……
いや、これは試合の外に飛び出た戦略レベルだな。
沖くんの勝利は、彼がその戦略を駆使する限り、
再現性は異常に高いとみていい。
だから……怖いよね」
「いわゆる勘でもない。才能でさえ、ないのか。
あらゆるデータを徹底的に活用して……
事前に勝ちを確定させているのか。
そんなの、歴史に残るレベルの知略家じゃないですか」
第一解析班室の奥にいた営業部門の男が苦い顔をした。
大地本人に確認すればいいものを、誤解がより大きく、広く。
「待ってください。
それだと、『赤銅驥』、
つまりCU95Sの開発/販促分析としては問題では?」
「なぜ?」
「いや……この連勝って、
つまり、操縦者の頭脳に寄り過ぎなんでしょう?」
さすがに、CU95Sのスペック関係ないじゃないかと言えない営業担当は言い淀む。
「うちの廃棄物シリ……CU95Sは、『真っ当な騎士』が勝てる機体だ」
「え?」
「見る角度を変えよう。市場調査結果を見るよ」
さらに別の画面。
北斗における市場調査の中間結果。
関連ワード急上昇ランキング。
1位、沖希倫
2位、瑞穂の護符
3位、僕の目印
4位同率、沖大地、瑞穂の奇跡、チョココロネ
次いで、
7位、『赤銅驥』だ。
営業担当が頭を抱えた。
「なんでだよ……
なんでこれで人気が出てるんだよ……」
班長が淡々と返す。
「顧客が勝手に夢を見て、補完しているんだ。
……こういう物語は強いぞ」
別の研究員が小さく呟く。
「でも……この精神攻撃って、
倫理的には、どうなんです?」
第一解析班室が、静まる。
班長は少し考えてから答えた。
「承知工業はメーカーだ。
沖くんが得意とする心理誘導も、研究対象にしようじゃないか」
画面には、勝利後の沖大地。
少し嫌そうな顔。
班長が静かに言う。
「沖くん自身も、
気持ち悪い勝ち方法と理解している……
だから、まだ制御できているのだろうね」
沈黙。
若手研究員が、恐る恐る手を挙げる。
「ええと……すいません。
内容が濃すぎて追いつけなくて。
今回の分析結果をまとめると?」
班長は即答した。
「データ分析、中間報告」
指を一本立てる。
「星環騎士たちは、人である。
そして、予想以上に騎士道に依存している」
二本目。
「観客は、これも予想以上に舞台演出を好んでいる。
そして騎士運や騎士団はこれを無視できていない」
三本目。
「沖くんは、その両方を理解して、
戦略に組み込んで、勝っている」
四本目。
「そして我々は――」
班長はモニターに映るCU95Sの設計図を沖大地のバストアップ画像に切り替えた。
「とんでもない怪物を、引き当ててしまった、のだね」
わかるけど……それって、商品の解析じゃないよね?
営業担当は、そう言い出せないまま会議が終わった。
【北斗星環群、山津(研究星環)】
とある研究所。
研究員Bが言った。
「やあ、君の沖くん、勝ったそうだよ」
研究員Aは振り返らず答えた。
「俺のじゃねえっす。
今回は新型空気圧機動の出番なかったみたいで、
あんま興味ないっす」
それよりも、と研究員Aはため息とともに言った。
「風鈴寺博士が……
また何か閃いたって叫んで、どこかへ消えたっす。
場所がわかったら、首に縄をつけて連れ戻してほしいっす」
もちろん、比喩じゃなくてね。
しばらくは縄を携帯して歩いてね、と研究員Aは自前の縄の先をクルクル回して見せながら、しかし研究員Bの方を一度も振り返らずにどこかに去っていった。
奥さんみたいに博士の耳を引っ張った方が連れてこれそうだけどね、と研究員Bは思ったが、わざわざ追いかけて伝える内容でもないよな、と思い返して忘れることにした。
【北斗星環群、出雲(政治星環)】
北斗総督府。
「また、投票なさったので?」
秘書が苦笑いを浮かべた総督に尋ねた。
「どちらに転んでも、ね」
沖が勝てば、勝ち騎士投票券で配当を得て、嬉しい。
沖が負ければ、北斗総督として安堵できる。
だが、なぜ今さら尋ねたのか。
「いつもと、様子が違う気がして?」
鈴来総督は、言葉を飲み込んで天を仰いだ。
「これまでの勝ち分と、小遣いを全部、賭けたんだ……」
沖騎士は暫定1位。
相手の杉原騎士は過去に年間優勝4度の猛者ではあるが、大怪我からの復帰戦。
沖の勝利は人気厚めで、最終の倍率は1.5あたりの低配当だったはず。
それでも、鈴来が時々「貯まりに貯まった」と漏らしていた小遣いまで全額だと――
「こんなに増えてしまっては、流石に、妻にバレてしまう……」
小刻みに震える鈴来総督の額から、冷や汗が流れ落ちた。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
カフェ/千代ノ音。
今日、この時間は貸し切りです。
瑞穂の英雄と、その英雄の目印の逢瀬です。
という訳で、貸し切りじゃなくても、遠慮してよね。
ねえ、誰に説明してるの?
今回ばかりはヘトヘトの大地。
テーブルに寝そべるように突っ伏して、精一杯伸びをしている。
試合展開はイージーだったが、祝勝会の前後の取材がぎっしりだった。
しかし、白石さんからの指令で佐祐倫の労をねぎらえとのこと。
まあ、祝勝会に間に合わなかったからね、佐祐倫さん。
今回の勝利への貢献は、間違いないんだし。
俺が横にいれば、一応は祝勝会って体裁にもなるか。
大地の誘いに一も二なく乗ってきた佐祐倫。
正体を隠してギリギリまで情報を搾り取って解析して……
綿のように疲れきった体も、何のその。
他の異性には見せたことのない素直さで、それでも行先は指定した。
もちろん、想い出のデートの場所じゃないと。
寝てもいいかな、と祝勝会中にもかかわらず無神経なセリフを吐いて、隣に座った佐祐倫からのデコピンを食らう。
うー、と呻いて目の前のブラックコーヒーをすする大地。
満面の笑みでチョコレートサンデーDXを頬張る佐祐倫。
余りの美味しさに、おでこを押さえてプルプル体を震わせて、並んだ大地の肩を軽く何度も叩いた。
この落差は、何なの?
マスコットガール改め、非情な女密偵――
昨日までは、そう思ってた。
割と本気で。
「はい、あーん」
くれるの?
断って敵に回すのも面倒くさい大地は、口を大きく開けた。
……甘い。
もう追加はいらないよ、と手で遠慮を示す大地。
今日は苦みを楽しむくらいがちょうどいい。
えー、と可愛らしく?不満げな佐祐倫。
こっそり厨房で二人を見守るマスターと菓子職人、店員。
窓の外には、物見高い、それでいて行儀よく静かに身も息も潜める瑞穂の住人たち。
これまでになく熱狂する北斗星環群。
特に瑞穂。
『ダイチ・フリークにあらずば、瑞穂にあらず!』
大地「……俺、瑞穂じゃないみたい?」




