幕間「宇宙船推進機構概説 その傾向と対策」
大地ならば、地面を蹴る。
宇宙ならば、何を蹴ればいい?
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■宇宙船推進仕様(基本構造説明)
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■1 推進方式
1.1 化学燃料推進
化学反応により生成された高温高圧ガスを噴射し推力を得る方式。
高推力・短時間加速に優れる。
主に戦闘機動・離脱・急制動に使用される。
1.2 磁気プラズマ推進
推進剤を電離し、電磁場により加速して噴射する方式。
高効率・長時間運用に適する。
巡航・姿勢制御・戦術機動に使用される。
本機では両方式を同一スラスター系統で運用可能とする。
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■2 推進剤
2.1 化学燃料由来
安定した組成を持つガスまたは金属蒸気を使用する。
短時間高推力を必要とする戦術機動時に適する。
※ここではロケットの推進剤(ニトロセルロース / ニトログリセリン)を使用したニトロ機構は別物とします。このニトロ機構と、かつてF1で使用されたニトロ(Nitrous Oxide System(亜酸化窒素によるもの))とは別物です。
2.2 金属由来
金属物質を蒸発・電離させ使用する。
巡航時の主推進剤として使用される。
宇宙戦争残骸などの金属資源は
処理工程を経て推進剤として利用可能である。
本仕様では
推進方式の追加ではなく
推進剤供給源の拡張として扱う。
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■3 推進切替機構
3.1 供給弁切替
推進剤供給系統を瞬時に変更可能とする。
3.2 高推力加速モード
化学燃料推進を優先使用する。
3.3 高効率巡航モード
磁気プラズマ推進を主として使用する。
本切替は戦術状況に応じ自動または手動で行われる。
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■4 推進ユニット配置
4.1 胴体中央
主燃料タンクおよび推進剤生成装置を配置。
4.2 肩部・背面
高出力可動スラスターを配置。
旋回・姿勢制御・戦闘機動を担う。
4.3 腰部・脚部
補助スラスターを配置。
姿勢安定および微加速に使用される。
4.4 頭部
観測装置および微調整用小型スラスターを配置。
精密姿勢制御を担当する。
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■星環騎士艇 推進配置概略図
[頭部ユニット]
微調整スラスター
▲
│
(首関節)
│
/ \
[肩スラスター] [肩スラスター]
360°回転機構 360°回転機構
\ /
[背面主推進]
主機動ベクトル
/ \
[腕部補助推進] [腕部補助推進]
姿勢補助/格闘安定 姿勢補助/格闘安定
│
[胴体中央炉]
燃料タンク
/ \
[腰部回転推進] [腰部回転推進]
回避機動核 回避機動核
/ \
[脚部姿勢制御] [脚部姿勢制御]
慣性制動 慣性制動
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■推進ベクトル思想図
↑
精密制御推進
← 旋回推進 旋回推進 →
●
主推進ベクトル
← 姿勢安定 姿勢安定 →
↓
慣性制動推進
なあ、健ちゃん。
結局のところさ、
この騎士艇ってどうやって進んでるんだ?
事務室の片隅で、大地がふと素朴な疑問を投げかけた。端末のキーを叩いていた竹島は、画面から目を離さずに問い返す。
「何って……推進剤の話?
それとも推進方式の話か?」
えーと、その……
なんて聞けばいいのかな。
「あー推進剤は、何を吐き出すか。
推進方式はその推進剤をどう加速させるか」
銃で言えば、弾丸が推進剤で、火薬が方式、そういえば伝わるのだが。
大地は眉間にしわを寄せ、小刻みに首を振った。
余計に分からなくなった、という顔だ。
竹島は小さく溜息をついた。
話が通じていない自覚はあるが、どこから崩すべきか測りかねているようだった。
……とりあえず、推進剤から教えてくれよ。
「通常は金属を電気で溶かしたものだ」
竹島としては極限まで噛み砕いたつもりだったが、大地の頭の上には巨大な疑問符が浮かんでいる。
金属を溶かす?
液体?
大地は考えるのをやめ、次の質問に逃げた。
じゃあ、推進方式の方は?
「磁力で、思い切り投げ飛ばすんだ。
磁気プラズマ推進って言ってな。
燃費が良くて、ずっと加速し続けられるのが利点だ」
燃費、という言葉が大地の意識を滑っていく。
緊急機動のときは?
「そっちは化学燃料だ。
一気にガスを爆発させて噴射する。
使用する燃料によって火力が違うんだが、
ニトロ機構は標準装備じゃないからな。
化学反応で一気に爆発させて――」
待って、健ちゃん。
状況によって機体の後方から違うものを出してるってこと?
「そうそう、分かってるじゃないか。
スラスターノズルは変わらない。
出す物質が切り替わるだけだ。
その辺はシステムが自動で制御するから、
お前は気にしなくていい」
気にしなくていい。
その一言で、大地の理解しようとする気持ちも萎えかける。
……えーと。
じゃあ、乗ってる側としては
何が変わるんだ?
「……質問の次元が変わったか?」
竹島は呆然とした。
技術的なプロセスを説明しているのに、体感の話にすり替えてきた。
だから、何が……
「……変わるのは、加速の質、かな。
プラズマはじわじわ速度が乗る。
化学は一瞬でトップスピードだ。
……これでいいか?」
大地は遠い目をした。
徐々に、どうでもよくなってきた。
……デブリは、何に使うの?
