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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第四章 地殻の変動、絶え間なき再編
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第33話「胡蝶(こちょう)の現(うつつ)」

 夢の中では、蝶々だった。


 楽しく飛んだの、ひらひらと。


 同じ枕で二度寝したなら、


 また、飛べるのだろうか。



 ホテル古珀苑こはくえんの一室。


 今さら寝なおす気にもなれない大地が、モニターをオンにすると

 ちょうど昼食向けの料理番組の試食シーンが始まるところだった。


《うちで作ると、

 パッサパサになっちゃうのに、どうして?》


 アシスタントが大げさにサバサンドを持っていない方の手をぶんぶん振り回している。


《自宅でも、こんな美味しいサバサンドになるんですね。》


 昼食には早いが、朝食には遅い。

 だからといって、

 自覚した空腹が治まるほど若い食欲は物分かりが良くなかった。

 眠気覚ましに大地は転がった酒瓶をバスルームに持ち込んで綺麗に洗った。


 健ちゃん、起きてる?


 寝起きの呻き声が聞こえた。


 そこ、俺のベッド……まあ、いいや。飯、行かない?


 竹島が何やら答えているようだが、


 えーと、何語でしゃべってんの?


 まだ寝ているのかもしれない。

 備え付けの卓上電子メモに、いつものとこでメシ……と。


 廊下に出て、エレベーターを……

 高瀬のファンと居合わせたら、面倒だな。


 階段で、行くか。





 カフェ/永瑛日和 オープンテラス。


 目の前には『レッドホット・クアドラプル・サバサンド/サワークリーム添え』だったもの。

 辛うじて、残り一人前のところまでは辿り着いたのだが。


『妹さん、トリプルを召し上がっておられました。

 気持ちのいい食べっぷりで、

 思わず店内、居合わせたお客様まで拍手していました』


 試合前にそんなことを言われていたのを思い出し、

 ついでにほとんど陰の薄くなってきた兄の威厳についても思い出し、

 メニュー表の『親方大満足、トリプル』の下にある

 『喉からはみ出すクアドラプル』をクリックしたのがまずかった。


 この店のダブルは、パンの直径が2倍。

 トリプルはその直径が4倍。

 クアドラプルは、なんと6倍。


 量の刻み方を先に聞くべきだったが、商品は到着した後だった。

 朝抜きの空腹をもってしても、クアドラプルは強敵に過ぎた。


 店の屋内席側が急にざわついた。


『まじかよ』


『試合直後なのに、管理、どうなってんの?』


 屋内席に視線を向けると、ニュース配信を映し出している店内モニターに

 皆が一様にかじりついていた。


 星環騎士戦関連ニュースっぽい?


 食べかけのサバサンドを置いて店内モニターまで足を運んでみる。

 大地は少し前の出来事を思い返した。





 腹を空かせていつもの店の前に来ると、鋼谷が出てくるところだった。


「ああ、大地、今、来たのか」


 鋼谷の様子が少し、おかしかった。


「これから、えーと、朝飯?」


 店の営業時間帯で言えばちょうどランチタイムに入ったところ。

 ただ、今日の空腹ファーストを最初に満たす食事ブレイクってことに間違いはないな。


「朝飯前に、悪いんだがな……」


 高瀬の行方が掴めない。

 試合後のメディカルチェック後、

 インタビューを欠席した高瀬を心配した澪和騎士団のサブマネージャーが

 自宅前まで送り届けた以降の足取りが不明なのだとか。


 自宅には、帰ったんでしょ?

 どこか憂さ晴らしに出かけて、そのままとか?


 鋼谷は首を横に振った。


「俺も、あくまで杉原からの聞きかじりでしかないが、

 そもそも、自宅に戻ってない。

 高瀬の奥さんから騎士団と杉原に相談が入ったらしい」


 ……反抗期の子供の家出かよ。

 いい大人が揃いも揃って、何をやってんだか。

 完敗も含めて、こういう仕事じゃないか。


 そりゃそうなんだがな、と鋼谷は柔らかく受け止めた。


「高瀬が思い詰めていたとして、

 大地おまえのところに来ないとも限らない」


 身の回りに十分気を付けたうえで、

 見かけたら教えてくれと言うと、鋼谷はどこかへ去っていった。


 よそ者が探したところでとは思ったが、特に呼び止めるでもなく、


 大地はカフェ/永瑛日和の扉をくぐった。





 今、店内で流れているニュースは、食事前に鋼谷から聞いたそのまま。


《――昨晩から高瀬長門さんの姿が見えない、

 ということですが……》


《メディカルチェックでは、

 やや興奮状態にあるものの健康に支障はなく……》


伏露ふくろベイエリアから他星環に出かけた人物にも該当はなく、

 現在でも、高瀬さんの消息は掴めていませ――》


 いよいよ、心当たりがなくなって、公開に踏み切りましたか。


 まあ、伏露ふくろに限っても、

 高瀬としか繋がっていない人間関係くらい……


 浮気――


 不倫――


 朝帰り……朝――


 何か、忘れてないか?


 幼少の嫌な記憶と一緒に浮かんできたすべてを、頭を振って追い出した。


 出立まで、ホテルの部屋で休みたい。


 ムカムカする胃を手で押さえた。


 しかし、大地はニュースに動揺する人々を背に、元居た席へと引き返した。


 まだ、兄の威厳を取り返せてないのよな。


 それから大地は、30分ほどかけてサバサンドクアドラプルの残りを平らげ、

 満タンだった腹をさらにいっぱいいっぱいの札止めにして、

 高瀬の件について頭からすっかり追い出した。


「お冷、お代わりいかがですか?」


 店員があらわれた。


 大地は手で制して、会釈で礼をした。


 わかってますよ。


 もう、店を出ようかと思ったところです。


「あの、兄妹きょうだい揃ってのクアドラプル単独制覇、

 お見事にございます」


 希倫は今朝、クアドラプルを制覇済みだったらしい。


 兄貴の威厳回復は、もう少し先のことらしい――



 心に分厚いビロードのカーテンを。


 思い出したくないことや、


 忘れてしまいたいことは、


 名前を変えて、


 開かずの間の向こう側に――

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