第42話「天使の矢が届かない」
雲の切れ間に光る弓。
狙い定められた矢は、
静かな雪塊に
音もなく吸い込まれていった。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
赤銅騎士団事務所。
「勝負事なんだから、
やっぱり、験担ぎって大事だと思うんです」
希倫が目を輝かせて、今度の試合にも自分が同行するべきだと主張した。
もちろん、希倫が同行するにあたっての合理的な利点はない。
この験担ぎを持ち出しているのは、前回試合に帯同する必要のない希倫を他星環まで呼びつけただろう、と後出しの交換条件を示しているに等しい。
実際、今の希倫は、高瀬とのリターンマッチ成功の後、騎士団マスコットガール以上の地元人気と露出を誇る。
設備修理と改修で生産量を増やしたパン屋も、そこで働く希倫人気が拍車をかけて夕方を迎える前に売り切れ閉店を重ねている始末だ。
数々のイベントで『希倫を出せ』と言われて自信を無くしたマスコットガールが、泣きながら白石に辞めたいと相談していたくらいである。
大地が明後日の方向を向いて頸部を掻いている。
確かに、精神安定剤代わりに敵地に呼び出したのは認める。
今度も連れて行けというなら、やぶさかではないのだ。
自分が口添えすれば、家族枠で普通に帯同してもいい。
試合を行う場所が礼文慎のホームである諸角星環群でなければ。
その日は礼文慎も戦うが、相手は大地ではない。
大地はランキング暫定8位の相手と諸角星環群に古くからある廃棄星環の昌矢で戦う。
礼文はランキング暫定2位の……誰だっけ?
とにかく首位攻防戦を別の廃棄星環で戦う。
どうも、俺が前座扱いっぽいけどな。
順位がどっちも下だし、文句は言えねえ。
……希倫の話だ。
どうせ、礼文慎目当てだろうから、それがどうにも癪に障る。
横に居た、マスメディアには大地の婚約者筆頭候補、その実、単なる他人の白石さんが顎に指をあてて小首をかしげた。
「置いていくとね、瑞穂で大人気の美人、沖希倫ちゃんはぁ……」
嫌な予感がする。
「観戦施設あたりだと、ナンパされないわけないよねえ」
大地はしな垂れかかってくる白石からも目を背ける。
「まだ十代の希倫ちゃんは、見栄えだけのチャラ男に引っかかるかもぉ?」
希倫のこめかみがいろいろな理由で引き攣っている。
だが、今のところ自分の味方をしている白石を止めるつもりはないようだ。
「せめて、目に入る範囲に置いておきたくないのぉ、お兄ちゃんはぁ?」
白石の言い分が腹立たしいが、耳元に息多めで嬉しい大地。
どのみち、2対1。
大地が勝てない女性二人が組めば、端から道筋もなく、押し切られる形で希倫の同行は認められた。
「それにしても、諸角星環って、廃棄星環がいくつもあるのね」
北斗は遊架一つきりだもんな。
昔は他にもあったぽいけど、レアメタルハンター揃いの瑞穂があるもんな。
鉱山代わりにとっくに解体されたっぽい。
「逆に、なんで遊架は残してあるの?」
大地は眉を顰めた。
礼文にお熱になってから、すっかり忘れちまったのか?
