第49話「地割れに舞う闘牛士(後編)」
男、罵りき。
「汝とて、戦人ならめど」
いま一人の男、嘲りき。
「知りたることか」
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『赤銅驥』操縦席内。
――とか、考えてるんだろうな。
大地は『赤銅驥』の右腕部に設置した四角網を射出しながら、そんな感想を抱いた。
四角網こそ無重力環境下で相手を絡めとる新兵装。
網の中央部が相手艇のどこかに接触すれば、大当たり。
四隅の先に取り付けられた分銅それぞれが慣性で相手艇を回り込み、慣性でそのまま網で囲んでしまう。
だが、四角網の真の恐ろしさは――
『翠兵旋』操縦席内。
「またも、新兵装だと?」
こちらに向けて投射された四角網への正解が回避にせよ、防御にせよ、なまじ十六角網の先端を掴めただけに、判断が遅れてしまった。
『赤銅驥』から投射された四角網のちょうど中央部が『翠兵旋』の脚部にぶつかると、その腰部、脚部を囲んで閉じていく。
だが、まだ柔らかい包囲。
絡め取るには、まだ至らない。
しかし、四角網の目的は『翠兵旋』の完全拘束ではない。
四角網が柔らかく閉じた行成の反応は、
ただ、逃げ出したい――
『赤銅驥』操縦席内。
――どうやら、佐祐倫さん、推測レポの方も当たりっぽいな。
計算して動く、いつもの杉原何某なら、四角網が閉じたところで拘束と呼ぶには甘い、ただ包んでいるだけだと気づくだろう。
『赤銅驥』と等距離を保ってもいい。
あるいは接近しすぎない範囲で距離を詰めてもいい。
落ち着いて四角網を解けばいいのだ。
しかし、今の『翠兵旋』の起動はやみくもに包囲から逃げようとして、逆に自ら絡め取られてしまっている。
大地は冷静に狙いを定めて『赤銅驥』の左腕部に設置した四角網を射出した。
『限局性恐怖症』
特定の対象に対する、過度の恐怖反応を特徴とする障害一般。
杉原何某は、幼少期に星環連絡バスの事故に遭遇している。
助けが来るとも知れない閉所で怯えた時間は、少年の精神を随分と痛めつけたのだろう。
杉原何某には少年期に深刻な閉所恐怖症の治療記録があった。
とうに完治と診断された今でも、年に数回のカウンセリングを自主的に受けている。
とはいえ、星環騎士艇に乗り込んでいるのだ。
克服はしているだろう、大して参考にならんなと思いつつ、大地は佐祐倫のレポを読み進めた。
完治後とされる学生時代にも、友人が閉めたドアを自分が開けてまた閉め直す行動が見られる。
直近では、安静加療必須の重傷でも自主退院の履歴あり、注意せよ、との申し送り情報あり。
何だって?
『総括』
これらから、杉原何某には『自分がコントロールしていない状態での閉所、拘束を非常に嫌う傾向』が推測される。
あなおそろしや……
たった数日の潜入で、こんなレポができる佐祐倫さんの方が杉原何某より、よっぽど恐ろしい。
『翠兵旋』操縦席内。
わからない――
『心拍数200/分、危険数値。呼吸数28/分、過喚起の恐れあり』
操縦者を守るためのAIが行成のバイタルアラートを激しく明滅させている。
わからない――
過喚起って何だ?
眩暈がする。
座っているのに、ふらふらする。
頭痛がひどい。
胸が締め付けられるように痛い。
吐き気がする。
お腹だって痛い。
汗が止まらない。
口が渇くよ。
手が痺れて、固まって、うまく動かないよ。
過呼吸による過換気症状と四角網で包囲された不安からくる交感神経症状が行成を襲った。
今、『翠兵旋』の操縦桿を握っているのは、幼児退行した33歳の行成――
わからないよ、高瀬さん――
狭いよ――
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
私営観戦施設
「マスター、美味しかったよ」
黒崎は会計を済ませるとカウンターから離れた。
結果は見ていかれないので、と問うマスターに、背中越しに手を挙げて答える黒崎健吾。
見るに忍びない。
これが、自分がかつて憧れた星環騎士の頂点なのかと。
たった一人の現実主義者が、星環騎士たちを蹂躙している。
いたたまれない。
その男を、トップリーグまで送り込んだ一味である自分。
――誰が駒鳥を殺したの?」
――わたし、と雀がいいました。わたしの弓矢でわたしが殺した」
被害者面で感傷に浸りやがって……
マッチポンプじゃないか、と苦笑する健吾。
健吾は夢を諦めたのではない。
求めた場所が、思い描いていた夢の先ではなかっただけのこと。
「俺もまだ、青いな」
大地の方が、よほど大人だ――
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『赤銅驥』操縦席内。
『赤銅驥』をパンチングナイフが届く距離まで詰めた大地は、杉原何某に手続きとして降参を求めようと回線を繋いだ。
しかし、画面に映るのは、狭いよ怖いよ、とただ繰り返して怯えている、いい齢したおっさん。
まったく、見苦しい。
演技にも、見えない。
向こうで勝手にこんがらがったとはいえ、2つの四角網で腕も脚も動きの取れない『翠兵旋』で罠を仕掛けようもないだろうし……
これはさすがに……壊し過ぎたか?
いや、俺は、網で囲っただけだぜ?
拘束すらしていないよ、俺はね?
相手の弱みというか、心の傷を切り刻んで踏みにじった気分になってきて、今の味は大変よろしくない。
苦虫をいつまでも噛み潰す趣味など、大地にはない。
さっさと、終わらせるか。
『赤銅驥』の右手で相手に絡みついた網を掴むと、左のパンチングナイフの刺突で『翠兵旋』の両肩部、両腿部を素早く的確に切り離した。
……『翠兵旋』の機能停止が50%を超えたので、無事に俺の勝ちがコールされましたよっと。
遊架のスラスターノズルまで運ばずに済んだから、時間も手間も省けましたけども!
