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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第三章 地熱の胎動、堅牢なる盤石
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第23話「逸閃と銀芒」

 世界が止まり――


  俺が動く――


望澪もりの星環群、伏露ふくろ(居住星環)】


 「高瀬VS大地」の3日前。


 澪和航空が押さえたホテルの近く、港湾区画に近い古い食堂。

 窓の外には、巨大なドックリングが青白い灯りを帯びて浮かんでいる。

 試合告知のホログラム広告が、何度も同じ名を流していた。


《高瀬長門 凱旋試合》


《対 沖大地》


 店内の客も、その話でもちきりだった。


「今回は、長門の圧勝だな」


「山猿が、何秒持つか賭けるか?」


 聞こえないふりをして、大地はテーブルの上の端末を睨んだ。

 映っているのは新型機の試算データ。

 『赤銅鬼Ⅱ』の性能表だった。

 合わせて高瀬の駆る『翠銀弓すいぎんきゅう』のデータも並べてみた。


 ……マイナーチェンジでどうにかなる相手かな」


 大地がぼそりと漏らす。


 推力比6倍って何だよ。

 軽四輪とスポーツカーでも、まだましだぞ。


 向かいに座る鋼谷は、チーズバーガーを半分ほど食べたところで手を止めた。


「……『鎧土龍よろいもぐら』と比べても2倍近い差がある」


 低い声だった。


「しかも、高瀬が乗っている時点で数字以上に厄介だ」


 端末を引き寄せ、過去映像を再生する。

 高速起動。

 急旋回。

 ドリフトしながらの盾吶喊。

 どれも通常の星環騎士なら制御を失って当然の軌道だった。


「ノっている時の高瀬は、モトクロスレーサーみたいなもんだ。

 普通なら転倒するラインを、そのまま踏み抜いてくる」


 映像の中の高瀬機が、リング外周ぎりぎりを高速で滑り抜ける。


「……逆に、その推力に自分で振り回される回もある」


 つまり?


「読めん」


 鋼谷は言い切った。


「調子の波が大きすぎる。

 理屈で組んだ作戦が、その日の高瀬には通じないことがある」


 大地は天を仰いだ。


 調子が悪い時を想定しないと、作戦すら組めねえ……


「逆だ」


 鋼谷は即座に否定した。


「調子が悪い時を前提に組むな。

 あいつ相手にそれをやると、詰む」


 その一言で空気が変わる。

 食堂のざわめきが遠くなったように感じた。


「お前だから言うが、相性としては最悪だ」


 鋼谷の目が大地を捉える。


「星環騎士の中で最高加速、最高速度。そして――」


 映像を止める。

 場外線ぎりぎりで、盾を構えた高瀬の機体。


「ライン際でも、それを使いこなす度胸がある」


 ライン際?


「相手が躱すとか、考えてない」


 鋼谷は断言した。


「場外を背負っていようが、最高速でブチかましてくる」


 ……は?


