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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第四章 地殻の変動、絶え間なき再編
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第30話「虚空(こくう)に遊ぶ、若き翼」

 僕のように、飛んでみたい、だって?


 虚空から、嘲笑が鳴り響く。


 ダチョウを、

 エミューを、

 ヒクイドリを、

 キーウィを、

 ペンギンを、


 見たことがないのかい?


 僕はね。


  飛ぶのが、辛い――


 瑞穂の第3層にある展望台。


 壁面に設置された超大型モニターには、光学処理によりきらびやかな星々が浮かんでいる。

 デート定番のコースであるが、時間が中途半端なせいか、ベンチを沖大地と黒崎健吾の二人が占拠していた。

 道中の車内、水圧エレベーター内でも特に会話はなかった。

 ベンチにぴったりと並ぶのも味が悪いと互いに感じたか、2人ほど座れる間を開けて腰かけていた。

 展望台に来てからずいぶん、時間が過ぎた。


「やるんだな、高瀬と」


「まあね」


「……」


「気分が悪いときには、ここに来る」


「男二人で来るとこじゃねえだろ」


「違いない。

 少しは、気がまぎれたか?」


「遠くを見るのは、いいな」


「妙に素直になったな。

 ま、甲斐はあったか。

 ……それから、今更なんだがな」


 小さなうなり声を上げた黒崎は、持ち込んだ大きめのデイパックから何かを取り出した。

 どうやら、スカジャンのようだ。


 寒いっけ?


 気温調整が効いた展望台で、特に上着の必要は感じなかった。

 惚けた表情の大地に、黒崎がスカジャンを差し出した。


「お前のだ。」


 くれるの?

 色が赤錆……ワインレッドかな?


 スポンサーのロゴワッペンが肩に腕にと丁寧に散りばめてあって、

 ああ、前のジッパーを閉じると『黒崎運輸』が胸スポンサーになるのね。

 背中には……


 なあ、仮にもメインスポンサーよりも大きく

 『山猿レアメタルハンター』って、

 どういう了見なの?

 しかも山猿の下のエンブレム、騎士団のじゃなくて白頭鷲じゃん。


「まず、前面、胸にはもちろんメインスポンサーの『黒崎運輸』。

 背中には、瑞穂が誇る主産業……レアメタルハントを……

 これは瑞穂の誇りを服の形に……」


 たどたどしいな。

 さっさと、本音を言え。


「先に、赤銅騎士団のメンバーには配ってある。

 戦闘服ユニフォームだ。

 お前は実感しただろうが、

 場合によってはこれが死装束しにしょうぞくにもなる」


 うるせえな。


「これは、座席だ」


 何だって?


「一緒に着た俺たちには、お前に夢を観る指定席。

 ああ、お前と、じゃないぞ。

 こっちで勝手に夢を観るんだ。

 余計なこと、言うなよ?」


 勝手に観る分まで、ケチは付けねえよ。


「大統領選出権なんてしがらみもあるが、

 騎士戦は夢を配る場所だ」


 ……知らんよ。


「聞くだけでいい。

 俺たちは自分勝手に、お前に乗る。

 お前に賭ける。

 これはその座席」


 重いの、嫌なんだよ。

 ……死ぬのも嫌だ。


「これを着ろ。

 仲間の目印だ。

 これを着たお前なら、

 これを着た俺たちは、絶対に助けに行く」


 ……ロマン砲、ここで、俺に撃つの?


「……瑞穂じゃ、お前のファンがずいぶん増えた。

 グッズを売りさばくのに、一役買え!」


 は?


「この服を宣伝して来いって言ってんだ」


 最初から、そう言えよ。

 着れば、いいんだろ。


 スカジャンに腕を通した大地。


 着心地は、うん、悪くない。


「お前のは、特別に宇宙艇仕様だ。

 軽くてしなやかで丈夫。

 ファンに売るレプリカの値段の200倍はする。

 だから、ちゃんと着て、広告塔になれ」


 大地は黒崎から視線を外して天井を見た。


 えーと、そのお値段で宇宙艇仕様なら、

 まだ安い方じゃないかと……


「……用事は済んだ。

 帰りは久しぶりに『岸えもん』に寄るぞ」


 岸えもんって、出入り禁止にされてなかった?


