第46話「蘇り咲き」
心に刺さる新星に脅えて
黄泉路に踏み入れた
だが 矜持は枯れぬ
誇りを胸に 黄泉路を引き返す
いま再びの春を
デートしてきなさい。
試合も近いというのに白石さんからミッションを言い渡された。
もとい、その表現は正確ではない。
白石から送られてきたのは、極重のデータファイルだった。
写真付き?
……だと、そこまで大きくならないな。
動画付きかな?
個人端末に届いたファイルを開く大地。
『大地くんへ、白石マネージャーからの勅命です。
試合前の大事な時期に恐縮ですが、我が騎士団のもう一つの顔であるマスコットガールの黒百合さんの存在は、騎士団の士気にも影響します。
黒百合さんの自信喪失によるアイデンティティ危機を打破するため、以下の【再起支援デート作戦書】を策定しました。瑞穂、いえ北斗の代表騎士としての力を、今回は戦場ではなく、彼女の笑顔を取り戻すために振るってください。』
眉を顰めつつ、大地は作戦書のシークバーをスライドさせてみた。
作戦名:「あなたは僕の北極星」
~象徴の護符を超えて、
共に歩む勇気の目印へ~
第一章.ターゲット分析、
第二章.戦術的ガイドライン、
第三章.推奨作戦タイムライン、
第四章.助言、
そして、健闘を祈る、で締めくくられている。
作戦目標には、市民認知度アップ、騎士団士気向上、スポンサー印象改善、SNS好感度回復などが並んでいた。
……ノリノリにも、ほどがあるでしょうが。
存在意義と自信を喪失気味のマスコットガールのケアをしろということらしい。
……これ、試合するよりキツくないか?
目的は単純だが、女の子の機嫌を取りなさいってことだろ?
好きな子ならともかく……
さらに言えば、地元に人気のある大地がエスコートすることで、自信回復以上に、地元に認知させたいとの、マネージャーから任された複合ミッション。
大地はマスコットガールの顔を思い浮かべ……られなかった。
というか、何て名前だっけ?
もう一度ファイルを見て、黒百合、という呼び名を思い出した。
ついでに『黒百合』で画像検索してみた。
大量に表示されるクロユリの花。
綺麗だ。
露草みたいに花弁が下を向いているのな。
露草は和え物とか、おひたしが旨いよね……
おっと、黒百合ね。
花言葉が「愛」「恋」はいいけど「呪い」「復讐」って怖っ。
だから、花の方じゃなくて。
で、黒百合さんは…………あった。
なるほど、検索で植物に負けるほどなら白石さんに泣きつきもするか。
……本家は高山植物だから、気にしなくてもいいのにな。
大地は黒百合と最初に会った頃に連絡先を交換したことを思い出した。
気分転換ね……
大地は、気分転換という単語から、黒崎健吾に連れていかれた場所を想い起した。
展望台、かな?
まだ朝だけど、あそこならいつでも同じようなものだろう、と大地は黒百合に電話した。
あ、黒百合さん?
俺、沖。沖大地です。
展望台、一緒に行かない?
「本当に、誘ってきた……」
白石マネージャーから聞かされてはいたが、マスコットガール就任からこちら、プライベートな会話が一切なかった沖大地からお出かけの誘いが来ること自体、半信半疑だったのだ。
黒百合は個人端末をテーブルに置くと、用意しておいた余所行きの服を手に取った。
「気を遣わせちゃったなあ」
反省することしきり。
もう気持ちの整理は、ほぼできているようなもの。
両親の反対を押し切って、モデルの世界に飛び込んで10年以上。
若い頃には瑞穂のキャンペーンガールまで務めた黒百合も、この3年ほどは大きな仕事は得られず、赤銅騎士団のマスコットガール募集に応募する前月には、それまで所属していた事務所も解雇となっていた。
起死回生の意気で臨んだこのマスコットガールも、素人の希倫ちゃんに話題も人気も、すっかり持っていかれてしまっていた。
潮時かな。
通っている夜間大学も無事にいけば来年度に卒業だ。
違う進路を考えてもいいのかもしれない。
今でも戻れと催促してくる父に、頭を下げるときかもしれない。
初心な子が相手だから、ナチュラルに見えるように……よし、決まった。
健康な赤に発色させた唇を確認し、黒百合はハンドバックを肩にかけて自室を後にした。
それにしても、
「いきなり展望台とか、人間関係、距離詰め寄せすぎでしょ」
ついつい笑ってしまう。
大地と黒百合の乗ったタクシーが、展望台に続く水圧エレベーター前に到着した。
大地が支払いを済ませて礼を言うと、タクシーは足早に去って行った。
「気を遣わせちゃったかしら」
あー、自分の思惑と違って騒がれ過ぎてるから、気分転換したかったし、どうせなら一緒にね。
黒百合は合点がいったという風に小首をかしげた。
改めて見ると、本当に美人さんだね。
黒百合は大地より背が高い。
見た目も多少、険はあるものの、野性的な美貌は、騎士団マスコットとしてはむしろ似合っていると思われる。
うつ向きがちなのが、名前通り黒百合の花みたいだね。
こんなに綺麗なのに、何で自信喪失なんかしちゃうんだろうね。
二人でとりとめのない世間話を交わしながら、エレベーターが来るのを待った。
見上げてごらん。
宇宙の星を――
星に、なぜ心が癒される?
