幕間「騎士改生(きしかいせい)」
絶望を乗り越え、死地から蘇る――
その名は――
コントロールルームは静まり返っていた。
トップリーグ関係者用の観戦室。
壁一面のモニター群を、高瀬長門は無機質な眼差しで追っている。
画面の中央には、さきほど敗れた鋼谷の機体が映っていた。
推進を失い、姿勢も保てないまま、慣性に引かれて戦域の底へ沈んでいく。
「鋼谷……」
その名に、感情はない。
「まがい物なりに、期待はしていたのだがな」
わずかな間。
「残ったのは、さらに純度の高いまがい物か」
それで終わりだった。
高瀬は視線を外す。
意識は、すでに次の光景へ向いている。
炎城志朗――紫若、不知火騎士団所属。
騎士艇『轟焔騎』
鮮やかな黄色と暗い橙の装甲を持つ機体。
本来、重盾を正面から破るのは愚策だ。
受け止められれば勢いは死に、その瞬間に崩される。
その『轟焔騎』が、爆ぜた。
加速という言葉では追いつかない。
『轟焔騎』が、推進光の尾を引きながら視界を横切る。
次の刹那、炎城はすでに標的の懐へと潜り込んでいる。
あったはずの距離が消えた。
対峙する騎士が、反射的に重盾を掲げた。
だが。
炎城の『轟焔騎』が盾に触れた瞬間――
受け止めた相手騎士の機体がわずかに沈み、衝撃を受け止めたように見える。
止めた。
そう見えたのは、一瞬だけだった。
次の瞬間、『轟焔騎』がそのまま前へ出る。
盾ごと、押し込む。
受けている騎士の機体が後ろへ滑る。
踏ん張る。だが、止まらない。
盾の中央が歪む。
フレームが軋み、装甲が裂ける。
黄色と橙の機体が、押し切る。
盾ごと騎士の機体を崩し、そのまま一直線に突き抜ける。
――遅れて、衝突音が炸裂した。
爆音の余韻が消えた直後、ドームは静寂に包まれた。
観客たちは、目の前で起きた現象を処理できず、ただモニターを凝視する。
やがて、濁流のようなどよめきが溢れ出した。
「速すぎる……何が起きたんだ」
「盾で防いでただろ? なんで崩れるんだよ!」
「見えなかった。光ったと思ったら、もう終わってた……」
声は乱れ、意味をなさない。
賭けの行方も、技術的な理屈も、誰も追いつけない。
ただ、観客たちの脳裏には、一つの光景だけが焼き付いていた。
――ねじ伏せるのみ。
喧騒から隔絶された部屋の奥底で、高瀬は静かに目を伏せた。
その唇が、薄く冷たい弧を描く。
炎城は、完成している。
「炎城志朗……終生のライバル、というわけだな」
その視線は、眼下の勝者には向いていない。
沖大地――
祝福されしまがいもの――
高瀬は、わずかに笑った。
「君が戻る前に、潰しておこう」
静寂が、再びルームを支配した。
その日、赤銅騎士団の事務所は少し緊張した空気に包まれていた。
今日から一人、増えるのだ。
先日、敵として戦ったトップリーガーが。
「紹介するわ。
今日からうちに入ることになった、鋼谷琢磨さん。
先日までトップリーグ所属、
この間対戦したところだから、知ってるわよね。
で、今日からうちのアドバイザーとして入ってもらうわ」
白石はそう言うと、邪魔にならないよう立ち位置を変えた。
鋼谷は一歩前に出て、周囲を一瞥し、頭を下げた。
「鋼谷です。
本日付でアドバイザーとして入ります。
よろしくお願いします」
大地が待ちきれない犬のように身を乗り出してきた。
勢いのまま、右手を差し出す。
鋼谷はその手を一瞬だけ見て、握り返した。
「おう。よろしくな」
鋼谷には気になることがあった。
「見たところ、大地しか騎士がいないようだが?」
皆から離れたところで、声を落として白石に尋ねてみた。
「……来ないのよ」
白石の返事はシンプルだった。
鋼谷は天を仰いだ。
「当座は俺がサブで登録するとして……
瑞穂は無理でも、北斗の中で、誰かいないのか?」
「あれを実際に見ると、みんな引いちゃうみたいで」
白石の視線の先に、『赤銅鬼』のポスターがある。
「……トップリーグでサブなしは、きついな」
少しの間を置いて、答えを絞り出した。
「俺も探す。
――居なけりゃ、育てるしかない」
白石は、少し張っていた肩の力を抜いた。
絶望を乗り越え、死地から蘇る――
棄てる愚者あれば、拾う賢者あり。




