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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第五章 浸食と剥離、風化する幻像
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第47話「婢合法活動(ひごうほうかつどう)」

 柔い微笑みを脱ぎ捨てて


 忍び込む 蜜の罠


 奸計の迷宮に


 凛と咲く黒百合



望澪もりの星環群、伏露ふくろ(居住星環)】


 澪和病院 総務課事務室。


 午後一番。

 スキマ時間労働のシェアジーに依頼するくらい忙しいのは、絶えず鳴り響く呼び出し音でも察しが付いた。

 作業着姿の佐祐倫さゆりは、高めの声を意識した。


「はじめまして。シェアジーで申し込んだ、鞍家くらかです」


 呼び出し音に負けないくらい、元気な挨拶が響いた。

 できるだけ20歳前後の若い娘に見えるようにメイクを駆使している。

 しかし、背の高さだけはどうにも誤魔化せない。

 そこは、さりげなく身をかがめたり膝の使い方を工夫して、印象に残りづらいよう工夫した。


「ああ、待ってたよ。チーフの徳竹のりたけです」


 電話が鳴り響く中、比較的背の低い男性が、配置管理を任されている者だと自己紹介をしながら佐祐倫さゆりの方にやってくる。

 徳竹に佐祐倫さゆりは潜入用のIDを差し出した。


「早速だけど、このシフト表を見てくれる?」


 IDチェックももどかしく、徳竹が差し出した端末にはシフト表が映し出されていた。

 そこには一つだけ名前の入っていない空き枠があった。


「いつもの人、子どもさんが発熱して迎えに行っちゃってね。

 この時間帯だけは、どうしても都合がつかなくて」


 佐祐倫さゆりは空き枠の業務名を読み取った。


「フロア清掃と、他にありますか?」


「えーとね……」


 徳竹が端末を操作して病院のフロアマップを大きく表示した。


「任せたいのは、4F以外の3Fから8Fまでの床清掃で、

 基本的に各階層の道具倉庫にある清掃用具を使用して。

 使い終わりは必ず汚れを落としてから殺菌庫で処理してね。

 使い方は、わかる?」


「ツキザキとかヤマコーとかのものなら、目を瞑ってても扱えます。

 大方のは触ったことあります」


「いいねえ。

 ま、わからないときは、無理しないで近くにいる職員に質問して。

 あと、患者さんに何か聞かれたときは、各階のナースセンターまで……」


 徳竹はフロアマップを指さしながらテキパキと説明していく。

 一通り説明を終えると、徳竹はシェアジー専用の名札を佐祐倫さゆりの手に渡した。


「移動は各階のエレベーターでね。

 この名札が鍵になるから、紛失しないように。

 機械警備が混乱するから非常階段は本当に緊急の時だけ」


 徳竹は片手を挙げてじゃ、よろしくと言うと鳴りっぱなしの電話の一つを取った。

 佐祐倫さゆりは大昔の海兵隊風の敬礼をして、その場を立ち去った。





 伏露の夕闇。


「やっぱり、入院中だと、だいぶ素が出ていたみたいね。

 入院患者や職員の噂話の寄せ集めだけど、それでも輪郭は見えてきたわ」


 一昨日は澪和航空。

 昨日は澪和騎士団。

 同じく潜入用IDで潜り込んでいたが、調査対象者の人となりの情報は、今日が一番豊作だったようだ。


 疲労困憊クリーム・クラッカーの現場に潜入クラック

 一発的中クラッカー・ジャック

 ……もちろん、私は不正侵入者クラッカー


 その夜遅く、鞍家くらかを名乗っていた佐祐倫さゆりは、正体を探られる前に別の名義を使って望澪もりのから姿を消した。





北斗ほくと星環群、瑞穂みずほ(居住星環)】


 赤銅騎士団事務所、会議室。


 薄暗い中、端末からプロジェクターを通じて壁面に映し出された映像だけが青白く光っていた。

 『翠兵旋すいへいせん』の全身図と公開データ。


「こいつが、澪和騎士団の新型機って触れ込みなんだが……」


 あれ、どっかで見たような?


「勘がいいな。こいつの素体はお前が倒した『翠銀弓すいぎんきゅう』だ」


 すると、高瀬は……


 触れたくない話題なのか、鋼谷は大地から視線を外して頸部を掻いた。


「……澪和騎士団には、もういない。

 望澪もりのに高瀬がいないのかまではわからんが、

 少なくとも澪安みみずく伏露ふくろではまったく発見されてない」


 失踪って言っても、そもそも星環から出た記録ないんでしょ?

 あんな有名人がいつまでも身を隠せるものかな。


 身を隠す、のくだりで鋼谷がまた大地から目を逸らした。


 ……何か、心当たりあるの?


「高瀬の件ってわけじゃないが、

 そこら辺は存外、どうにかなるらしくてな」


 何を言ってるの?


 ふいに鋼谷は立ち上がって、会議室の施錠を確かめた。


「そこに映しているのは公開情報だが、

 これから詰める作戦にあたっては、非公開情報を参考にする」


 へえ?


 どこから拾ってきたんです?


 非公開、と聞いた沖大地は腕を組んだ。

 鋼谷は視線を合わせず、端末内の目当てのデータを探した。


「さあな」


 見つけ出したデータは澪和騎士団と繋がりの深い澪和航空関係者の記録のほか、とある人物の入院履歴と診療記録。

 入院履歴などは正規ルートで閲覧・入手できるような情報ではない。

 大地は低く息を吐いてそっぽを向いた。

 鋼谷もまた大きなため息をついた。


「わかった。

 大きな声で言えんが、黒百合さんが望澪もりので身分を隠したうえで逐次、

 情報を収集してくれている。

 澪和航空あちら澪和騎士団こちら澪和病院あんなところに潜り込んで、

 彼女が掴んだものだよ。

 報告書の量も、とんでもない分量になってる」


 俺、何日か前に佐祐倫さゆりさんと会ったよ。


 何させてんの、望澪もりのでさ?