お前の兄の仕事、どこで何してるか、言ってみろ。
【諸角星環群、丹鶴(居住星環)】
2つの星環騎士戦を翌日に控え、特に、暫定1位の礼文慎が僅差で追う杉原行成を迎え撃つ構図に、丹鶴は大いに沸いていた。
両者の対戦戦績は6勝6敗と全くの互角。
ならばホームの勢いで後押しするべし、と。
大地が対戦するのも地元の星環騎士のはずだが、名前以外の情報が出てこない。
ほとんどおまけ扱いなのだろう。
同郷の天才の陰にいるのは、何とも気の毒なことだ。
舞台も新生・諸角の象徴である釣瓶(廃棄星環)と違い、昔からある昌矢(廃棄星環)というのも格の差なのだろう。
聞けば、昌矢は廃棄星環としてはよくある履歴――過去の大戦で軍事施設であったところを封印したもの。
釣瓶は希倫も歴史の授業で知った大災害のモニュメント。
しかも礼文慎はその大災害のたった一人の生存者だという。
ドラマ性に違いがあり過ぎる。
とにかく、今回の遠征については赤いスカジャン着用は禁止。
完全アウェイ、というより完全に見下して他所者に何をしてもいいという空気を味わえば、兄の大地くらいに飄々としていないと着る気にもなれないだろう。
礼文慎の公式グッズを見て回っていた希倫だったが、どうにも居心地の悪い雰囲気に早めに滞在するホテルに引き上げてきたのだった。
観光から戻るにしては早過ぎる時間。
希倫がホテルのカフェで時間でも潰そうとしたところ、不思議な雰囲気の男を見かけた。
若くはない。
壮年というほどでもない。
見覚えのある、そう言えば礼文慎と似た空気?
ラウンジ前のフロアで少女が杉原行成に声をかけてきた。
「もしかして、星環騎士の方ですか?」
行成は興味なさそうに少女を見る。
かなり容姿の整った少女だった。
行成でなければ、心が躍ったのかもしれない。
行成の容姿を知る者がいたのだろう。
星環騎士、という単語に反応した周囲の誰かから、
『蝙蝠野郎が』
『諸角に、育ててもらっておきながら』
聞こえる程度の声量で陰口が叩かれた。
変わらない不愉快さ。
富めるものの傲慢さが相変わらず、ここにはある。
……となると、この少女は?
さほど興味の湧かない研究対象を見るような行成からの視線にむしろ少女は反応したようだ。
ファンを邪険にするな、とは常日頃に言われているので、一応の応対はする行成。
「望澪の、杉原行成です。
ご存じかどうかは……」
少女は行成の過去4度年間優勝と、今年は暫定2位であることを挙げて褒めちぎっているようだった。
可愛らしい声質に反して、ずいぶんと通るようだ。
少女の称賛と裏腹に、周囲がどんどん遠巻きになる。
増える敵意に満ちた視線と呟き。
「この後、旧友と会う約束をしている。
それ以降は遠慮してほしい」
留学していただけなのに、裏切者扱いしてくる気分が理解できない。
そもそも、全ての学生が星環騎士になるわけでもないというのに。
遠くから聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
『あれ、沖の妹じゃね?
護符気取りの』
言われてみれば、目の前にいる少女がニュース動画などで見た顔のような気がする。
「……君は、沖大地くんの妹さん?」
希倫は、黙って頷いた。
若干厳しい目をする行成。
左手で右手を抑えている。
希倫と視線を合わせない。
「どんな場面を切り取られて、
どんな誤解を受けるかも、わからない。
この場を、外してくれないか」
先ほどの時間制限も言い訳ではなかった。
間もなく、幼年舎時代の、行成にとって数少ない旧友がやってくるのだ。
「おいおい、何て顔してるんだよ。
俺が来るまでに、よっぽどなことを言われたのか?」
手のひらで自分の表情を確認する行成。
「……柄にもなく、興奮していたようだ」
二人はカフェ&ラウンジに入店し、まもなく酒が運ばれてくる。
「5年ぶりの再会に」
「再会に」
乾杯の音が響く。
「結果の如何にかかわらず、
俺はお前をずっと尊敬しているし、
友人として好きだ」
まだヒトだった頃に随分行成をかばってくれた友。
彼は行成を「理解したい」とも「人に戻したい」とも思っていないのだろう。
自分とは違う行成を、ただ友人とだけ認識している。
幼年舎時代のオアシス。
「……ありがとう」
だが、君も錨たりえない、しかしそこまで求めてはいけないのだ、と行成は考える。
大事な友人だから、こちら側に引っ張り込んではいけない。
「礼を言えるようになったか。
進歩したじゃないか」
10年かけてヒトの真似ができるようになってきたか、と無邪気に笑う旧友。
そちら側に戻りたいと思えたら、幸せになれるのだろうか――
届かない矢に
空を舞う天使が
頑ななことよ、とため息をつく。




