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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第四章 地殻の変動、絶え間なき再編
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第34話「自縄自縛」

 憧憬も


 尊敬も


 すべては在りし日の――



北斗ほくと星環群、瑞穂みずほ(居住星環)】


 またしても、帰国時に熱烈歓迎を受ける大地たち。

 モニターに映しだされたのは、すぐ外のロビーの様子。

 大地を待ち構える人の半数は、例の真っ赤なスカジャンを着こんでいる。


『すっごい売れ行きで、申込含めて4万着よ。

 加えて、ブックマークがその6倍以上の25万もあって、

 つまり、この潜在的な顧客数と合わせると

 瑞穂の人口の14万人よりもずっと多くて、

 北斗星環の人口の57万人の半数以上なのよ』


 そういや、白石さんが帰りの便でずっと興奮してたね。

 一着、2万5千円くらい?

 事務所に3000万円くらい入るんだっけ?

 合わせて小物グッズが作る端から売り切れだとか。


 モニターに目をやると、ひと際目を引くのが、

 何より、以前より増えた、堂々たる横断幕。


 何人がかりで取り付けてんだろ。


《瑞穂の奇跡》


 あの、俺、風鈴寺博士と肩並べるとかじゃ、ないからね?


《DAICHI-MIZUHO-SAIKYO》


 俺、トップリーグじゃ2勝1敗のまだランク外……

 怪我休みがあったから、年間優勝がまず無理めだし。


「大地くん、大地くん」


 呼び止めてきたのは、昔からスポンサーをしてくれている弁当屋の奥さんだ。


 ここの差し入れでなめろう入りのおにぎり、

 大好きだったなあ……


 おばちゃん、久しぶり。

 えーと、ここ、まだ検疫区画……

 おばちゃん、どっか出かけるの?


「ボケてないで、こっちに来て。

 そのまま出られるわけないでしょ」


 おばちゃんが大地を騎士団のメンツとは別の方向へ引っ張っていく。


「希倫ちゃん、あんたもだよ」


 どうやら、弁当屋の車で来たらしく、出入りの仕入れ業者に紛れて大地たちを安全に連れ出す段取りだそうだ。


 ……何で、希倫まで?


