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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第四章 地殻の変動、絶え間なき再編
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第28話「嵐にこそ、草原を見よ」

 敗北こそ、


  自分自身を深く知る鏡――


【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】


 鋼谷琢磨宅。


 そういやさ、鋼谷さんって結婚とか、してないの?

 トップリーガー長かったんなら、引く手あまたでしょ?」


 キツネにつままれたような顔をした鋼谷だが、言うか言うまいか少し迷った。


「……こちらに移住するって話をしたら、

 泣かれてしまってな」


 聞いてまずいところを踏んでしまったと気づいたが、今さら引くのも拙いか、と大地が気の乗らない相槌をうった。


「離婚と言われたが、子供のこともある。

 何とか宥めて、今は別居中で落ち着いてる」


 とりあえず最後まで説明したものの、気まずい空気を感じた鋼谷は、ごまかすためにテレビを点けた。


『はりぼての28連勝、崩壊――』


『赤銅騎士団による、神話作りの興行戦略に疑問の声』


『いやー、どうにもおかしな勝ち方ばっかだったしねー。

 これ、映ってる?』


 最悪なテレビニュースが流れていた。


 チャンネルを変えても変えても、嫌な番組ばかり。


 帰国直後は、英雄扱いされていた。


 それが、ここまであからさまに、掌を返せるものか――


 客分である鋼谷からすれば、他所の星環群の反応である。


 放っておけばよいのだが、腹が立ってきた。


 しかし、自分までが激高しては大地の立つ瀬がない――


「いちいち、気にするな」


 あえて軽い口調の鋼谷。


 自分が点けたテレビであったが、諦めてビデオに切り替えた。


 以前に観たプロレスの続きから始まる。


 大地は、そっぽを向いていた。


 ……知らんがな。


 大地は勢い良くソファから立ち上がった。


 それより、飯にしようよ。

 晩飯は、鋼谷さんの番でしょ?

 鋼谷さんの料理、俺、好きなんだよ。


 大地が強引に話を切った。


 鋼谷はおどけた大地の顔を見つめ、それから苦笑した。


 テレビ画面の中では、覆面レスラーがもう一人にバックドロップを仕掛けて、フォールしていた。


「……ワン、ツー、スリー。そうだな、終了だ」





 赤銅騎士団事務所。


 数日前から、テレビはどこの番組も赤銅騎士団、沖大地を貶める内容ばかりだ。

 当初こそSNSで大地をかばう言動もあったものの、今ではテレビに流されて反・大地一色に染まっている。

 普段はオールドメディアとか莫迦にしているくせに、SNS上でインフルエンサーがテレビの意見に乗ったとたん、流行に乗り遅れるなとばかりに見事なまでの思想軸のないエコーチェンバーを起こしていた。

