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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第五章 浸食と剥離、風化する幻像
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幕間「餓鬼、二匹」

 あっちの頬


 こっちの頬


 交互に放り込み


 時に、目を見合わせる


 どうでもいいのさ


 ただ


 喉を通る咀嚼音




 釣瓶つるべ(廃棄星環)の外壁へ減速なし吶喊したことで、左鎖骨と左肩部亀裂骨折をした行成は、収容された病院で緊急手術を受けた。

 意識を回復してから、痛み止めを打ってもらうと、しれっと自主退院だっそうした。


「補給には、病院食では足りない……」


 滞在するホテルの朝食ビュッフェの時間は、まだ余裕があるはずだ。

 大量の栄養補給が必要だ。

 タクシーでホテルに横付けしてもらうと、少し足を引きずりながらも朝食会場のレストランに向かう。

 レストランの前にいたホテルマンが来れるはずのない行成の姿を確認して目を剥いた。


「済まない、IDごと個人端末まで駄目になってしまってね。

 番号を言うから、照合してもらえたら助かる」


 ニュースでは、背骨骨折で全治不詳の礼文慎ほどでないにせよ、全治2カ月の重症と報道されていた。

 だが、目の前の男は、多少やつれてはいるが、間違いなく杉原行成本人だ。

 余りに予想外のことが起こると、普段通りか、相手の言われた通りに行動してしまうのか。

 ホテルマンは行成の素性をチェックし終えると、朝食会場に案内までしてしまった。





 試合も終わったことだし、ホテルの外をウロウロしても大丈夫だろう。

 大地はそんな風にたかくくったが、間違いだったようだ。

 何の気なしに赤いスカジャンを着ていったことも悪かったようだ。

 一声、大地を責める声が上がるや、老若男女問わず押し寄せて囲まれた。


 昨日、礼文を重傷に追い込んだのは、俺じゃないだろう。


 そう返したところで、誰も耳を貸さない。

 避難と朝食を兼ねて、手近な喫茶店に飛び込んだが、そこでも非難轟轟の嵐。

 いつもならば、ブーイングくらいじゃ死にはしない、と平気な顔もできる。

 しかし、なにぶん店主もウェイトレスも、客と一緒になって大地に殴り掛からんばかりに詰め寄ってくる。


 注文くらい、聞いてくれよ。


 その嘆きすら耳を貸してもらえそうもないので、仕方なくホテルに引き返したのであった。





 また、ホテルのビュッフェか。

 いや、おいしいんですけどね?


 試合前の一週間ずっとホテルで食事していたので、朝食ビュッフェもバラエティに富んでいるとはいえ、流石に飽きが来ていた。

 しかし、表の喧騒が自分にまで牙を剥いてくるものだから、選択の余地がないのだった。

 朝食ビュッフェ時間も中ごろ。

 泊り客が一番ごった返す時間帯だ。

 とりあえずは、席を確保しなければならない。

 視線を泳がせた先に、幸いにも空席を見つけることができた。

 半ば暴徒と化した礼文ファンから逃げ回ったお陰で汗だくになり、脱いでいた赤のスカジャンを空席に掛けた。


 横、失礼しますね。


 軽く挨拶をした相手の、大地が確保した席と反対側の席も空いていたが、その理由まで考えなかった。





 無遠慮に隣に押しかけてきた青年の顔。

 席を確保するために残していった赤いスカジャンに書かれた騎士団の名。

 同宿であるにもかかわらず、これまで奇跡的に顔を合わせていなかったが、最後の最後に神様が悪戯心を刺激されたようだ。

 実際のところ、ホテルマンたちが総出で両陣営を咬み合わせないように気を使っていた結果なのだが、今朝に限っては行成はホテルにいないはずだったのだから、誰にも防ぎようもないのだった。


