第48話「地割れに舞う闘牛士(前編)」
男、罵りき。
「巡り合ひしぞ、汝が我が兄貴分の仇」
いま一人の男はかたきにせざりき。
「知りたることか」
【諸角星環群、丹鶴(居住星環)】
観戦施設には、ぼちぼち空席があるが、地元の星環騎士戦のカードがすべて終了したことを考えれば、まずまずであろう。
試合の片方が杉原行成。
諸角は丹鶴の大騎士幼年舎で、栄えある騎士の基礎を学ばせてやったというのに、田舎者には有難過ぎる大騎士候補生学校への誘いを無下にした男。
また、我が星環群の代表騎士である礼文慎に重傷を負わせた張本人。
行成は、諸角での悪名が、星環騎士の中では群を抜いて高い。
もう片方は沖大地。
騎士生活15年、今年度ようやくトップリーグに昇格した苦労人の津々路隆乃を無慈悲に封殺した、ド辺境の粗忽者。
諸角で名を知られているというなら、このとおり。
大地も負けてはいない。
この悪名高い二人、沖大地と杉原行成による仇討ち合戦のプロモは、この諸角でも頻繁に流されていた。
『なんでも沖大地という輩は、新世代であることだけを理由に、礼文の義弟分気取りで仇討ちを称しているというじゃないか』
『勘違いのお門違いは腹立たしいが、仇討ちを申し出たその心意気に免じて、あえてその不遜さに目を瞑ろうか』
『杉原何某は、師匠格を下した沖を、あえて敵地で倒すのだと意気込んでいるというぞ』
『その杉原何某を、沖が礼文に成り代わって潰すというのであれば、暇つぶしに観てやらなくもない』
『もしも沖が返り討ちされようものなら、その身の程知らずな道化ぶりを肴に笑いつつ、酒を楽しもうじゃないか』
長きにわたり大統領府を支えてきた星環群である自負。
他の星環群を無意識に見下す風潮。
まさに誇りと驕りは紙一重――
間もなく、仇討ち合戦が始まる。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
公営観戦施設
2度目の高瀬戦における、沖の意趣返しの完封勝ちを目の当たりにした少年。
英雄を自分で見つけた気分になって浮かれ、今では過去試合まで何度もチェックする熱烈なファンである。
今日も同伴している母にねだった希倫代わりのチョココロネを持参しての生配信観戦だ。
試合を待ちきれずに、もう2個も食べてしまった。
美味しかった。
最後の1個は、勝利の美酒として取っておかねば。
沖の勝ちが決まった瞬間に、このチョココロネを思い切り頬張るのが、最近の瑞穂の流行りなのだ。
そして、待ちに待った時間が訪れる。
施設内の照明が落とされた。
そこに強力なスポットライトが一筋。
《来たれ、瑞穂の奇跡よ――》
スポットライトに照らし出されたスタジアムMCが静かに、続けて激しく唸りをあげる。
《我らが――》
『大地――ぃ!』
右拳を、天に掲げろ。
同じく沖のファンになった母も、隣で右拳を突き上げている。
そうだ。
生配信観戦には、これがある。
だから、僕たちは観戦施設に来るのだ。
そうれ、スタジアムMCと観客一体のコール&レスポンスだ。
左手には必勝祈願のチョココロネを携えて。
《大地ぃ?》
観客の声量が足りないと、信者の祈りが足らんとスタジアムMCが問う。
『沖――っ!』
《俺たちは?》
『北斗――!』
そう、僕たちは、北斗の民。
何で、沖を応援せずにいられよう?
《そう、そして、ここどこだぁ?》
『瑞穂――』
そう、僕たちは、瑞穂に生きている。
何で、沖に憧れずにいられよう?
