第43話「不倶戴天(ふくたいてん)」
いとも憎しき我が仇敵よ。
我を鬼にするのは汝、
我を鬼から解放するのも汝。
【諸角星環群、丹鶴(居住星環)】
観戦施設。
本日のゼミファイナルマッチです。
試合会場は昌矢(廃棄星環)を含む近辺の区域。
《対するは……》
《瑞穂の山猿、改め――》
《北斗の死神、沖、大地ィ》
ブーイングが観戦施設内に鳴り響く。
何とも酷い紹介である。
たかが、2勝1敗。
現在、ランキング圏外。
今年度をほぼ負傷欠場の星環騎士に対して、言うに事欠いて『死神』とはなんぞや?
大地の相手である津々路隆乃はランキング暫定8位。
これが最終戦であり、大地に勝っても順位は動かないらしい。
煽りにできる材料に乏しいのは理解できるが、こちらが意図しない誇大広告はいただけない。
希倫は露店で買い込んだ食べ物から、揚げ竹輪を引っ張り出して齧った。
油脂と塩味が濃い。
失敗した。
お酒のアテだ、これ。
炭酸飲料で口にした分だけでも流し込もう。
そこに横にいた鋼谷がコッペパンを差し出してきた。
「パンに挟むと良い。
パンの風味のお陰で、いろいろまろやかになってちょうどいい」
礼を言って揚げ竹輪の残りを挟んで、改めて食べてみた。
うんまっ。
これが組み合わせの妙、いや食い合わせ?
「このパンの味、どういうわけか、ここでしか出ないんだ。
何度か、自分でも試してみたんだけどね」
本当に料理が趣味なんだね、と感心する。
お陰で影響を受けた兄までが、そこそこ美味しい料理を作ってくれるまでになっているのだ。
「……酵母かな?
種の酵母を引き継ぐ果物とかに違いがあるのかも」
パン屋の看板娘として、適当に話題を合わせただけだったのだが。
目がギラつき始めましたよ、鋼谷さん……
試合早々に、大地の駆る『赤銅驥』が本邦初公開の射出式のワイドマジックハンドで相手の星環騎士艇を兵装ごと捕獲した。
今回も、訳わかんねえ戦法で行くんだな。
トップリーグ水準に届くスペックの艇に乗り換えたんじゃないのかよ。
「主に槍での吶喊や小剣での接近戦が主流なんだけどね」
小声で呟いたつもりだったが、しっかり聞かれていたようだ。
「その手の戦法は、約束組手かってぐらいに洗練されてしまっている。
星環騎士の訓練校では、それこそ星の数ほどシミュレートされているからね」
だから、兄貴は外道で行くってこと?
「外道ではない。けもの道だ」
美しく在れないからと言って、開拓されていない道だ。
規範から外れているわけじゃない。
現役の頃は、鋼谷も随分苦労していたのだろう。
苦笑というより、意地悪が成功したときの猫みたいな顔をしている。
鋼谷さんの場合は試合前に怒る材料を探してたって兄から聞いてたから、本当は気のいいひとなんだろうな、と思ってたけど……
性格は結構、捻じれてそう。
年相応といえば、そうなんだろうけど。
こんな呑気な会話を楽しんでいるのも、ほぼ一方的な展開で終わったからです。
身動きできない相手を手繰り寄せて、『赤銅驥』の両脚で相手の胴体部を挟み込んで固定し、パンチングナイフで相手の両脚部を斬り飛ばした。
さらに肩のスラスターノズルを壊したところで、モブキャラがギブアップした――
もしマジックハンドを解除できたとしても、自由に機動する手段がほどんど残されていないのだから、潔いと褒めてもいい。
「津々路隆乃、くんだよ。
モブキャラは止めてあげて。
それから星環騎士艇の名称……」
結構です、興味ありません。
「……希倫ちゃん。
護符としてここに来たんだから、世間体ってものをね」
もう兄貴の出番は終わったんで、勤務時間外です。
【諸角星環群、釣瓶(廃棄星環)】
ファイナルマッチ。
星環騎士戦トップリーグ第43期における3年目。
これが今年度の最終戦にして首位攻防戦。
戦うのは、礼文慎が駆る『蒼炎山』、ランキング暫定1位。
対するは、杉原行成駆る、『翠銀刀改』、ランキング暫定2位。
ホーム開催側の礼文に、丹鶴の観客の期待はいやがうえにも高まっていた。
フェイクを含めた吶喊を織り交ぜながら、小剣でトドメ。
似た戦闘方法を得意とする二人。
試合開始後、互いに様子見の接近――
ところが、中間距離に達した瞬間に『翠銀刀改』がニトロ機構を用いた超急加速を行った。
礼文は『翠銀刀改』の軌道を読んで回避行動を取るが、行成は構わずに急制動とともに取って置きの化学燃料を惜しまずスピンターン。
行成は今回、普段は使わない、高瀬の戦法を踏襲していた。
盾で押し切る高瀬との違い。
行成は回転しながら神懸った微調整を並行して行い、『翠銀刀改』の両膝部を『蒼炎山』の盾を掻い潜らせて股関節部に叩きつけた。
凄まじい衝突破壊音が両者の操縦席に響いた。
自機の膝下からの機能不全と引き換えに、礼文の『蒼炎山』の両脚部を機能不全に追い込んだのだ。
「何を考えている。両者クラッシュなら、貴様の負けだろうが!」
誰にも届かぬというのに、叫ぶ慎。
『翠銀刀改』の腰部と腿部に残るスラスター。
それが明暗を分けた。
『翠銀刀改』は、それぞれのスラスターを器用に吹かし分けて、『蒼炎山』の背後を獲ったままシールドアタックを敢行した。
下半身と腰部のスラスターを失った礼文には止めるにも姿勢を変えるにも出力が足りない。
両者は釣瓶(廃棄星環)の外壁までもろともに吶喊した。
奇しくも過去の大災害でソーラレイが誤射された箇所に。
【諸角星環群、丹鶴(居住星環)】
観戦施設。
立体モニターに示された『蒼炎山』と『翠銀刀改』のデータのほとんどが真っ赤になる。
ともに大破(機能不全50%以上)。
聞いたことのない音量のアラームが鳴り響いた。
痛み分けに見えるが、問題はどちらが先に50%以上に達したのか。
立体モニターでは、『蒼炎山』を緩衝材にしたはずの『翠銀刀改』は推進機構が破裂でもしたのか、機能不全が90%を超えていた。
「これは、礼文が勝っただろ……」
息を呑んで見守る大観衆。
しかし、機械判定では、先に機能不全50%以上に達したのは、『蒼炎山』、すなわち、礼文の敗北が確認されたとアナウンスされた。
突然の凄惨過ぎる結末に、敵方の勝利、しかも年間優勝まで掻っ攫われたというのに、観戦施設内はブーイングさえ起きなかった。
さらば、宿縁の輩よ。
剣を交える時は、ひととき終わりぬ。
この先の煉獄にて、再び見えん――