「何回、土下座したと思ってるんだ」


 あ、あまり格好いい理由じゃ、なかった。





 水圧エレベーター。


 水圧と言いながら、星環の回転によるコリオリ力やモーター加圧を動力としている。

 大量の人員、物資を運ぶことができる優れものだが、遅いのが難点だ。

 しかし、緊急通路を除けば、星環の中心から外周へ向かうあるいはその逆、層を超える縦移動は、原則的にこの水圧エレベーターだけが交通手段である。

 待ち時間は、乗員同士の会話のほかは、一部透明なエレベーターチューブから見える水層か環境映像の流れるモニターを眺めるくらいしかない。

 エレベーターは今、第5層あたり。

 大地と黒崎の二人とも、高級住宅区域住まいだから、もう少しで居住層に到着する。

 チューブの外はすぐ横に光ファイバーが並行して走っており、居住区で見るよりも青い、青白い光が強く満ちている。


 青より青い空。

 一番きれいな空は瑞穂にしか――


 ずいぶん昔のことに思える。

 勝ち筋を見つけられない次の対戦が、どうにも億劫だ。


 全部、投げ出そうか。


 大地が面倒になってきたそのとき、たまたまチューブの外で揺らめく長い水草が目に入った。

 奥の闇から魚影が、すごい速さでそこに突っ込んできた。

 強い光に目がくらんだのか、魚はチューブの壁に頭部をぶつけたようだ。


 魚は、気絶してぷかぷか……


 ぷか、ぷか……?


 ……何だ?

 何か、イメージが来たような。


 エレベーターは進み、気絶した魚も、水草も置き去りにした。

 大地は閃きかけた何かをつかみ損ね、苛立って壁を蹴った。


 痛ってぇ――


 我に返って視線を上げた先に、モニターに映された環境映像があった。

 ここ瑞穂では、いや、ほぼ全ての星環で見ることのできない、失われた地球上の――

 大地はその名さえ知らない、翌檜あすなろの樹の枝が画面一杯に。

 だが、映像の主役は、その枝に張られた、星環の断面図のような蜘蛛の巣。

 そこに、戦闘機のように宙を駆けるトンボが、無情にも捕食者の網に絡め取られる――

 大地の脳裏に、前回の戦いがフラッシュバックする。


 ――来るしかないよね。地元だもの。


 ――まさか、こんな狭い場所で?


 大地の脳裏に降りてきたのは、まさに天啓。


 逆だ。


 すべて、逆だったのだ。


 むしろ、ミエミエの罠を張れ――


 地元開催で、

 冠試合で、

 前回完勝した若造が相手で。

 これだけ並べば、理性や知恵では止められない。


 例えるなら、競馬の一番人気は、逃げ馬をいつまでも無視できない。

 まして、1対1の星環騎士戦ならば。


 天才かつ熟練である高瀬の、この数年の勝率の低さは、これが原因。

 そう、高瀬は、傍目から見て無茶な機動を『選択』していたのではない。

 高瀬は、置かれた状況によって、頭で、経験で危険域を承知していても、吶喊以外できないことがあるのだ。


 あいつは、スーパースターなんかじゃない。


 特定の条件の下では、

 ほぼ同じパターンでしか行動を選択できない、

 出来の悪いAI――


 大地は鼻下びかで合掌しながら、考えをまとめていく。


 チェーンを網状にして……

 展開はこの一回きりなら、炸薬で広げてもいいや。


 盾を……

 よし、掴まえた。


 肝心の関節技だ。

 どうする、

 アバラコブラツイストは、

 無重力環境下では仕掛ける条件が厳しすぎる。

 裸締めなんて論外だ。


 待て。

 まず、掴まえたときはどんな体勢なんだ。


 えっと、腕……

 ……取れた。


 どの角度なら、

 逃がさず、確実に壊せる?


 ――獲った。


 大地の目に、自信が戻った。

 目の前には少しだけ笑顔の黒崎健吾。


「気分は、どうだ?」


「総じて、カテゴライズってのは、蔑称から始まる――」


 久しぶりの『岸えもん』を楽しむ大地、そして黒崎。

 お酒の入った黒崎は、感傷的なまでに雄弁になる。

 直情的に見えて、普段からいろいろ考えているのだろう。


「意味を反転する、

 つまり、あえて自称することで、

 蔑称に含まれた被攻撃性を無効化――」


 黒崎自身が散々からかった「山猿」

 これをアイデンティティに置換える。

 たぶん、良いことを言っているが、全く聞いていない大地。


「アイデン……アイナメ、ないか。じゃあ、アジで」


「アイデンティティ、注文してんのか、大地―――ィ」


「髪さらさらだな。近くに来ないとわからんけど」


「フン、手入れは毎日、欠かしておらん。

 星環騎士は見た目も気を遣うのだ」


「順番、逆だろ。先に痩せろ。眉を剃れ。

 それからだろ、髪、伸ばすの」


 またしても取っ組み合いのけんかを始めた二人。

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