第25話「泥濘に眠れ」
「Two go in. Two come out.」
物騒な算数は、いらない――
「Two go in. Two come out.」
引き算なしに二人で戻る――
『赤銅鬼Ⅱ』は蹴りで強引に『翠銀弓』から距離を取った。
レイピアを刺された右肩、右腕はまだ動く。
まだ、大丈夫。
やや損傷した姿勢制御スラスターを細かく刻みながら、『赤銅鬼Ⅱ』の機体をベイエリアのさらに奥へと滑り込ませた。
さすがに狭い。
だが、ここまで誘い込めたら『翠銀弓』の脚は確実に死ぬ。
大地の目が鋭くなる。
来い。
餌に誘われた『翠銀弓』が追ってきた。
来るしかないよね。地元だもの。
大地がそう思った、次の瞬間。
突然『翠銀弓』の機体が、大きく迫ってきた。
まさか、こんな狭い場所でっ?
高瀬は、大地をベイエリアの奥にあえて行かせたのだ。
「狭いからこそ、避けようもないだろう?」
低い駆動音。
直後、機体全体を震わせる爆発的加速。
「ハハァッー」
ニトロ機構点火。
ただでさえ大推力の『翠銀弓』をさらに上乗せする悪魔的な暴走。
狭隘空間の中であるにもかかわらず、『翠銀弓』が常識ごと踏み潰して吶喊してくる。
ベイエリアの、奥だぞ?
大地の顔が引きつった。
頭、どうなってんだよっ
レイピアの一閃が、鈍い金属音とともに『赤銅鬼Ⅱ』の脚部を貫いた。
次の瞬間、右脚の駆動系が完全に沈黙する。
機体は支えを失い、低重力下の床面へと大きく尻もちをついた。
衝撃が操縦席を突き抜け、大地の身体を激しく揺らす。
莫迦野郎っ――
『赤銅鬼Ⅱ』の操縦席内の警告灯が一斉に赤く染まった。
正面を移すモニターは悠然とレイピアを引き抜く『翠銀弓』を映している。
高瀬から通信が入った。
降伏勧告でもするつもりだろうか。
「私の脚を奪うつもりだったか」
冷たく響く声。
わずかな嘲笑が混じっている。
「舞台を選んだつもりだったか?」
低重力のベイエリア。
大地が勝負の舞台として選んだ空間。
その意味ごとを、高瀬は一撃で潰してしまったのだ。
脚がなければ、重力も。地面も活かせない。
大地は歯を食いしばった。
脚は死んだ。
だが、まだ――
二匹の鋼鉄の蛇が『赤銅鬼Ⅱ』の左右の腕から奔った――
電磁界誘導によるありえない高速での万力鎖発射。
最後の足掻きを高瀬は鼻であしらい、『翠銀弓』の身を捻って優雅に躱した。
勝ちを確信したかのように『翠銀弓』が『赤銅鬼Ⅱ』に滑るように近づいてくる。
だが、その瞬間こそが大地の狙い――
大地の目が細くなった。
『赤銅鬼Ⅱ』の両腕に仕込まれた巻取り機構を限界いっぱいまで稼働させた。
『翠銀弓』の左右へ抜けた鎖が、一気に引き戻される。
テンションいっぱいの鎖がベイエリアの鋼骨の一本を噛んだ。
引き戻しを加えた慣性により、二本の鎖が空中で螺旋軌道を描いた。
二本の鎖は、勢いを加速し、『翠銀弓』の背後にあった鋼骨もろともに絡みついていく。
投擲した鎖は、外されたのではない。
『翠銀弓』自身の回避動作そのものが、罠の一部――
『赤銅鬼Ⅱ』から放たれた左右二本の鎖は、低重力ゆえに慣性を失わず、『翠銀弓』に巻き付くほどに吸い寄せられるように加速を増し、交差しながら旋回する。
「取ったっ」
大地の口元がわずかに上がる。
《翠銀弓、拘束されたか?!》
観客席が大きくどよめいた。
『おおっ――!?』
一方的に終わるかと思われたが、やるじゃないか。
そんな空気が生まれた。
関係者席で、鋼谷琢磨が両手を引き寄せて小さくガッツポーズを作った。
昨夜、大地と詰めた正真正銘、最後の一手。
接近を許した『翠銀弓』をベイエリアの鋼骨ごと絡め取ったのだ。
相手の回避を前提に練りに練った拘束戦術、
名付けて『燕返し』。
「……ようし」
さすがの『翠銀弓』も拘束してしまえば、性能に劣る『赤銅鬼Ⅱ』に活路がある。
だが、鋼谷の拳が解けるより早く――
『翠銀弓』の機体軸が、不自然なほど滑らかに捻れた。
ロール回転。
そして、そのままスラスター全開で上方へ飛び出す。
高瀬は巻き付きかけた鎖を、回転しなが機体軸をずらして抜けだした。
獲物を失った鎖は、虚しく床面へ叩きつけられた。
「手癖が悪い。お灸を据えてやる」
高瀬は、低く唸った。
回転上昇の勢いを殺さぬまま、『翠銀弓』は一気に機首を返す。
まるで墜落のような急降下。
白銀の機体が一直線に迫る。
これも、速い。
そもそも、尻もちをついて動けない『赤銅鬼Ⅱ』には防ぐ術はない。
『翠銀弓』のレイピアが、『赤銅鬼Ⅱ』の胸元へ吸い込まれた。
捻りを加えた打突。
抉り取る一撃。
胸部装甲が悲鳴を上げて裂け、上半身の機構が大きく吹き飛んだ。
警告灯が爆発的に赤を増した。
《『赤銅鬼Ⅱ』の機能不全が全体機能の50%以上に達したため、
星環騎士戦規則第3条第一項第3号に基づき、『翠銀弓』の勝利です》
無機質なアナウンスが、歓声に重なる。
『タカセ! タカセ! タカセ――!!』
関係者席で、杉原行成が小さく両手を打ち合わせた。
「……さすがだ。
子供のころに見た高瀬さんと、変わらない」
ランキングでは、もう自分が上にいる。
それでも、胸の奥がわずかに熱くなるのを、杉原はどうしても抑えきれなかった。
何度もうなづく目に、かすかな光が浮かんでいた。
操縦席の中で、大地は痛むわき腹を押さえた。
苦しい呼吸のたびに、意識が遠のきかける。
肋骨が、少なくとも複数本逝っている。
息が浅くなる。
痛みと敗北感が、遅れて全身へ広がった。
自嘲気味に大地の口から、乾いた笑いが漏れた。
……勝てるか、こんな化け物。
誰にも届かない、小さなかすれ声――
運営事務局職員「バイタルサイン、トリアージ、赤寄りの黄色」
白石「大地くん、大地くん、返事して」
鋼谷「大地……」
承知工業のエンジニアリーダー、承福鉄平、
『赤銅鬼Ⅱ』と『翠銀弓』の絶望的な性能の差に愕然と立ち尽くした――