原初の夜闇に脅える人類の祖先を、希望に導いてきた小さな光――
時間が早すぎて展望台には私たち二人だけ。
適当なベンチに並んで座る私たち。
友人でもないし、まして恋人でもないのに隣に腰かけるのは、どこか恥ずかしい。
でも、いい歳をして照れるのも格好悪い気がして。
意識して深呼吸……よし。
星空を見上げて、広大な宇宙を感じよう。
遠くを見るのは、目も楽になる。
暗闇は、交感神経を鎮めて副交感神経を呼び起こす。
ただ、ぼーっとしよう。
日常からの解放、デジタルデトックスも。
不規則な星のまたたきにも、鎮静効果あり。
大地くん、莫迦にしてたけど、ごめん。正解だよ。
黒百合は、体から静かに力が抜けていくのと同時に、自分を取り戻していくのを感じた。
以前に悪友に教えてもらった、と大地くんは言っていた。
行き詰って辞めようかって、帰りの道でも考えてたんだって。
こんな、順風満帆な子でも、悩んでるのよね。
……そりゃそうか。
いまや瑞穂どころか北斗を代表……なんなら礼文に次ぐ新世代の旗手ってところよね。
この子の抱えている重圧って、私の比じゃないじゃない。
試合で負けて心停止まで行ったのも、そんな前の話じゃなかった。
改めて、同じように星空を見上げる大地くんの横顔を見つめる。
まだ1年ほどの付き合いだけど、その間にずいぶん精悍になった。
それでも、黒百合から見ればまだ幼さが残る……
……よし。
「決めたっ!」
突然、立ち上がって叫んだので、大地くんは驚いたようだ。
何を決めたの、と訊ねてきたけど、
「内緒」
気分転換できたのなら、場所を換えようか、と大地くんが提案してきたとき、展望台に新たな来客が現れた。
よお、山猿――
軽いノリで大地に挨拶してくる黒崎健吾。
朝から、何しに来たのよ?
「ちょっと気持ちの整理にな……」
健吾は大地の奥に人がいるのに気づいて陰になっていた黒百合の方を見た。
健吾の目が丸くなった。
「佐祐倫姐ちゃん?
大地と? 何があった?」
黒百合さんだよ。
……あれ、本名なのかな。
もしかして、知り合い?
「俺の従姉だよ。
マスコットガールの素性を知らずにデートに誘ってたのか、山猿?」
えーと……
黒百合。
黒崎健吾。
佐祐倫。
つまり?
「黒百合は芸名よ。
本名は黒崎佐祐倫。
会ったときに、言わなかったっけ?」
聞いてたかもしれないけど、記憶にありません。
黒百合さんは一瞬キョトンとすると、大地の頭を軽く張った。
張った後、しまった、という顔をしたが、開き直った。
「……猫を被るのも辞めるわ。ついでにね」
……元気になって、何よりです。
白石さんからもらった作戦書とは多分違うと思うけど、作戦目的は半分達成したということで宜しいでしょうか。
で、次は、瑞穂の住人への認知だよね。
うつむかずに、今みたいにケラケラ笑っている方が、きっと印象がいいよね。
ただ、どこに連れて行こうか……
何気なく周囲を見回していた大地の視線が健吾を捕らえた。
黒百合さん、ちょっと、このメインスポンサーの御曹司と軽く打合せするんで、ほんとにちょっと外すね?
大地は健吾を伴ってエレベーター前へ移動した。
カフェ/千代ノ音。
女性に人気の甘味処。
黒崎健吾のお勧めである。
『佐祐倫姐ちゃんの好物? ……チョコレートだったかな』
大地と黒百合はカウンター席に並んで座っている。
二人の前に並べられているのは、千代ノ音自慢のチョコレートコース。
前菜代わりの抹茶ウエハースをチョコレートドリンクでゆっくり流し込む大地。
黒百合は大好物のようで注文の時点からニコニコが止まらない様子だ。
気に入っていただけたようで。
「芸名の元ネタにするくらい、好き」
元ネタ?
本名もじりじゃないの?
黒百合はケラケラと笑った。
千代ノ音の客の視線が集中する。
豪快に笑う美人は目立ちますな。
それでもキチンと口元を隠してるのは、プロですね。
「チョコレート・リリー。
黒百合のことよ。
実は、本名もじりは後付けなの」
……そうでしたか。
大地からは割とどうでもいい理由だった。
「でも、最近は夜学もあるから、時間がなくてね」
あれ? 学校に通ってるの?
「大学の経済学部、中退だったけど、夜間で取り直ししようと思ってね」
すごいや。何か、やりたいこと見つけたんだね?
すると、黒百合がびっくりしたような顔をした。
そして、嬉しそうに笑うと、大地の髪をグシャグシャとしてきた。
「辞めるの、止めた。最後まで戦うって、今、決め直した」
決め直した?
「そこ、拾うとこじゃないの」
黒百合は大きく伸びをした。
「黒百合は、展望台で星になった」
……縁起でもないこと、言わないでよ。
黒百合は小声で、辞めると決めた私は展望台に残してきた、と呟いた。
「チョコレートは、飾るより食べる方がいいわ。
今から、佐祐倫、復活よ。
よろしくね」
佐祐倫は握手しましょ、と右手を差し出してきた。
百合の花は、うつむかずに前を向いて咲く――
冬 来たりなば
春 遠からじ
蘇り咲け




