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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第四章 地殻の変動、絶え間なき再編
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第29話「案中模索」

 久しぶりの我が家――


 残念なことに


 我が家が一番とは、ならない――



 鋼谷宅。


 大地の肋骨の痛みも引き、内臓のダメージも治まってきた頃。

 大地はまだ鋼谷の家に居た。





 医者の完治が出た時をきっかけに大地は自宅に帰宅していた。

 我が家の周りには、いくつもの幟が立ち並んでいた。


《立ち上がれ、沖》


《28連勝は、伊達じゃない》


《瑞穂のほっこり♡ハンバーギュッ》


 大地はとりあえず、広告もどきの幟だけは撤去した。

 表の掃除に顔を出した隣家のおばさんと出くわしたので、挨拶をした。

 病み上がりの者に元気そうじゃないの、と肩をバシバシ叩いてくるのはどうなの、と大地は思った。

 おばさんによると、先週までは報道だのよくわからない野次馬だのが近所に徘徊していて、自分たちも中々出歩くのがはばかられたそうだ。


 それは申し訳ない、その気がないのがばれない程度に大地は恐縮した風を装った。


「何を言ってるのよ、水臭い。お隣じゃないの。お互い様ってもんよ。それにしても……」


 大地くんが一回負けたぐらいで大騒ぎしてる人って、今までの自分の人生で一度も失敗とか挫折とかしたことないのかしら、自分のこと棚に上げて自分より結果出してる人が失敗したらこれ見よがしに揚げ足取るなんて親御さんが泣くわね、でもその親御さんも同じようなことしてるから子供も真似したのかしら、だとしたらその子供だって真似して永久機関じゃないのさ、意地の悪さも相続したなら相続税でも獲ったらいいのよ、ホントやーねとおばさんが井戸端会議モードに入ったので、大地は忘れ物を取りに来ただけと適当にその場を去る理由を口にした。


 久しぶりの我が家は、埃だらけだった。

 キッチンの冷蔵庫に置手紙が貼ってあった。


『事務所でお世話になります。希倫』


 実に希倫らしいメモで、日付と時間まで書いてあった。


 一カ月以上前だった。


 冷蔵庫を開けてみると、庫内灯はつかず、中身もすっからかんだ。


 実に希倫らしい。


 水道を捻ってみたが、止まっていた。

 防犯設備もあるので、電気はそのまま通ってた。


 うちの妹さん、出来すぎないか?


 近くの戸棚を漁って、缶詰をいくつか取り出し、食事にしようとして気が付いた。


 飲み物がねえ……


 さらに言うと、炊事どころか洗い物もできる状態にない。

 時刻は既に夕方を過ぎていた。

 今から水道局に開栓依頼しても、明日以降になるだろう。

 改めて、周りを見回した。


 掃除するのはいい。

 ただ、その後に風呂、シャワーもなしは嫌だ。

 大地は一応、水道局に連絡を入れてみた。

 担当者と繋がったものの、折り悪く星環定期修繕の影響で開閉栓の予定が立て込んでおり、申し訳なさそうに早くて5日先と教えてくれた。

 大地はその5日先に開栓予約を入れた後、鋼谷に電話をかけた。


 あ、鋼谷さん。

 やっぱ、鋼谷さん家のご飯、美味しくてさ。

 そっちに行っていい?





「大地、『赤銅驥しゃくどうきぜろ』の具合はどうだ?」


 大地は指でグッドサインを出していた。

 納船から乗るたびに不具合やリクエストを出してきたが、現状で乗り心地は上々のようだ。

 何せ、元々の整備班だけでなく、承知工業から出向してきた開発チーム、風鈴寺博士お抱えの技術研究者も押しかけている。何なら週を空けずに風鈴寺博士その人が顔を出しては、新技術を閃いたと叫んでどこかへ飛び出していく――


 結局、帰宅してすぐ出戻った大地は、赤銅騎士団に出勤するようになっても週4回のペースで鋼谷宅に居座っていた。

 希倫の方は、はじめ事務所で寝泊まりしていたが、今は事務員のおばちゃんのお宅にお邪魔しているそうだ。

 面と向かって、こんな良い娘、大地くんに返せない、とまで言われてしまった。


 ……馴染んでいるなら、いいか。

 俺も家にほとんど居ねえしな。


 壁面モニターでは、相変わらず2人のプロレスラーが戦っている。

 シングル戦ばかり流しているのは、鋼谷に何らかの意図があるのか――


 今さらだけど、この、ハンマースルー?

 対面のロープに飛ばされて戻ってくるのは何で?


「俺も、直接レスラーに確かめたわけじゃないんでな。

 聞きかじりで良いなら……」


 ハンマースルー。

 捻りを加えて出し投げのように相対的に立ち位置を入れ替える技。

 仕掛ける側は、崩された相手より先に有利な態勢を作ることができる。

 仕掛けられた側は、出し投げの勢いに合わせてダッシュすることですり抜ける。

 すり抜けるだけでは、無防備な態勢となるため、充分にロープ際まで距離を取る。

 そして、反撃を前提にハンマースルーを仕掛けた相手に向かってダッシュする――


「……ビデオの試合を観る限り、

 本来の意味が置いてけぼりの様式美?」


 鋼谷は肩をすくめた。


「それこそ、昔の記録映像だからな。

 今の俺たちが理屈を突き詰めてもしょうがなかろう。

 例えば、陸上の短距離のスタートポジションなんて、

 昔はバリエーション豊かというか、好き勝手で魔境だぞ」


 そんなもんですか、大地はモニターに注意を戻した。


「もっと莫迦になれ。

 理屈を考えているうちはまだ頭でっかちだ。

 うるさいおっさんだと思うだろうが、

 お前には頭を空っぽにする時間が大切だ」


 画面の中では、背後から複雑に絡みつく複合関節技、アバラコブラツイストりの攻防が展開されていた。


 これ、どこが効いてるの?