「お前、そこで働いてただろ」
竹島はわずかに苛立ちを滲ませた。
「選別して、資源化するんだよ」
一番肝心な推進剤の原料にするという説明が抜け落ちたまま、会話は平行線を辿る。
「……あのな、大地」
竹島は端末の電源を切り、真っ直ぐに大地を見た。
「お前は、俺たちと計器を信じろ」
大地は、事務室にいた白石に救いを求めて同じ質問を投げた。
「簡単に言うとね。
普通は背中を静かに押されている感じ。
急ぐときは後ろからドンと蹴られる感じかしら」
えーと……?
大地が間の抜けた声を出すと、白石は手を止め、椅子の向きを変えた。
「……まず、普段の方ね。
エレベーターって上りは特にだけど、
移動しているのが体感でわかりにくいでしょ?
あれね」
へえ?
「急ぐ方はね、
自分が止まっているとして、
後ろから押されて、体が前に出る感じ」
……ああ。わかる気がする。
「でね、その押すための材料が、普段と急ぐ時で違うのよ」
白石が手元で指をくるくると回すと、大地の目もつられてくるくる回る。
「普段のは、細かい金属の粒子みたいなものね」
金属?
「うん。でもこういう塊じゃなくて……」
白石は、自分の髪をまとめていた金属製の髪留めを取り出した。
大地の視線が、彼女の手元の、鈍く光る細い金属片に引きつけられる。
「この髪留めを、もっともっと細かくした粉末をイメージして」
うん。した。
「線香花火を見たことはない?
金属の粉が燃えると、パチパチ弾けるでしょ。
あの現象を利用しているの」
……わかる。
あの火花だよね。
白石は手元の髪留めを器用に操って、再び髪をまとめた。
「そう、花火は燃えて弾ける。
スラスターからは、その微細な金属粉を高速で撃ち出す。
無重力だから、真反対にも同じ力が……
万力鎖を宇宙で回してたんだから、これは分かるよね?」
わかる!
大地が身を乗り出す。
髪留めから、それが花火のように弾けて、推進力になるというイメージで、すとんと胸に落ちたようだった。
じゃあ、急ぐときの方は?
「そっちは燃料を燃やす、爆発かな?
液体が気体に変わると、体積はどうなる?」
……増える。
「そうね、
で、その増えた気体が……
風船を離したときに空気が出ていくでしょ。
風船が飛んでいくときの、あれ」
……あれか!
大地の顔が一気に明るくなった。
さすが白石さんだ。
すんげえ飲み込めたよ!
白石は得意げに笑った。
「ねえ、健ちゃん。
礼文って、どうしてあんな動きができるのかしら?」
騎士団事務所に遊びに来た希倫が休憩中の竹島にかねてからの質問をぶつけてみた。
「動きって、どのへんのこと?」
「なんて言えばいいのかな……
機体が止まっているように見えるのに、
瞬きをした隙に目の前にいるっていうか。
フレームレートが飛んだみたいに、急に距離が縮まって見えるのよね」
「視覚的なラグの話か」
竹島は足を止め、脳内の設計図をなぞるように人差し指を立てた。
「あれは単純な加速性能じゃない。
相手の駆動サイクルと自機の機動フェイズを同期させてるんだ。
予備動作の周波数をぶつけて、
相対的な観測値をゼロに固定していると言い換えてもいい」
希倫は眉間にしわを寄せ、あからさまに困った顔をした。
「……ごめん、健ちゃん。
一文字も入ってこないわ。
もうちょっと莫迦にも伝わる言葉にしてくれない?」
「ああ、悪い、技術屋の癖だ」
竹島は苦笑いして、少し言葉を探した。
「つまり、相手が動く予兆をセンサーより先に読み取って、
自分の動きをぴったり重ねているんだ。
相手が右に一センチ動いた瞬間、自分も一センチ詰める。
相手からすれば、景色が動いていないのに
自分だけが近づいてきたように錯覚する」
希倫は自分の経験の中から、似た感覚を手繰り寄せようと目を細めた。
「……あ、ノイズキャンセリングみたいなこと?
逆の波をぶつけて、音を消しちゃうみたいな」
「考えとしては近いね。
えー、並走する列車の窓から隣の列車を見ているとき、
速度が同じだと止まっているように見えるだろ?
あれを戦闘機動の中で、意図的にやってる」
「……自分から攻めているんじゃなくて、
相手の動きに乗っかってるのね?」
「あー、攻めてはいるんだ。
ただ、相手との機動とガッチリ噛み合わせているんだ。
予測行動と反射。訓練のたまものだよね」
希倫は、頭の中で礼文の静かな、しかし計算され尽くした残像を反芻した。
「……そっか。逃げられないんじゃなくて、外れないのね。
相手がどんなに動いても、ピタッと張り付いて離れない……」
「いい表現だね」
希倫は小さく息を吐き、ようやく得心がいったように頷いた。
「ええ、なんとなく分かった気がするわ」
どんな緻密な理論も、
駆る星環騎士にとっては
背中を押す圧以外の意味はない。
昔、数学の先生から、聞いた話。
「周りは一流大学の学生。
俺、どこにあるかから説明がいる三流大学。
教師採用試験での設問で
『生徒に教えるつもりで虚数を説明して』
一流大の人たちは
数学として正しい回答をした。
これは負ける、と思って、
厳密な数学的説明ではなく、
生徒が一旦飲み込める説明をした。
で、俺が受かった」




