第39話「啐啄同時(そったくどうじ)」
殻を破りたい情念が
狂ったように疼いている。
俺がこの殻を破るのが先か。
狂おしい情念が俺を破るのが先か――
両親には相当に、無理を言ったのだと思う。
杉原行成は後に述懐する。
地元の望澪星環群にも、騎士になるコースは設置されていたというのに。
別の星環群である諸角は丹鶴(居住星環)の大騎士幼年舎への留学を熱望したのだ。
諸角の候補生の卵たちは10歳から13歳の間を大騎士幼年舎で過ごし、その後に大騎士候補生学校へと進学し、騎士過程を経て資格を取得した者が、次代の星環騎士候補となる。
礼文家を筆頭とした運営機関は、より強力な騎士の才能を求めるその性質から、他星環群からの留学も受け付けている。
大騎士幼年舎への進学を熱望した理由は一つだった。
高瀬長門も、この大騎士幼年舎で少年期を送っていたからだ。
高瀬の経歴を、自分もなぞりたい。
そして、高瀬と同じく、地元に戻って澪和騎士団が運営する候補生コース(実質、澪和航空運営)に進むのだと。
高瀬を信奉、いや信仰するようになった少年/杉原行成にとって、騎士となるだけで収まらない、生き方の踏襲さえも、人生の指標となっていた。
行成の父も、母も言った。
お前が星環騎士になることを反対したいわけじゃないと。
地元にも、幼年コース(こちらも実質、澪和航空運営)があるじゃないか。
別に望澪の水準が低いわけではないのだ。
同じく狭き門で、澪和航空の技術・整備本部長である行成の父のコネをもってしても入学確約が難しい人気校なのだと。
それに、行成はもう11歳。
幼年舎を目指す年齢としては、実は少し遅い。
行成の父からすれば、星環連絡バスの機長になりたいという息子の夢も、良いものだと思って無理にエリートコース受験などさせてこなかった。
行成は普通の子供なのだ。
知る人のない他星環群などで、一人で励めるものだろうか。
親は、そこまで思いを馳せてしまう。
それでも子は引かず、両親は猛反対を続けていた中、何度目かの家出をした行成が澪安(研究星環)のベイエリア区画で保護された時、ついに折れた。
このまま反対を続けていたら、行成はいずれエアロックから飛び出しかねなかった。
自分の勝敗を度外視して、杉原一家だけでなく遭難船の生存者を救ってくれた高瀬長門には、本当に感謝している。
だが、ここまで愛息子を狂わせた張本人を逆恨みしたくもあった。
両親が観念してから2か月後。
その狂信者じみた執念で、大騎士幼年舎への編入試験合格を見事に勝ち取った行成は、学期の区切りごとに必ず帰郷することを母と約束し、諸角星環群、新たな夢の場に立ったのだった。
賁星星環群に大統領を持っていかれた後だけに、諸角星環群における余所者への風当たりは想像以上であった。
行成は陰湿な嫌がらせや虐めを受けても、奥歯を噛みしめて、ただ耐えた。
星環騎士ともなれば、まして高瀬ほどの位置まで行けば、人の醜さを目の当たりにするのも、こんな程度で留まるまい。
そのたびに、心に刻みながら。
諸角希望の星である炎城志朗が順調に勝ち星を挙げ、第39期における年間優勝を重ねるに従い、嫌がらせの回数はようやく減っていった。
しかし、その炎城を高瀬が倒したとなると、思い出したかのように行成への嫌がらせや虐めがぶり返すのだった。
しかし、行成は――
これこそ、一里塚よ、と相手にしない。
踏みたいものは踏めばよい。
折れるものか、ではない。
折れないのだ。
折れている暇などないのだ。
嫌がらせをする同級生や
虐めてくる上級生や
見て見ぬふりをする、時には行成を原因だと決めつける教師たち。
もちろん、行成。
当然、高瀬長門。
すべての者に、時間は流れている。
残酷なまでに均しく。
行成は、高瀬長門の元に一刻も早く辿り着かなければならない。
高瀬長門は星環騎士である前に、人である。
いつまでも、行成を待っていてはくれまい。
傍が羨むエリートコースに身を置きながら、諸角に居た頃の行成は、いつでも焦燥感を抱えていたのだった。
行成が2年連続の学年首位として、大騎士幼年舎を卒業するころには、教師陣は手のひらを返したように大騎士候補生学校への進学を進めた。
しかし、予定はもう決まっている。
諸角星環群に何の未練も持たなかった行成は、地元の澪和騎士団が運営する候補生コースに進学するために、望澪星環群に帰郷したのだ。
諸角星環群、釣瓶(農業星環)で大災害が発生したのは、その翌年のことであった。
外から叩く誰かを、
待てないんだ。
そうだ、内から、
叩け、叩け、叩け――