このおっさんが元気なままでいてくれた方が、当初の計画通りに『翠兵旋』を鈍器代わりに星環スラスターノズルに叩きつける手順通りで、後味は良かったろう。
「お前だって、戦争代理人だろうが……」
だから?
おっと、通信を繋いだままだったか。
涙は、一応、拭ったか。
目が赤いまんまだけど。
ああ、鼻水がそのまんまなんで、拭っとけ?
ルールに則って、俺の勝ち。
俺の勝ちに不満があるなら、その矛先は俺じゃなくて……
北斗、望澪両方の星環群で互いの仇打ちと煽りに煽られた(行成も自分を煽った節はある)この試合。
実のところ、行成のことをまったく仇だと思っていない大地が、冷静に作業を完了してあっさり終了したのだった。
希倫は、やらん!
礼文慎は、赤の他人だ。
【望澪星環群、伏露(居住星環)】
観戦施設。
何か、騎士戦というより、猛獣を捕獲するハンターみたいだったな。
……ああ、レアメタルハンターだったか、沖大地って。
結果は大いに不満。
だが、妙に納得感のある内容。
不思議な後味に首を傾げる観客たち。
帰っていく観客の不満の矛先はどちらかと言えば、行成でも大地でもなく、騎士運による今回の采配に向けられていた。
病み上がりの杉原行成の復帰第一戦に、調子を上げてきた暫定1位、しかも過去に28連勝の記録まで持っている沖大地をぶつけるって酷いじゃないか。
そんな、負けた行成には比較的同情的な意見がほとんどを占めていた。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
双向は頭を深くうなだれた。
「……まだ、残っていたのか」
行成に残る閉所恐怖症のわずかな陰。
気づかないわけではなかったのに……
行成のその青い部分をこそ、好ましく感じていた自分を責めても、もう遅い。
ごめん、と小さな声で呟く双向。
涙が一筋。
右目から流れた。
後悔はいつだって、先に立ってくれた記憶がない。
【望澪星環群、澪安(研究星環)】
行成と同期で同室だった親友は、彼と過ごした学生時代の体験から、その試合が示すメタファーを何となく飲み込めた。
そう言えば、俺が学生寮の部屋のドアを閉めただけなのに、わざわざドアを開けて閉め直してたっけ。
……最近、誰かに話したような?
【諸角星環群、丹鶴(居住星環)】
うちの礼文の仇って言うなら、まあ応援しないでもないという気分だった一般の観客たち。
『よくぞ無法者にして野獣を、退治したものよ』
大地の行成退治を遥か過去の歴史の1ページ、加藤清正の虎退治みたいな英雄譚になぞらえて。
『なんでも、沖の姉が礼文慎に入れあげているそうな』
『うむ、であれば、今回の大儀と併せて、義弟分と認めてよいぞ』
まあまあ、大地に好意的な意見がほとんど。
礼文本家の執務室。
礼文・但馬・太陽は、この結果と世評を聞いて満足げに笑顔を浮かべた。
「これは予期せぬボーナス、臨時収入ってやつかな?
今後、大地くんを礼文家に引き取るなら、
民意も歓迎態勢になっている方がいいよね?」
浮かれた太陽は、特に機嫌のいいときに限って踊るダンスを披露した。
観客がいれば、そのキレのある動きに拍手と賛美を贈っただろう。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
公営観戦施設
大地の勝ち名乗りの瞬間、手にしたチョココロネを口に放り込み、両手を突き上げてガッツポーズ。
……これって、叫べないぞ?
とある少年が、この流行りのデメリットに気付いた。
その通り。
『うるせえ、黙れ』と風鈴寺博士の口にチョココロネを突っ込んだ希倫の行動が、この流行のきっかけとは知る由もない。
数日前――
鋼谷宅の一室。
大地と鋼谷との雑談。
鋼谷さんのライブラリーに、相撲ってあったよね。
観た感じ、この相撲の方が、星環騎士戦に似てるよね。
なんでプロレスの方が好きなの?
『@@@@@@@』
へえ、そうだったんだ。
あとさ、牛相撲ってのも、あるみたいでさ。
あ、闘牛か。牛同士の方ね。
大地は、文化ライブラリーから闘牛の動画を選んで再生した。
むしろこっちが星環騎士戦だよね、と大地は闘牛を指しながらヘラヘラ笑う。
横向いたら負けとか、ほんと星環騎士道そのものじゃん。
闘牛(牛相撲版)はそれがルールになってるけどさ。
星環騎士戦において、星環騎士道はルールには全く反映されていない。
あくまで、興行上における騎士の心がけの位置づけである。
星環騎士戦のルールと星環騎士道と星環騎士本人には、ズレというかギャップ?、いや地割れかな? があるよね。
その隙間が、俺の独壇場のうちに稼ぎたいね。
つまり、俺がやっているのは、こっちだね、大地はもう一つの闘牛に動画を切り替えた。
こっちの闘牛はさ、人が布で牛に攻撃目標を誤認させて、吶喊を躱しながら槍とか剣を突き刺していくんだ。
それで、この赤い布をユラユラさせてるのってさ、牛じゃなくて観客を興奮させてたんだって。
計算かどうかわかんないけど、地球の文化って、おもしろいよね。
星環騎士艇を仕留める沖大地。
鋼谷が思い浮かべる。
あなおそろしや――
「さても言ふことならむ。
きみは星環騎士ならず、
闘牛士なりけりや」