 鋼谷は端末を操作して、過去の自分と高瀬の対戦切り抜き動画を大地に見せた。


「ここ、高瀬と俺を結ぶ線、俺の背後にはすぐ場外だ。

 この時、高瀬は1度場外に出てしまっている。

 俺は0回だ」


 つまり、諸共に押し出した場合は自動的に高瀬の負けだ。

 絶対に仕掛けてはいけない場面である。

 高瀬の『翠銀弓すいぎんきゅう』が出す吶喊速度が異常だった。


「普通の騎士なら、そこで一瞬ためらう。

 高瀬にはそれがない」


 大地は黙った。


 画面では、『翠銀弓すいぎんきゅう』があり得ないドリフトで『鎧土龍よろいもぐら』に盾ごと体当たりをかまして行動不能にしていた。


「場外を背負えば吶喊してこない――

 そんな読みは捨てろ」


 鋼谷はバーガーの包み紙を畳みながら言う。


「むしろ、そこを狙ってくる」


 大地は無言で伏露名物のサバサンドにかじりついた。

 脂の乗った切り身にしみ込んだ塩気が口に広がる。

 だが、食べている気がしなかった。


 ……どう仕掛けたらいいもんかね。


 窓の外では、高瀬長門のホログラムが何度も繰り返し映し出されていた。


《そこ退け、そこ退け、高瀬が通る!》


 ホント、退けるものなら、退きてえよ。





 同じく伏露ふくろの一角。


 夜景を背に、高瀬は端末の画面越しに対話をしていた。

 相手は杉原行成すぎはらゆきなり

 トップリーグでも三指に入ると評される騎士。

 そして、高瀬に憧れてこの世界へ飛び込んだ男だった。


『……あんなのと指名試合?』


 通信越しに、杉原の声がわずかに強張る。

 そして、露骨に顔をしかめてもいる。


『一言、相談してくれたら、

 あなたが出るまでもなく、こちらで――』


「慣らしてはいけない」


 高瀬は即座に言葉を断った。

 一瞬、画面の向こうの杉原が沈黙した。


『……慣らす?』


「あの山猿は、初手から潰さねばならない」


 高瀬の声は低く、しかし熱を帯びていた。


「鋼谷ではなく、私が最初から行くべきだったのだ」


 その声音に、杉原は一拍置いた。


『……そこまでですか』


「沖だけではない」


 高瀬は窓の外、夜景の灯りを見下ろした。


「他の騎士が、10年先まで

 トップリーグに所属したくなくなるような――」


 数拍おいて。


「そんな仕合をする」


 杉原が小さく息を飲む気配がした。

 相手の存在そのものをへし折るぞと。


『……入れ込み過ぎないでください』


 杉原の声が少し柔らかくなった。


『事故って、そういう時に起きるものです』


 高瀬は苦笑した。


「済まない」


 壁の時計に目をやると、あと2分で食事の時間だったのだ。

 熱が入り込んで、柄にもなく話し込んでしまった。


「妻に時間厳守をさせている手前、

 私が遅れるわけにはいかないのでね」


 あまりにも日常的な言葉に、杉原が一瞬言葉を失う。

 だが、あまりにも高瀬らしかった。

 極限の執着と、寸分違わぬ生活規律。


『……ああ』


 杉原はいつもの高瀬に安心して微笑みを浮かべた。


『試合、期待してる』





 そして、仕合当日。


 廃棄星環――旭多あくた


 使われなくなった居住ブロックの骨格が、暗い宇宙に無数の影を落としている。

 かつて栄華を誇った都市の残骸は、今やトップリーグの闘技場として再利用されていた。

 かたや、試合中継の主会場、伏露ふくろのドーム。

 高瀬を観るためだけに、押すな押すなの大盛況。

 10万人収容のドームを競技観戦施設として開放しているのだ。

 そのドームの照明が一斉に落ちた。

 10万人分のどよめきの後、静寂。

 次の瞬間、光が奔った。


澪和みわ航空、プレゼンツ――!!》


 高瀬長門駆る『翠銀弓すいぎんきゅう』。


 沖大地駆る『赤銅鬼』。


 それぞれのビッグポスター映像がドームの中央に浮かび上がった。


 MCの声がドーム全体を揺らす。


奔流怒涛ほんりゆうどとう荒飛沫あらしぶき――!!》


 巻き舌混じりの絶叫に、観客席が爆ぜる。


《そこ退けそこ退け、高瀬が通る!!》


天空翔あまかける海の神――!!》


《高瀬――長門――!! 長門――!!》


 コールが波のように反復する。

 歓声はすでに祈りに近い。





 ドームの歓声は、遠く離れた高瀬の耳にも届いている。

 高瀬の信条――騎士は観客とともにある。

 騎士艇『翠銀弓』のコクピット内。

 高瀬長門は、微動だにせず座していた。

 両手は操縦桿に添えられたまま。

 呼吸は浅く、静かだ。

 だが、その静寂の奥で、感情は圧縮されている。

 押し殺している。


 怒りも。


 執着も。


 焦燥も。


 すべてを一点に押し込めている。

 爆ぜるために。


《今日のご神託は――》


 MCが大きく溜める。


《ん~~~~~~》


 ドーム全体が息を止めて爆発の時を待つ。


《誰だあああーーー!!》


 一瞬の沈黙。


 MCの目が大きく開く。

 その奥にあるのは熱ではない。

 冷え切った敵意だった。

 MCの声は低く沈み、その右手で『赤銅鬼』と大地のビッグポスターを指し示した。


「そう、お前……」


 操縦席で高瀬は小さく呟いた。

 視線の先にはモニターに映る『赤銅鬼』。


「その席は――」


 高瀬の唇が、わずかに動く。

 次の瞬間、開戦ブザーが鳴った。


 歓声と祈りを背に

 

 怪物と化した天才が宙を駆ける――

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