第41話「摩擦係数低下(フェード現象)」
昔話『ウサギとカメ』
相手が誰であろうと、
真面目に努力しながら取り組むことで、
いつか大きな成果を得られる、という寓話。
そのいつかは、
いつ、来るんだい?
【望澪星環群、伏露(居住星環)】
炎城志朗の4連覇を止めるのは、自分のはずだった。
第41期末にセカンドリーグ年間優勝を飾り、トップリーグに駆け上がった杉原行成は高瀬長門との第42期1年目から澪和騎士団の2枚看板として、望澪星環群次代のスターとして大いに暴れたのだ。
1年目。
1位から4位までの4人が1点差というデッドヒート。
年間順位、杉原1位、炎城1位(同点-直接対決により2位扱い)、高瀬3位、礼文3位(同点-直接対決により4位扱い)。
2年目。
杉原、覚醒――デブリ豪雨予報による延期-中止となった試合を除き、負けなし。
年間順位、杉原1位、炎城2位、礼文2位(同点-直接対決により3位扱い)。
3年目。
絶対王者、怒涛の巻き返し。
最終戦で杉原が炎城に勝利したことで辛くも逆転優勝。
年間順位、杉原1位、炎城1位(同点-直接対決により2位扱い)、礼文3位。
4年目。
年の中盤から杉原と炎城の勝ち星が並んだまま、互いに相譲らず、前半の直接対決の結果により、辛くも逃げ切り優勝。
試合を詰め込んで勝ち星を積み上げてきた礼文は勝ち点を杉原と炎城に並べるが、直接対決の結果により一歩及ばず。
年間順位、杉原1位、炎城1位(同点-直接対決により2位扱い)、礼文1位(同点-直接対決により3位)。
5年目――
誰もが行成を、高瀬の後継者、いや、峠を過ぎてランキングに絡めなくなってきた高瀬とその位置を入れ替わるように望澪星環群の代表として扱うようになった頃。
第1戦で炎城を倒し、幸先の良いスタートを切った。
しかし、第2戦の礼文戦で競技中の事故により左の脛から下を失う大怪我を負った。
命に別状はなかったものの、その年の最終戦で漸くの復帰。
年間順位、礼文1位、炎城2位、杉原圏外。
この年、大躍進した礼文がついに炎城を破り、年間優勝4連覇の杉原を差し置いて第42期総合得点でも上回り王者となった。
行成は、望澪星環群では悲運の騎士として扱われている。
第42期王者にこそ届かなかったが、望澪の英雄だった高瀬がついぞ掴めなかった年間優勝をデビューから4回も戴冠したのだ。
破竹の快進撃と言って差し支えない。
だが、当の本人は……
足りない。
勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても勝っても――
満たされない。
違う、勝ちたい。
勝ち続ける、が欲しいんじゃない。
勝ちたい。
勝チタイが止マラナイ。
礼文慎。
行成の大騎士幼年舎の後輩にあたる、『杉原行成の再来』と呼ばれていたらしい俊英。
自分よりも若く、そして、第42期王者。
第43期の年間優勝も2度、攫われている。
礼文戦の個人戦績は通算6勝6敗。
だが、礼文は第42期王者。
苛立ちではない。
嫉妬でもない。
誰よりも勝ちを欲し、それでいて勝利の瞬間に執着できない。
ただ、行成の脊椎から脳髄に『勝チタイ』という渇望が走り抜け続ける。
だから行成は走り続ける。
小さな目標はいくつも駆け抜けてきた。
大きな目標がいつも更新されていく。
わざとじゃない。
じぶんはそんな、世界最高を望む大それた人間ではない。
魂の底から望んでいること――
人生のすべてを懸けて挑みたいこと――
努力を重ねた天才と、人は言う。
行成は自身をブレーキが壊れた凡人だと自嘲する。
いや、壊れているのはブレーキではなく。
止めようとしてくれていた人たちを振り捨ててきた己自身――
高瀬長門が、いない。
沖との再戦の後、ぷっつり姿を消してしまった。
理由はわからない。
敗戦でくじけるような人物ではないはずだ。
だが、依然として消息は掴めないまま。
行成を、かろうじて人の領域に係留していた錨が――
澪和航空副社長の父から呼び出しがあった。
かねて要望していた案件だろうか。
副社長室には、父一人が待っていた。
「掛けなさい」
口調、言葉遣いは副社長ではなく、父のもの。
息子にソファを勧めて二人分のコーヒーを淹れる父親。
実家にはずっと戻っておらず、父と二人になるのも、ずいぶん久しぶりの気がする。
5年、いや、10年?
母からの電話では、今年に定年だったか?
向かい合わせに座る二人互いに言葉はなく、時間が過ぎる。
行成のコーヒーがすっかり冷めた頃、父から切り出してきた。
「北斗代表の沖を指名しての冠試合、澪和航空から条件がある」
行成は黙って続きを待った。
「まず、今年度中では行わない」
行成の眉がピクリと反応する。
だが、肩をすくめて話の先を促した。
「条件は、今年度の優勝。それが絶対条件だ。
それまでに沖くんとの取り組みがあっても、
冠を申し出ることはないと思いなさい」
行成は小さく頷いた。
呑めない条件ではない。
わがままを言うには、まだ実績が足りないということなら……
「社内は、お前に仇をとらせろと煩い連中が多い」
澪和航空はむしろ冠試合に乗り気なのか?
では……
「私と、社長が止めた」
そのとき、自分はどんな顔をしていたのだろう。
覚悟を決めた父ですら、一瞬だけ怯んでいた。
「社長と動機は違うが、私の意見は、」
父のひきつった顔。
あの事故を連想してしまった。
「トップリーグに限っても」
そして、あの日の高瀬長門を。
「沖くんと対戦した2人の騎士は、今はいない」
あれは、死神。
父が吐き捨てるように。
お前まで失うわけにいかない。
すっかり白髪になり、小さくなった父は断固として。
こんなにも壊れた男を、まだ息子として護りたいと。
「……年間優勝は、言われなくても」
獲る。
行成である自分が礼文を倒す。
そう、決めている。
「沖が来年度もトップリーグにいるなら、早い時期にお願いします」
副社長が、すすり泣いている。
人に戻れぬ息子を目の前にして。
行成は、話は済んだと黙って立ち去った。
今さら、泣くものではないよ――
敢えて口にしないのは、人の情か。
それとも、無駄を嫌う機械の性か。
炎城志朗の引退宣言でのインタビューより抜粋。
「後から来たものに追い越され?
当然だ。
それが、世代交代というものだ」
炎城志朗(炎城騎士団(諸角)
星環暦365年引退
不知火騎士団(紫若)
星環暦367年復帰)
第39代 星環騎士戦 王者
第40代 星環騎士戦 王者
第41代 星環騎士戦 王者




