第24話「望惹無尽」
札勝負だったら、降伏
騎士戦だから、勝負――
無機質な開始ブザーが、互いの操縦席内に響いた。
だが、どちらも動かない。
初動から『翠銀弓』が最高加速で間合いを潰し、『赤銅鬼Ⅱ』を一撃圏内へ追い込むのだと、誰もがそういう展開になると考えていた。
ところが、高瀬までもが動かない。
やがて、『赤銅鬼Ⅱ』は細かく刻むように位置を変えた。
推進は大きく吹かさない。
姿勢制御もわずかに、微妙に直線ではない軌道で『翠銀弓』を誘う。
しかし、『翠銀弓』は微動だにしない。
大地は、わずかに息を吐いた。
……安易な誘いには、乗ってくれませんか。
どの道、この広い無重力空間で、あの『翠銀弓』に打てる手は少ない。
しょうがないなあ。
大地は腹をくくって、サブモニターに目を向けた。
視線の先は、廃棄星環、旭多。
鈍色の外壁が、遠くに浮かんでいる。
大地は、露骨に『赤銅鬼Ⅱ』の進路を旭多へ向けた。
見え見えの誘い。
しかしあえて、読み合いさえ捨てた。
性能差があり過ぎて、こちらの起動を気にも留めていないなら、フェイントやフェイクに意味がない。
乗ってこないなら、乗らざるを得なくなっていただきましょうか。
『赤銅鬼Ⅱ』は『翠銀弓』を置き去りにして、一気に旭多に向かっていく。
「そう、旭多を使うしか、ないよな」
高瀬は、モニター越しに『赤銅鬼Ⅱ』を見ていた。
「外壁を選ぶなら、そのまま墓場にしてやる」
その口元が、わずかに歪む。
「ベイエリアなら、地獄を見せてやる」
サードリーグ。
文明の死骸と宇宙の境目における戦闘。
そこを経験せずに、トップリーグへ上がった者はいない。
高瀬は掌を開いては、操縦桿を何度も握りなおした。
そして自分のタイミングを図りつつ、チラチラと計器に目をやった。
低重力。
壁面反射。
狭隘空間。
そのすべてを、高瀬は知っている。
「推力差は、宇宙よりも、
低重力下でこそ、絶対だ」
『翠銀弓』の推進系が、低く唸った。
観戦室で、杉原行成が眉をひそめた。
「……相手の誘いに、わざわざ乗る?」
旭多へ誘う『赤銅鬼Ⅱ』の狙いは明白だ。
限定された空間であれば『翠銀弓』の脚は奪える。
しかし――
「『翠銀弓』のスピードなら、簡単に撃ち抜けるのに……」
まだ、高瀬は動かない。
杉原は小さく首を振った。
「何をしてるんだ、高瀬さんっ」
相手に合わせなくたって、いいだろう――
大地の喉が鳴った。
旭多のベイエリアはもう目の前だ。
「……待たせたな」
高瀬がスロットルをいきなり全開にした。
超加速。
これこそが『翠銀弓』の本領発揮。
加速開始のわずか数秒で最高速度到達。
距離を空けた2体の差が見る見る縮まっていった。
そして、吶喊の直撃をかわそうとした『赤銅鬼Ⅱ』を広げた腕で巻き込み、旭多の旧ベイエリア付近にもろともに突っ込んだ。
ドームの観客が一斉に沸いた。
「来たー、高瀬の吶喊占い!」
「どうよ、どうよ、大吉か? 大凶か?」
これがあるから、高瀬はやめられない。
『タカセ、タカセ、タカセ――』
自然発生する高瀬コール。
大画面には、伏した『赤銅鬼Ⅱ』と、ゆっくりと立ち上がる『翠銀弓』の姿が大写しになった。
まだ勝負はついていない。
だが、観客はガッツポーズで高瀬の勝利を確信している。
高瀬の調子次第の吶喊占い――大当たりの予感だ。
「今日は、キレキレの方か。……最悪だ」
関係者席の鋼谷が首を振った。
鋼谷の脳裏に、昨夜の大地の言葉が蘇る。
遅くまでの鋼谷との打ち合わせで、大地は珍しく言葉を濁していた。
「場外が駄目なら、
廃棄星環を背にするしかなさそう……」
大地はそこで小首をかしげた。
「……でも、それって、
そのまま叩きつけられたら、冗談ごとじゃ済まない」
鋼谷は黙ったまま、大地を見ていた。
「というか、
さすがに廃棄星環まで突っ込んでくることはないよね。
何を企んでいるか、見え見えだし」
こちらが手も足も出ない最高加速、最高速度、場外際をものともしない技能。
「向こうの武器を、一つ奪う」
なら、最高速度にさせない方向で。
廃棄星環のコア部分、旧ベイエリア。
「ベイエリアでもいいけど、
できれば、その先に行きたいなあ。
乗ってくるかな?」
「高瀬は場外際をものともしない。
だが、それだけじゃない。
自分の戦いそのものをルーレットにおいて、
得られるスリルを好んでいるふしがある。
なにより、今回は高瀬側から仕掛けた冠試合。
高瀬は、大地に勝って終わらなければならない。
大地が引けば、追わざるを得ないはず」
はず、だけで計略を組みたくないなあ……
問題はベイエリア区画まで見逃してくれるかってことだよな……
その嫌な予感が、今まさに目の前で現実になろうとしていた。
高瀬が来る時は、こちらの想定を超える――
画面では『翠銀弓』がショートスピアを盾に収納するところだった。
大地の『赤銅鬼Ⅱ』はまだ動けない。
鋼谷は何もできない自分に歯ぎしりをした。
収納されたメイン兵装に代わり、近接兵装のレイピアが――
「感謝する。貴様が外壁を選んでいたなら、そのまま処刑執行であった」
『翠銀弓』の近接兵装、レイピアが『赤銅鬼Ⅱ』の肩を貫いた。
がぁぁぁっ!
衝撃が操縦席の大地まで伝わる。
観客のコールが鳴り響く操縦席で、高瀬は凄みのある笑みを浮かべた。
「ここなら……」
決闘にしてやれる――
望惹無尽――
強く惹かれるものに、我を忘れて没頭せよ――




