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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第三章 地熱の胎動、堅牢なる盤石
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幕間「瑠璃色の大地から見上げる月」

 月を見ていた――



■星環連合編纂局 公開歴史資料


《地球退避期および窒素採掘政策史 概要版》



【第一期:窒素戦争期】

 星環暦以前/地球末期。

 地球末期における国家間総力戦は、従来の殺傷兵器から環境破壊兵器へと急速に移行した。

 その中核を担ったのが、広域窒素循環攪乱兵器群である。

 当該兵器は大気中に大量のアンモニア等の窒素酸化物の発生を目的とした前駆化合物プリカーサーを大量散布した。これらは、降雨・降雪・粉塵沈着を通じて地表へ長期蓄積した。

 これにより地球規模で土壌微生物系が崩壊し、主要農耕地帯の大半が数十年単位で使用不能となった。


【第二期:地球退避計画】

 地球末期~星環暦初頭

 地球環境の急速な悪化に伴い、各国家連合および企業共同体は軌道上大型居住施設建設計画を開始した。

 これらが後の星環群の原型となる。

 当初の名目は一時避難施設であったが、地球環境回復予測が複数世紀単位に達したことから、恒久居住化が決定された。

 退避対象は主として、技術者、行政官僚、軍事要員、基幹産業従事者、選定された家族単位市民に限定され、地球上におよそ6割以上の人類が残された。

 正確な残留人口は未確定であるが、文明史上最大規模の見殺し政策として現在も倫理論争の対象となっている。


【第三期:母星資源化政策】

 星環暦初期

 星環定住後、最大の問題となったのは窒素循環資源の確保であった。

 閉鎖生態系において窒素は、文明を担う戦略物資である。

 しかし、宇宙空間からの窒素採取は極めて高コストであり、星環群単独での長期維持は困難と判断された。

 これに対し、地球地表には過去戦争由来の窒素化合物が膨大に蓄積していた。

 これを受け、連合前身政府は、『地球窒素回収政策』を制定することとなった。

 歴史学上、本体制は文明延命の基盤である一方、「人類の故郷をただの鉱山に変えた」という象徴的批判を現在も受け続けている。


【第四期:地球採掘時代】

 地球は文明発祥の地としての意味を失い、資源供給惑星として運用された。

 主な採掘物として、アンモニウム塩結晶、硝酸塩堆積層、有機窒素泥層ほか。

 これらは軌道エレベータ跡地および打上港から星環各市へ輸送されている。


 地球を見る目は、故郷を憧憬するものではなかった。

 最早、ただの窒素資源採掘場――





 月を見ていた――


「月なんか見て、どうした?」


 壁面の大型モニターに映しだされた満月を見つめている大地に、買い物から戻った鋼谷が尋ねた。


 ……何となく?


 月のことなど、大地は今まで気にしたこともなかった。

 鋼谷のブックマークライブラリの中には、古典ものが多かった。

 暇にあかせていろいろと漁っていたら、この月の映像に行き当たったのだ。


 鋼谷さんは、いつも、これを見てたの?


「たまに、かな。

 頭を空っぽにしたいときとか、眺めてる。

 BGMも、時々流れてくる詩も、

 懐かしい気持ちにしてくれる」


「瑠璃色の地球、とか言ってるぞ」


 鋼谷は苦笑した。


「知ってるが、俺の編集じゃない。

 でも、いい歌だろ?」


「……月も、地球も見たことない」


 大地も、さすがに何も感じないというほどにデリカシーがないわけではない。


「俺も、月どころか地球を直に見たことはない」


 鋼谷は大地をソファに誘うと、テーブルに炭酸飲料とトリプルバーガーを並べた。


「詩に出てきた……」


 トリプルバーガーを一口だけ齧り、先ほどまで見ていた月の動画集を見て感じた疑問を鋼谷にぶつけることにした。


「古代日本の歌には、

 行けもしない月に憧れた詩がいっぱい……」


「そうだな」


「月に行くために、人生を賭けた人たちの話も……」


「ああ」


 大地はいったん区切った。


 自分で感じたもやもやを、どんな言葉にすれば伝わるのか――


「その頃の地球、古代の日本も含めてだけど、

 今の地球ほどに住むのが辛い環境じゃ、なかったよね?

 こんな、命削って住むような場所じゃなかったんだろ」


 満月の光が、二人の横顔を白く照らしていた。


「なんで、そんな星を捨ててまで宇宙に出たんだ?」


 鋼谷は手にした炭酸飲料を飲み干した。


「……辛くなった、というより、辛くした、が近いかもな」


 大地が顔を上げた。


 鋼谷はモニターを見たまま続けた。


 画面には、


 『Moon of the Unforgotten』


 忘れじの月、という題名の空想小説スペースオペラの一説が流れている――


「地球は元々、人間が生きるには十分すぎる星だった。

 だが、人間が増えすぎた。

 国も増えた。

 欲しいものも、増えた」


 鋼谷は一拍、置いた。


「土地、水、食糧、資源。

 取り合えば、最後は戦争になる」


 再びトリプルバーガーに伸びた大地の手が止まった。


「地球でも……

 宇宙に逃げたって話は聞いてたけど。

 助かった連中が、残った奴らの星を掘ってる。

 それで回ってる俺たちの文明って、

 最初から、壊れてたんじゃないのか」


 大地は政治家ではない。


 制度より、理屈より先に、筋の悪さを感じてしまう。


「正しかったとは、誰も言い切れない。

 だが、あの時代の人たちは、

 そうするしかなかったんだろう。

 その時代を知らない俺たちが、その、何だ……

 必死に生き延びようとした連中まで責めるのは、

 さすがに、筋が違わないか?」


 鋼谷にそう言われれば、大地にはもう返す言葉がなかった。


 納得したわけではない。


 これ以上の問いをぶつけるには、相手が違うことだけはわかってしまった。


 鋼谷は大人として、大地の疑問に答えようとしたが、そもそも当事者ではないのだ。


「この月は、観られないんだね。

 地球から、月を見上げてみたかった」


 大地に自由に見ていいとは言ったが、こいつは気分転換にならなかったようだ。


「だから、せめて歌とかにしたりして、

 届かないものを、届く形に変えてきたんだろうな」


(とはいえ、若い奴が何が好きかなんて、わかんねえからな)


 とりあえず、鋼谷は自分の趣味から選んで材料を提供することにした。


「なあ、大地、頭を空っぽにするなら、こっちはどうかな。

 『プロレス』っていってな……」



 月を見上げてみたいと思った――

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