 あの人、マスコットガール……ただのモデルさんじゃん。


 大地は目を剥いて抗議した。


 この仕事は、その何日か前に、佐祐倫さゆりの方から志願してきたものだ。

 それまでの沈んだ様子と打って変わって、鼻息も荒く気負い込んで。


(大地、お前こそ、黒百合さんに何をしたんだよ……)


 鋼谷が片眉を上げる。


「大地、お前、今さらそんな綺麗ごとを言うのか」


 実際のところ、瑞穂にもこれまで何度も相手方の諜報員スパイは潜入したことがわかっている。今もいるかもしれない。

 何なら、身内の北斗星環群内部ですら、妨害工作を謀っているとも耳にしている。

 つい最近は、とある星環群から大地引き抜き工作のハニートラップがあったという。

 例のニセ婚約騒動は、それらの工作に対する牽制カウンターの一部だと、鋼谷は聞かされていた。この様子だと、大地は知らないのだろうか。

 自分が知ることをどこまで大地に話そうか、そう考えたがいろいろ諦めた鋼谷は大きく肩をすくめた。

 普段は清濁併せ呑む、ときには濁らせてくる大地だが、まだ若いだけあって妙なところで潔癖な顔を見せてくる。

 どこまで開示するか、内容は白石ボスに任せて、この場の鋼谷は憎まれ役を引き受ける方が良さそうだ。

 鋼谷は椅子の背もたれに深くもたれかかった。


「こういう面倒なことは、それ専門の部門が動いてる。

 気持ちが悪いかもしれんが、お前は情報だけは素直に受け取れ」


 鋼谷がなだめても、まだ大地は嫌がった。

 今回は黒百合だったが、いつも誰かが泥を被って集めてきた情報だ、そう鋼谷は諫めた。


「奇襲、奇策、攪乱、陽動、奸計。

 搦め手の申し子。

 山猿、騎士に非ず。

 何とでも、呼べ。

 そう言ってきただろう?」


 鋼谷の声音はあくまで穏やかだった。

 大地は黙り込んだ。

 下を向く大地に、テーブルを軽く叩いて注意を向けさせる鋼谷。


「お前一人の気分で戦える舞台では、なくなったんだ。

 お前のいる場所は、敵も、味方でさえも、自由に選べる位置ではない」


 それでも嫌なら降りるしかない、鋼谷は軽く両手を挙げて降参のような仕草をした。


 ……やるよ。

 ここまで来て、綺麗ごとは言えないさ。

 やれるところまで、稼いでやるさ。


「よろしい」


 苦笑しつつも鋼谷は非公開情報が映し出された壁面を指さした。


「いろいろ言ったが、実のところ、やることはいつも通りだ」


 大地が眉をひそめる。


 いつもどおりの、制御不能ワイルドカード


「そっちじゃない」


 鋼谷は画面を切り替えた。

 壁面モニターに、一枚の顔写真が映し出される。

 大写しになったのは、先ほどのとある人物。


 杉原行成。


「狙うのは、いつも通り――」


 会議室の空調音だけが静かに響いた。





 瑞穂ベイエリア区画。


 すっかり慣れた気圧調整と検疫を済ませ、行成は瑞穂の玄関口に降り立った。

 そう言えば、北斗星環群に来るのは初めてだったか。

 行成はぐるりとロビーを見回した。

 星環そのものの規模は、同時期に建造された澪安みみずく伏露ふくろと何ら変わらない。附属するベイエリアの規模もまた同様に変わらない。


 寂れているわけではないが……


 ここのところ活気を取り戻した感のある瑞穂だったが、行成から見て寂しい印象を受けるのは、故郷の星環連絡バスの待合よりもずっと広いロビーに、人の流れが見合っていないせいか。


「行成さん、お待たせしました」


 先乗りしていた双向そうむかがロビーに佇む行成に声をかけてきた。

 騎士候補生コースで1学年先輩だった男からの慇懃な態度。

 行成と双向そうむかが激しくぶつかり合ったのは15年以上も前のこと。

 訓練中に左目と左耳、下顎まで失い、騎士の道を諦めた後に澪和騎士団に事務員として採用された。

 それにしても義眼と人工内耳、人工顎骨でよくもここまで務め上げ、総務課長に任ぜられるまでになれたものだ。


 夢を諦めるとは、どんなものなのだろう。


 行成にしても3年以上前の試合中での事故が原因で、左膝から先が義足である。

 長きにわたる星環騎士生活で、五体満足の高瀬長門や炎城志朗がおかしいのかもしれない。


「『翠兵旋すいへいせん』の方は、騎士運の事前検査、無事通りました」


 通らねば、話になるまい。

 ここへ来て、手ぶらで帰るなどありえない。


「……今さらですけど、復帰戦で当たる相手じゃないですよ」


 今さらだが、復帰戦だからこそ、当たりたい相手じゃないか。


 いつまでも、喉奥に刺さった魚の骨を気にしていられない。


「……勝つことしか頭にない、成り上がり。

 何をしてくるか、わからないのが一番怖い」


 双向が沖を警戒するのは、理解できる。


 だが――戦うのは、私だよ。


 行成は左拳を強く握る。


 勝つことしか頭にないのは、



 ここにも、いるんだ――


 ベイエリアから星環輸送船が出ることを知らせる、マリンベルが鳴り響く。



 拳に宿す覚悟


 勝利の渇きは


 誰でもない 吾の中に

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