 我が仇敵、沖大地。


 試合で顔を合わせたのなら、礼文以上に粉々にしてやるものを。


 ――しかし


『ここで手を出すのは、筋が違う』


 高瀬から学んだ教え。


 試合でだけは、何をしても良い。

 ただし、試合の外では、分かるね――


 高瀬との回想にふけっていると、そう間を開けずに大地が両手にトレーを抱えて山盛りのご馳走とともに戻ってきた。


 色の違うカレーライス3皿。

 フィッシュフライ。

 それがすっかり隠れるほどのタルタルソース。

 鶏の唐揚げ。

 チキン&フィッシュソーセージ。

 大盛のホワイトシチュー。

 そして、大量のおにぎり。


 ……頭が痛くなってきた。


 うっかり、怒鳴りつけそうになってしまった。

 まだ、互いに名乗ってすらいない、レストランで隣に座っただけの青年に。


 量が欲しければ、何度も取りに行けば良いだろう。

 ほら、テーブルに載せきれていないじゃないか。

 おい、食べ物を床に置くな。

 そもそも取り分の栄養のバランスが滅茶苦茶……

 飲み込むな、よく噛んで食うんだ。

 餓鬼か。

 ドリンクは喉を詰まらせた時だけのものじゃない――


 大地は対戦相手以外に興味がないのか、または行成に気づかないのか、まったく気にする気配もない。

 やがて、行成の胸中には別の衝動が湧き起こってきた。


 補給だ。

 補給で負けていては、この仇敵との勝負は始められもしない。


 自分は負傷しているのだから、なおのこと沖よりも補給するべきなのだ。

 まずは、トレーの上に残された食事を摂取しなければ。


 行成もまた、一匹の餓鬼と化し始めていた。

 大地に負けず劣らずの速度で自分の取り分を片付けると、新たな食餌を求めて席を立った。


 自席に戻った行成のトレーには、白米、焼き魚、鶏肉、温野菜、卵料理が整然と並んでいる。

 自由に使ってよいのは片手だけ。

 ならば、こちらは回数で勝負しようじゃないか。

 空いている隣席側のテーブルまで占拠しながら、次々に料理とドリンクで埋めていく行成。


 それを見た大地の顔が、へえ、となった。


 沖とは違うのだ。

 自分は、旨そう、では食餌しない。

 栄養バランスは、一切崩さない。

 だが、それは成人男性の運動選手だとしても、一食分を遥かに超えている摂取量――





 二人の周りでは、『あれ、沖と杉原じゃね?』『祝勝会のつもりかよ』などと陰口を叩かれているようだ。


 気にすることはない。

 気にしている暇などない。

 隣で沖は黙々と補給し続けているのだ。


 認めたくないが、沖もまた天才のたぐいだ。

 ならば、量で負けていては、凡人の自分では話にならない。


 行成は大地に手を出さない、関わらないストレスによって過食に走る。

 どんどんおかわりをする。

 行成は栄養バランス重視。

 本来は必要以上に食餌を摂らない。

 だが、大地の盛り付けに合わせて、いや、それ以上に盛り付けて戻ってくる。

 バランスが取れているだけで、人が一日に消化できる量をとうに超えている。


 一方、大地は前日までの試合の緊張がほぐれたことで、とにかく腹が減っているので、こちらもどんどんおかわりをする。

 床置きの料理がなくなっても、また大量に持ち帰って床に置く。

 隣の男が自分並みにドカ食いをするので面白くなってきた大地は、示し合わせて競争しているわけでもないのに、ついつい食べ重ね続けて、毎回、床置きの域まで盛ってしまう。

 しかも栄養は度外視。

 うまそうなものからたっぷりと。


 陰口を叩いていたはずの観衆も、二人の食べっぷりについ見入ってしまう。

 どちらが勝つのか、賭けが始まる。

 即席の胴元が現れる。

 二人が食べ比べ勝負をしているものだと誤解した観衆の中から、左手を使えない行成を気遣って食料を取り分け、運ぶ者まで現れる始末。

 ホテルスタッフの賄いを見越して作られたビュッフェの料理がほとんど食べつくされたと報告を受けて、驚いて飛んできたホテル専属シェフに丁重に追い出されるまで、その狂騒は続いたのだった。





 食事を終え、自室に戻った大地。


「いやー、ガキみたいに意味もなく食べ比べしちゃった。」


 膨れ上がった腹をさする大地に、同室の竹島が呆れた。


「もう10代じゃないんだぞ。莫迦か、お前は」





 食べ過ぎて自室に戻れない行成。

 ラウンジ兼カフェに場所を移して、しばしの休憩。

 しばらくして、先ほどの暴食に何の意味があったんだ、と自分の行動を振り返った。


 ホテルの外では血眼になった澪和騎士団のスタッフたちが、入院先から姿を消した行成を探して東奔西走していた。



 我知らず、競り合っていた。


 さっきまでの騒がしさが嘘みたいだ。


 傷の痛みは、生きている証。


 満腹の腹は、満足の証。


 今日のところは、痛み分けだ――

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