 理屈を抜けと言ったばかりなんだがな、といった風に鋼谷は大地を引っ張り起こしてアバラ折りを仕掛けた。


 大地の肩、脚、特に腰に大きな負荷と痛みが走った。


 本当に痛いときは、人の言葉が出てこない――


 大地は身をもって知った。


「よし、これから疑問を感じたら、

 体で覚えてもらうことにしよう」


 技を解かれた大地は、息も荒いまま画面を指さした。


 尻もち―シットダウン状態での裸締スリーパーホールドめ。


 鋼谷は呆れた。


「莫迦になってきたな。

 いい覚悟だ」


 乗り過ぎた鋼谷はうっかり大地を絞め落としてしまい、救急車を呼ぶ羽目になった。

 二人して、救急隊員のお姉さんにとても叱られた。

 鋼谷は下手に言い訳したので、もっと叱られた。





 新型空気圧起動アリエル

 一般的な星環騎士艇の主な動力である電磁力起動には瞬発力で劣るが、気化させた水素を原動力に、最大出力、粘り強さ、柔軟性で大きくリードする、風鈴寺研究施設が誇る近未来の駆動機関。

 当面は、電磁力と空気圧の両輪で『赤銅驥』を運用する。

 今の機体バランスで長所を活かすならば……


 相手の騎士艇を捕獲して、逃がさないってことだよな――


 大地は、裸締めをされた首周りを撫でた。


 結構なお点前でした。


 ……じゃねえ。


 人間おれには効いたけど、

 騎士艇に頸動脈とか気管はないしな……


 承知工業は言う。

 社運を賭けた最強の機体だったと。

 だが、所詮、売れ残り。


 風鈴寺博士たちは言う。

 最新鋭の技術を盛り込んだと。

 だが、結果を出していない実験機構イキったどうてい


 白石さんは言う。

 それでも2倍近い推力差がある。

 前期王者、直近年間優勝2連覇の礼文慎を破った、

 天才にして熟練の高瀬との再戦。

 勝ち負けに持ち込めたら僥倖ラッキー

 そりゃ、そうだ。


 瑞穂のみんなは言う

 瑞穂の奇跡を、今、再び。

 滅多に目にしないから、奇跡アリエナイ


 都並オーナーは――


 大地は頭を振って、余念を振り払った。


 騎士艇、間接技なら行けるか?

 いや、まずは、とっ捕まえないと話にならないんだ。


 高瀬に完敗したことが、見えない部分で大地に影を落としていた。

 肝心なところで、うまく考えがまとまらない。


「大地―っ、飯当番、お前だろ。今回は作ったが、次は、順番守れ」


 没頭していて気が付かなかったが、鋼谷得意の煮っころがしの香りが漂っていた。


 わお、俺の好物じゃん。


 まずは、飯。

 山積みの課題は、その後。





 黒崎健吾。

 黒崎運輸の御曹司。


「おい」


 なんだ?


「俺が鉄紺騎士団の騎士だって、忘れてないか?」


 騎士の立場で俺に会いに来た回数、自分で数えてみろ。


「まあ、いい。ちょっと、付き合え」


 これから、帰るんだけど?

 今日、めでたくも騎士運から、

 『赤銅驥しゃくどうきぜろ』の新型空気圧起動アリエル

 搭載、運用の許可が届いたんだ。

 軽く、お祝いが待ってるんだけど?


 黒崎はニンマリと嫌らしく笑った。


「俺、メインスポンサーの御曹司さま、なんだろ?」


 まあ、いいか。

 嫌味な物言いしてる割に、

 こまめにいろいろ動いてくれてるしな。

 うちの騎士団じゃないのに。


 えーと、鋼谷さんに連絡入れとかないと……

 ごめん、急用入っちゃって。

 夕飯一人で食べといて。


 連絡を終えると、目の前の黒崎が複雑な表情を浮かべていた。


「お前、あの鋼谷さん相手だろ?

 何でアツアツ新婚家庭かラブラブ同棲中みたいな電話してんだ」


 ああ、知らなきゃ、そう見えるのか。

 飯、美味いんだよね。


「長年のトップリーグ張った騎士に、何させてんだ。

 ……お前もトップリーガーか」


 こめかみを押さえて、失礼な奴だな。

 議論セッション反省会レビュー研究カンファレンス、きっちりやってるわ。

 リターンマッチまで1カ月切った身で作戦らしい作戦が、まだ浮かんでねえけどな。


 大地は黒崎にせかされて車に乗り込んだ。


 堂々巡りの大地をよそに、


 世界の時間は、粛々と進んでいく――

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