 大地たちの横について歩く希倫も不思議そうにしている。

 おばちゃんが呆れて大地の肩を叩いた。


「あんた、とんでもないのは、希倫ちゃんもなんだよ」


 どうやら今回の完勝劇で、妹の希倫が立役者ってことになっているらしい。


「……嫌な予感がする。それ、風鈴寺センセイが絡んでない?」


 北斗星環における騎士戦解説番組で、常にゲスト出演するようになった風鈴寺博士が言ったのは『今回は大地くんたちに妹さんが付いて行った』とだけ。


 だが、大地の勝利直後にSNSで再び希倫の人気に火が付いた。


《パン屋の護符タリスマンは、やはり本物――》


《『瑞穂の奇跡』の妹は、『瑞穂の護符タリスマン』だった》


 ……頭、痛い。


 大地と希倫は、出口の手前の更衣室を借りて、弁当屋の制服に調理帽子と眼鏡とマスクを着用して、大量の弁当箱を積んだ台車カートを推しながら外に出た。

 そこにはカメラを構えたいかにもな数人がたむろしていた。


 こんな通用口にも、出待ちがいるのかよ。


 彼らの注意を惹くより先に、ドアに『味も、量も、フクスケ弁当!』のロゴが入った車が通用口に横付けされた。

 怪しまれないように、落ち着いて弁当箱と台車カートを車に積み込んでから、希倫、おばちゃん、大地の順で乗り込んだ。

 気になって出待ちの方を窺うと、むしろ大地たちの姿を外から隠すようにやや不自然な位置で外を向いて立っていた。

 その中の一人が後ろ手で親指を立て、サインを送っている。


「誰だろ? でも、助かるわあ」


 おばちゃんは呑気だった。

 間もなく『味も、量も、フクスケ弁当!』が発車した。


 何となくだけどさ、通用口にいたのって……


「言わなくていい……」


 お前のファン、凄いな。


 振り返ると、出待ちの男たちが手を振っていた。

 その手に、希倫が働くパン屋の紙袋を持って。


 そうだ、おばちゃん。

 久しぶりに、なめろう入りのおにぎり食べさせてよ。


 おばちゃんと車を運転してる弁当屋の社長はいいよー、と声を揃えて嬉しそうに笑った。





諸角もろずみ星環群、丹鶴にかく(居住星環)】


 礼文家本宅の一室。


 礼文慎が執務室をノックすると、中から入るように、と声がした。


「お呼びですか?」


 中にいたのは礼文・但馬・太陽。

 端末に覆いかぶさるように、そして指で何かをチェックしている。

 このところ呼ばれるときは、二人きりが多い気がする。

 また密談かな、慎は太陽に勧められるままにソファに腰かけた。


「すまないね、1分だけ、待ってくれ」


 太陽は画面から目を離さない。

 それぐらいなら、大したことはない、慎は室内を見渡した。

 数々のトロフィーの森が並ぶ棚。

 手前にあるのが、慎自身が手に入れたもの。

 感慨はない。

 トロフィーの森を年代に沿って遡ると、自分から20年以上の間がある。


 その期間は、炎城志朗と――


「待たせたね」


 太陽がトロフィーの森の前にいた。


「ちょうど今、調整が済んだところだ」


 慎のトロフィーを手にして眺める太陽。


「誰が行ってもいいんだが……」


 トロフィーを元の位置に戻して、慎を振り返った太陽の、子供のような笑顔。


「辺境の北斗星環群、瑞穂みずほに、慎くんのファンクラブが発足していてね……」


 聞いた覚えのある星環だな、と慎は思った。


「代表者は、沖希倫という女性、少女かな?」


 沖?


「沖大地の、関係者ですか?」


 太陽は頷いた。


「彼女の公認申請が握りつぶされているのを、見つけてしまってね。いい機会なのに、逃してしまうところだった」


 つまり?


「何、異境の少女が、慎くんのファンだというのだ。君も気分転換にちょうどいいかと思ってね?」


 慎が凍り付いていると、


「自然にファンに触れ合う練習を、してきなさい。


 最近の君は、とても、硬い――」





北斗ほくと星環群、瑞穂みずほ(居住星環)】


「今日もフクスケのおにぎりセット? 好きだねえ」


 竹島の陽気な軽口が、大地には妙に心地よい。


 何かね、戻ってきちゃうよね。この味に。


「実際、うまいよ。

 まあ、お前の今の稼ぎなら、他にもうまいの、あるでしょ」


 んー……


 フクスケ自慢の池蝶貝いけちょうがいの生姜醤油煮を摘まむ。


「最近は、食べに行くと、飯どころじゃないんだよ」


 女の子にもてたいと、ずっと思っていた。

 いや、今でも思っている。

 そして、今は可愛い子から声を掛けられる。

 何でこんな夢のような状況で、腹が立ってくるんだろう。


「贅沢な悩みだねえ。

 とりあえずお相手してもらってもいいじゃない?」


 そう言えば、健ちゃん。希倫に……


「まーまーまー、そこはナシにしようよ。

 大地の兄貴分の俺が、うっかり弟になりかけたって」


 なりかけたって、ものの見事に肘鉄食らったんでしょ?


「突然過ぎたんで、驚いただけさ。

 ま、俺も考えなしにプロポーズしちゃったし」


 え? 付き合ってくれとか、彼女になってとかじゃなくて、

 いきなり、したの?


「だってさ、めっちゃ美人になったんだもん」


 あー。


 大地には何となく共感することがあった。

 そのつもりがないのに

 見た目とかでいきなり接近してこられたら、

 何か、戸惑いを通り越して怒りが沸くことあるよね。


『沖、大地さん、ですね。これ、私の連絡先です』


 目の前に俺がいるのに、

 その子たちの視線が俺を見てないの、わかるんだよね。

 確かに、贅沢なんだけどさ。


 ポケットを探ると渡された連絡先が何枚も出てきた。

 おにぎりを食べ終えた大地は、役目を終えた包み紙と一緒にその連絡先すべて、再生用のシューターに放り込んだ。


 タイミングさえ、ズレてたら。


 今じゃなければ、最高なんだけどな。





 白石しろいしさんに、それとなく相談してみた。


「一番早いのは、婚約発表じゃないかな?」


 何て、言いました?

 その相手が、いないんですよ。


「誰か一人を選べばいいじゃないの。

 誰を選んでも、ほとんど一緒よ」


 ……達観されておられますね。


「そりゃあ、よほどのアタリか、

 よほどのハズレはあるでしょうね。

 といっても、他のほとんどは普通なんだから」


 稀だから、アタリハズレって言うの、ともっともらしく白石は言う。


「もっとも、誰かみたいにいきなりプロポーズしろとか、

 そういうわけじゃないわよ。

 まず、一度、デートしてみたら? 気に入るかもよ」


 なるほど、道理だ。


 単に、俺が家族と同僚以外の異性を知らないから、

 プライベートで付き合うのが怖いだけかもしれない。

 さすが、白石さんだ。


 そうですね、デートしましょう。


 提案を受け入れた俺に向かってにっこり笑って、話は終わったよね、とデスクに向かう白石さんの手を取った大地。


 デート、しましょう。


 白石の目が点になった。



 二人を繋ぐのは、宿縁?


 それとも、宿怨?

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