第27話「腕に、覚えあり」
積み上げた正解を、冴え渡った直感が凌駕する。
答えは、地道に探すものである。
だが、正解は、唐突に降ってくる――。
【望澪星環群、旭田(廃棄星環)】
相手は、高瀬長門――
礼文慎に、感慨はない。
勝ち越している相手だ。
油断しなければ、星を落とすことはない。
高瀬が炎城志朗らを相手に神懸った勝ちを見せていた頃は、遠い過去の話だ。
《高瀬長門駆る『翠銀弓』 》
《礼文慎駆る『蒼炎山』 》
直前の高瀬VS沖戦のダイジェストが脳内に流れた。
イメージに流されてはならない――
騎士運がバランスを取りにきた――
高瀬は、そう捉えた
《奔流怒涛の荒飛沫――!!》
28連勝の大地を止めた高瀬に、今期、年間優勝を2連覇中の礼文が当てられる。
《そこ退けそこ退け、高瀬が通る!!》
今期戦績は前2年間で2敗。通算で2勝12敗。前期の初年度ともう1回しか勝ってない。
《天空翔ける海の神――!!》
会場はホームである旭田(廃棄星環)。
《高瀬――長門――!! 長門――!!》
ホーム開催は、騎士運のせめてもの恩情という意味だろう。
おまけに解説席には、望澪の新鋭、いや今や望澪の代表、杉原行成が座っていた。
沖を止めた後は、この高瀬に、花道を飾れと――
《今日のご神託は――》
高瀬は、操縦席内で集中している。
『翠銀弓』の操縦席は、いつも通り。
伏露のドーム会場から届く観客の声援に満ちている。
《高瀬長門が駆る『翠銀弓』
VS 現在第1位、礼文慎が駆る『蒼炎山』、ただいま開始です》
高瀬長門の両手が操縦桿に添えられた。
「不思議なものだね。
とても、クリアなんだ。宇宙に、ノイズがない」
ゆっくりとした、柔らかな呼吸音。
「礼文くん。
何か、吹っ切れたのかな……
以前のような迷いが見えない」
礼文の駆る『蒼炎山』が、高速で近づいてくる。
ただし、少し滑らかな弧を描く軌跡で。
「素晴らしい。
若者は本当に伸びが早い」
礼文の軌道、その先まで見切った高瀬は、迷いなく最初からニトロ機構に火を入れた。
機体の骨格が軋み、推進剤が爆ぜるように噴き上がった。
「お陰で――」
避ける挙動を許さない『翠銀弓』の大楯を構えた吶喊がそのままカウンターとなり、『蒼炎山』の腰椎(背骨ユニット)に深刻なダメージを与えた。
「読み切れた」
星環騎士艇の挙動を支える腰椎が砕かれては、礼文慎に成す術はなかった。
「降伏する」
シーズン最終戦でもなければ、対戦相手の高瀬は自分を追いかけてくる2位でもない。
無理をする場面ではなかった。
慎の奥歯が鳴った。
悔しく感じるかどうかは、別の話だ。
《『蒼炎山』の騎士、礼文慎が降参したため、
星環騎士戦規則の第3条第一項第2号に基づき、
『翠銀弓』の勝利です》
今日も、伏露のドーム会場に歓喜の声が鳴り響いた。
《今、ここにぃー、完全、復活ーーーっ。高瀬ぇっ!》
『長門ーーーっ!』
《高瀬ぇっ!》
『長門ーーーっ!』
《さあーーー、拍手を、打ち鳴らせえっ!》
【望澪星環群、伏露(居住星環)】
解説席席にいた杉原行成も、雷のような拍手を送った。
そして、ただ、何度も頷いた。
杉原は2年連続で年間2位。
高瀬は今日の勝ちでようやくランクインだ。
杉原はすでに高瀬を超えたとも言われている。
「高瀬―――っ」
少年ファンの頃に戻った杉原を、下を向いたままのアナウンサーは注意できなかった。
【北斗星環群、和刻(工業星環)】
承知工業本社 開発区画。
新型空気圧機動。
承福鉄平は、耳を疑った。
星環騎士艇の動きは、外装を外骨格として見立て、モーターと電磁力による関節駆動を伝達機関/筋肉として活動する。
「鉄平さん、
シャボンシェルター標準化にも噛んでましたよね?」
「……絡んで、な。
そのシャボンシェルターがどうした?」
「着想は一緒です。
外装をそのままに騎士艇の馬力を上げるには、
モーターの断面積を増やす必要があって
どうしたって、特に末端関節には空間が足りない」
「で、空気圧? 構造材が持たんだろ」
「ええ、長期間運用はね」
「じゃあ、机上の空論じゃないか」
「まだ、机上です。
でも、実現可能です。
星環騎士艇は、戦争に使うわけじゃない」
「……何を、当たり前のことを」
「鉄平さん、『閃きの承福』は、どこ行ったんです?
1回の戦闘時間に耐えられたら、交換すりゃいいんです」
「……続けてくれ」
「空気圧とは言ってますが、
中身は主にアンモニア分解で大量に発生する水素ですよ。
この水素をほぼ使い捨て前提で、
チューブ内を出し入れするってのが基本です」
「推進剤の液体水素を、そのまま筋肉駆動に置き換えるのか」
「瞬発力では、まだモーターや電磁力に譲ります。
ここはまだ開発の余地ありです。
でも、新型気圧機動の売りは、
しなやかで持続する超巨大なパワーです。
こいつは、星環騎士戦の歴史を大きく塗り替えますよ」
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
鋼谷宅。
そこに現れたのは――
都並大網。
赤銅騎士団のオーナーである。
都並の姿を目にした大地は、顔をそむけた。
何も知らない鋼谷は、都並を歓迎して中に誘った。
「済まない、そんなに予定が空いてなくてね。
時間も取らせない」
都並は大地だけを外に誘った。
「悪いね、鋼谷君。
悪いようにはしないから、少し、二人だけにしてくれ」
都並は乗ってきた車を運転手兼護衛ごと置き去りにして、大地を連れて歩き始めた。
50メートルほど進んでも、都並は何も言わない。
「……クビ、ですか?」
大地は自分から切り出した。
少し、弱気になっていたのだろう。
都並は軽く笑い飛ばした。
「大地くん、
君は、自分の商品価値を理解してない」
都並は周りを見回した。
近くに誰もいないことを確認してから、
「負けたらやめろ、
確かに、言った」
都並は、慎重に言葉を選んだ。
「……正体不明だったからな、君は。
だが、価値は十分見せてもらった」
数秒の沈黙。
「改めて、言わせてほしい」
都並は、大地に右手を差し出した。
「大地くんが欲しい。
ああ、君の腕だ。
是非とも」
巨大資本、大網商事を筆頭とする大網グループの総帥。
交渉や契約なら、誰か代理を立てれば済む立場。
それくらいは、大地に理解できている。
大事過ぎて、逃げ出したくなってくる。
もちろん今までは金を稼ぎたいが、負ければクビという軽さもあった。
前回は、死の淵を除いた。
都並の姿を見たときは、この騎士生活も終わりかと思った反面、どこかで安心もしていたのだ。
「正式な、契約を結びたい。
もちろん……」
都並からトップリーガーとして十二分な額を保証された。
なら、是非もない。
俺の腕、売ります――
ここに、二人の騎士が復活した。
運命の糸はまだ、緩まず――