もはや熱狂的信者に一歩手前の少年。
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『翠兵旋』操縦席内。
「高瀬さん……」
星環騎士たる自分は、星環騎士道に従い、心の師である高瀬の仇を討つのも筋だろうが……
「俺たちは、戦争代理人……」
やはり、星環騎士規則に従って、粛々と沖大地に勝つのが筋だ。
杉原行成は入念に準備していたウィップウェポン対策を脳裏で反芻した。
とにかく、鎖に絡まることを恐れないことだ。
中途半端に避けるのは愚策でしかない。
最初の吶喊のテーマは、鎖の先端部分を掴みに行くこと。
先端で破壊力の増す鞭ではないのだ。
その先端を攻略することこそが突破口となるはずだ。
もし掴んだ鎖がパージされたら、相手の武装が減るのでそれはそれで問題はない。
掴んだ鎖を手繰って、相手と引っ張り合いになって膠着したら、それから本体へ吶喊だ。
沖のパンチングナックルの間合いより先に自分の小剣の的にしてもいいが……
こちらを気にかけてくれる整備班長には悪いが、今回もシールドアタックは使わない。
沖のデビュー戦は踏みつけで勝利、だったよな。
『翠兵旋』に限らず、星環騎士艇の踵部は走ることも念頭に置いて頑丈に作られている。
なかなか合理的なことだ。
ここで意趣返しに、踵から吶喊もいいじゃないか。
もし相手が避ければ、そのまま鎖を逆に利用して捕獲する動きに移行する流れで。
……隙など、ない――
『赤銅驥』操縦席内。
――とか、考えてるんだろうな。
やってることは同じ吶喊だけど、高瀬と違って杉原何某はとにかく準備万端で挑むタイプ。
大地は頭を軽く振って肩に入った力を抜いた。
隙はなくとも、隙間はあると思うんだ。
やがて、試合開始のブザーが『赤銅驥』の操縦席内に鳴り響いた。
策士の隙間が、予想通りだと良いな。
大地はもう一度、頭を軽く振った。
策士だけど、揺れない、もとい譲れないものがあるって相当な隙間だと思うよ?
『翠兵旋』とは水平線。
名付けたのは杉原行成の父、澪和騎士団の杉原マネージャー。
水平線の彼方を臨む少年のイメージで命名したと。
でも、当の少年が望むのは、翠兵旋の彼方……
意地の悪い含み笑いが透けて見える佐祐倫さんからの報告書。
様子を窺う『翠兵旋』にゆっくり接近しながら、『赤銅驥』の臀部付近に設置した十六角網の射出スイッチを確認した。
高瀬を絡め取った蜘蛛の構え、我慢できるかな?
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
私営観戦施設
巨大モニターでは、相手星環騎士艇との間合いを中間距離で固定した『赤銅驥』が、電磁誘導で高瀬との第2戦を思い起こす十六方向への網展開をしていた。
これに間を開けず、『翠兵旋』のスラスターノズルが青白い光を放った。
「……山猿の挑発に乗ったか。
杉原も案外、星環騎士道に寄っていたか?」
いや、酔っていた、かな、と黒崎健吾は誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
本来なら、健吾は、いずこかの試合会場で星環騎士として戦っていてもおかしくない。
ところが、私営観戦施設の隅っこのカウンター席に腰かけて、琥珀色のグラスを傾けている。
試合がないのは、参戦申込をしていないから。
参戦申し込みをしなかったのは、騎士を辞めるつもりだったから。
騎士管宛に正式に引退届を提出したのは3日前、展望台で大地と従姉に会ったすぐ後のこと。
届は、即日受理された。
約4年間の星環騎士生活。
それらはたった1日ですべて過去になった。
赤銅騎士団のジャケットを纏った引退星環騎士。
その赤色は沖ファン垂涎の、初期ロットカラーのバーガンディ――
健吾は今まさに戦っている大地の顔を思い浮かべる。
他人の気持ちを感じ取ることができるのに、例外二人を除いてまったく慮らない個人主義者。
そんな沖大地が憎らしい。
そんな沖大地が気持ち悪い。
そんな沖大地が頼もしい。
大地とのリターンマッチを望んで約2年は追いかけ続けたが、もう疲れた。
「早々に当たれたのは、実は幸運だったのかもしれん」
なまじセカンドリーグで当たっていたなら、いつまで追いかけまわしていたかわからない。
麦茶で酔わないでください、とカウンターの奥にいた馴染みのマスターから揶揄われた。
「……もう、一杯。お代わりだ」
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『翠兵旋』操縦席内。
『赤銅驥』、ではなく十六方向に散った網の先端の一つを目掛けて吶喊を仕掛ける。
切り札のニトロ機構は、まだ温存だ。
行成が制御できる水準に調整はされているものの、『翠兵旋』の主推進機構の馬力は『赤銅驥』を1割近く上回っている。
だが、使うのは背面の主推進機構だけじゃない。
腕部、脚部それぞれもベクトルを揃えて。
微妙に動く相手艇と相対速度を合わせて。
広い宇宙のただ一点を。
困難なタスクだが、自分ならできる。
……よし、掴んだ――
「いで、掴まへたり。
いま逃げられはせぬぞ」
「げに?」