 希倫は家に一人でいると危ないからと昨日から事務所に引き取られていた。

 事務所でも抗議の電話が鳴りやまない。

 激しいノックの音がした。


 希倫がドアに向かう。

 白石は止めようとしたが、間に合わなかった。

 希倫がドアを開けた瞬間、思わず息を呑んだ。


 商店街で顔を見かける八百屋の店主、


 惣菜屋のおばちゃん、


 駅によくいるタクシー運転手、


 近所の学生たちまで……


 彼らが手にする幟には、


《大地を信じろ》


《赤銅騎士団は、終わらない》


《瑞穂の奇跡》


 北斗(星環群)の様子は、テレビニュースの通りなのかもしれない。


 でも、瑞穂の人たちは――


「ようやっとるよ、あいつは」


「次、やり返せばいいだけだよ」


「負けても、うちの代表に変わりはない」


「この前の試合、配信で店の売り上げが跳ねた。

 ありがとう」


 変なのも、混じっているけども。


 さらに彼らの脇には、有志・青年団と書かれた腕章をつけた男たちが自主的に整理をしていた。


「通行整理や野次馬は、こちらでどうにかします」


「報道関係は、裏口に回ってもらえ。

 表に張られたら近所にも迷惑だ」


 白石が訪問客たちに、大地は事務所におらず、休養中であると説明した。

 大地本人に未確認であるというのに、復帰に向けて始動しているとまで言い切って、ようやく帰ってもらえた。

 白石がドアを閉めると、希倫の目から我慢していた涙が溢れ出した。


「奥で、横になってなさい。

 ほとんど、寝ていないんでしょ」


 白石の言葉に、希倫は幼子のように頷いた。





【北斗星環群、和刻(工業星環)】


 承知工業本社。


 営業フロアの端末が、立て続けに呼び出し音を鳴らしていた。


「第2便、発注保留のメールです」


「南和刻精機、部品契約の見直しが来てます」


「3件、続けてキャンセルです」


 若い営業担当の声が震えている。


 つい最近まで、CU95SN-5シリーズの活躍で沸いていた空気が、まるで反転していた。


『うちは結果で買ってるんだ』


『悪いが、しばらく見合わせたい』


 取引先は、容赦なく叫んでくる。


 明確な数字に裏付けされた敗北は、試合終了後に市場まで流れ込んだのだ。


 機体性能差。


 損耗率。


 継戦能力不足。


 しかし――


 承知工業社長の承福裕次朗は檄を飛ばし続ける。


「投げ出すな。絶対に引くな」


「逃げる顧客にこそ、営業をかけろ」


「そのために開けた廃棄品シリーズ、CU95Sだ」


「ここで逃げたら、本当に終わりだ」


 裕次朗はそっと秘書を呼び、


「……都並さんに繋いでくれ」





【再び、北斗星環群、瑞穂(居住星環)】


 黒崎運輸本社。


 営業部長が端末を抱えて駆け込んだ。


「承知工業関連の持ち分、

 瑞穂の外で、かなり売りに出されています」


「赤銅騎士団のメインスポンサー継続、見直しも……」


 黒崎健吾は、苦笑いをした。

 次の展開が読めたからだ。


「ちっとは、面白がれんのかい。

 つまらん連中だの」


 御大、黒崎壮健の控えめな雷で、部屋の空気が止まった。


「市場が慌てて下げた時こそ、

 張る側が儲ける好機と見ろ」


 私生活において、壮健は非常に義理堅い。


 商売においても、それはいかんなく発揮されてもいる。


 だが、資本家としての合理性も十二分に持ち合わせている。


「本当に仕込んだことじゃないんだろうな?」


 健吾は、壮健にだけ聞こえるように疑いを口にした。


 壮健は、孫を見つめ返し、心底楽しそうに笑った。


「まだ、都並の坊主の足元にも及ばんか。

 あれは負けすら価値に変える」


 つまり、勝ちじゃ。


「駄洒落を聞きたかったわけじゃないんだ、社長」


 壮健が健吾を見る目が、孫を見る目から変わるのは、まだ少し先――





 大網商事おおあみしょうじ第1会議室。


「次戦、沖大地の復帰戦を、冠試合として名乗りを上げる」


 赤銅騎士団のオーナーである都並大網つなみ ひろみが宣言した。


「対戦相手はもちろん、高瀬長門。これ以外はありえない」


 会議室がどよめいた。


「試合会場は――」


 誰もがホームである遊架あすかと思って聞き流していた。


望澪もりの(星環群)の旭多あくた(廃棄星環)を第一候補とする」


 よりにもよって、高瀬長門の属する星環群。


 冠試合を申し出たスポンサーの権利である、対戦相手の優先指名権。

 ほかに試合会場の指定及び興行権。

 これを事実上、放棄するのに近い、敵地での開催。


 北斗星環群の、地域資本が、主導権を失うと。

 自分たちからわざわざ、共同体全体の敗北を受け入れろと。


 都並の言葉に、会議室がしんと静まり返った。


 ――敵地で、開催?


 ――向こうの有利を、こちらで買う意味は?


 しかし、誰も言葉を発せなかった。


 手放すのは、地元興行の収益だけではない。


 地域の誇り。


 商業地の人流。


 地元スポンサーの露出。


 交通物流。


 ほとんどが敵地へ差し出されることになる。


 大地の完敗で冷えた瑞穂全体に、さらに冷水を浴びせた――





『復帰が3か月先だってのは、まあ、わかる』


『何で、望澪もりの旭多あくたなんだよ』


『復帰戦なら、ホームである遊架あすかじゃないのか?』


『宇宙に架けられた、自由への拠点。

 星と星を繋ぐ橋。

 その願いが込められた星環だぞ。

 沖の復帰戦には、遊架こそがふさわしい』


 瑞穂の民のみならず、北斗の他星環の批判的だった者たちでさえ、そう口にした。


 都並は、その声を耳にするたびにせせら笑った。


 秘書は我慢しきれずになぜかホーム開催権を捨てるような真似をしたのか質問をぶつけた。


「だからこそ、だ」


 わからんかね、と都並は逆に首をかしげてみせた。


「落とされた場所で、落とし返す」


 都並の口元が、わずかに吊り上がる。


「これこそが、

 最も手っ取り早く価値を取り戻す手段なのだよ」


「……意趣返し、ではなく?」


「考えてもみろ。

 昨日まで大地くんを貶めていたその口で、

 どの舞台が復帰にふさわしいか、だと?」


 都並は小さく肩を揺らしていたが、やがて堪え切れなくなって高笑いを始めた。


「ほら、

 もう、北斗は取り返せたようなものだろう?」


 秘書は要領を得ないのか、はあ、とだけ答えた。


「これだけでも、

 冠試合の費用を持つ意味はあったというものだよ」


 このところの大地バッシングには、恣意的な情報操作の痕があった。

 出どころは、北斗総督あたり。


 仕掛けられた大地堕としの情報戦に対して、まともにやり返しては泥仕合になる恐れががあった。


 違う角度から、つまり流行熱のような即席アンチたちに別の餌を与えたのだ。


 安易に船に乗る者は、安易に船を乗り換える。


 後は、大地くんとそれから、愛しき騎士団の諸君。


 君たちの番だ――


 都並オーナーが大地に直電。


「気分は、どうだ?」


「まあまあ?」


「上々だ。早速だが、リターンマッチを用意する。うまくやれ」


 電話はそこで切れた。


 大地の第一声。


「……処刑の先延ばしじゃんよ」

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