第20話「元凶観測」
見ている者は、物語を求める。
老兵の執念か。
青年の機知か。
【賁星星環群、賛星(居住星環)】
千歳騎士団事務所の応接室は、薄暗い静寂に包まれていた。
鋼谷琢磨は一人きりだった。
いつもの習慣で、次戦の資料のチェックをしていた。
その時、控えめなノックの音が響いた。
「鋼谷くん、少しいいかな?」
鋼谷が応じるのとほぼ同時に、ドアが静かに開かれた。
そこに立っていたのは、騎士運の副委員長だった。
鋼谷は無言で立ち上がり、短く一礼する。
「副委員長、わざわざお越しとは、何か急用でも?」
「いや、大したことじゃない。邪魔をしてすまないね。楽にしてほしい」
副委員長は穏やかに手を差し出した。
鋼谷が席を勧めるのを待ってから、対面のソファへ静かに腰を下ろした。
目の前の紳士の親族が私設の賭場を営んでいることは公然の秘密であった。
何をしに来たかは察しがついた。
「次の試合、注目されているね」
その試合も日が近いというのに、公平を期すべき立場の者が何をしに自分の元に来たのか。
「相手はトップリーグ初戦とはいえ、27連勝、勢いがあるね」
鋼谷は副委員長の肩越しに自身のトロフィーが飾られた棚に視線を移した。
「勘違いしないで欲しい。君が勝つと信じて組んだ」
誰に言われて組んだのやら。
もっとも、最近はもっぱら新参狩りの異名までもらっている。
かつてはトップリーグの2位にもなった自分がだ。
初見殺しの自覚はあった。
騎士運の本来の思惑としては、連勝記録は嬉しい誤算のはずだ。
礼文に続く新星である。
勝ち方に問題はあるにしても、礼文の対抗馬、悪役が務まるならなおよし。
しかし、公営・私設問わず賭場での賭け率が沖の方に極端に傾き、調整するように横やりが入ったのではないか。
激励の名を借りてわざわざ圧をかけにやってくる、その立ち振る舞いに一歩どころか数歩引いてしまう鋼谷だった。
副委員長は、鋼谷が手元に置いた端末に視線を落とし、小さく嘆息した。
「北斗、赤銅騎士団、沖くん、公営のオッズは1.4倍を切った。盛り上がっているよ。興行としては、これ以上ない理想的な形だ。話題になるほど、我々の運営も潤う」
この副委員長だけではない。
端末に表示された数字さえ遺憾に思う。
揃いも揃って自分を格下扱いしている。
10年以上、トップリーグを支えてきた自分よりも、新参の勝利を信じるというのか。
「鋼谷くん。彼の連勝記録をどこまで伸ばせるかという社会実験をしたいわけじゃないんだ」
副委員長の声は、どこまでも丁寧だった。
「君なら、いや、ずっとこの舞台で戦ってきた君には、勝ってもらわなければ」
勝たねばどうだというのか。
ただ、自分を便利な刺客として見ているだけだ。
鋼谷は視線を落とし、机の端に反射する光を眺めた。
「……世間が期待しているのは、沖の勝利ですよ」
「そうだね」
「その期待は裏切っても?」
「当然だよ。期待とは、裏切られるためにある」
即答だった。
「負けるつもりなどありません」
「いい返事だ。トップリーグの厳しさ、存分に教えてやりたまえ」
副委員長は満足げに頷いた。
そこに労いの色などなかった。
「では、楽しみにしているよ」
副委員長が去った後、鋼谷は再び手元の端末の資料に目を向けた。
勝てと言われたこと自体は不快ではない。
勝たせたい理由、負けろと言う世間の目、すべてが泥のように濁っていた。
もちろん、全力だとも。
それが、この歪んだ制度に対する、鋼谷なりの最低限の礼儀だった。
世間はすでに沖の28連勝を既定路線として楽しんでいる。
彼らにとって、鋼谷琢磨という男は、新参の神話を彩るための噛ませ犬に過ぎない。
さらには、対戦相手の沖大地。
聞けば、何やら搦め手で来るという。
実力で正面からぶつかることもせず、小細工で連勝を積み上げる若造。
真っ向勝負を厭い、盤外の知恵を絞って連勝を重ねる。
そんな若造に、自分の10年の重みが負けている。
そんな不遜な振る舞いを連勝という言葉で塗り固め、崇める世間。
そして、その熱狂を商売道具にする運営。
「本当に止めたいのであれば、高瀬だろう」
大地の連勝を止めるのが目的なら、最適解は、機動性で圧倒できる高瀬長門だ。
騎士運が本気なら、自分の出番はなかった。
それが、何より納得がいかなかった。
「……期待、か」
副委員長の言葉を反芻する。
その通りだ。
世間、運営、賭場、全てまとめて裏切ってやる。
言われたから勝つのではない。
すべてが癪に障るからだ。
鋼谷は、ゆっくりと立ち上がった。
その目には冷徹な闘志が宿っている。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
赤銅騎士団格納庫。
格納庫の天蓋に、照明が灯った。
減光されていた作業域に、人工の昼が差し込んだ。
「じゃーん」
白石が誇らしげに両腕を広げた。
その背後には、見慣れたシルエットの機体が鎮座していた。
どうしたんですか、白石さん。
大地の声は冷ややかだった。
「見て、わからない?」
大地は数秒、無言でその巨体を見上げた。
目で見てわかる違いは、ごくわずかだった。
赤銅色の装甲は、いつもの機体とは少し色が違って見えた。
だが、色のほかには、大地には違いがよく分からなかった。
塗りなおしました?
「惜しい。新品よ。マイナーチェンジというか、性能は今のよりもアップしてる」
スペック表どおりなら、そうでしょうね。
簡潔な評価だった。
大地は新しい機体への関心が薄いようだ。
「少しは喜びなさいよ」
試合の1週間前に見せられてもな。
ひよこリーグならまだしも、トップリーグだし。
大地はその新しい機体から視線を外した。
いつもので行きますよ。
試合対策のほかに完熟訓練までやるのは、さすがにオーバーワークです。
白石の表情が固くなった。
「いい機体があるのに、もったいないじゃない」
勝ったら間が空きますし。
次にしましょう。
大地は軽く肩をすくめた。
今回は、こいつは代船ってことで。
すっかり興味をなくした大地はシミュレーターの方へ歩いて行った。
「ちょっとー、大地、待ちなさいって。
何で勝つこと前提?
トップリーグ舐めてない?
天狗になっちゃダメでしょ」
白石は追いかけたが、大地は気にも留めなかった。
負けたら出て行け――
その言葉は、大地と都並オーナーだけのもの。
いちいち語ることもない。
機体の陰から、滋野が顔を出した。
「……マイナーチェンジっても、整備が丸々同じってわけでもあるめえ」
滋野はそう言って新しい機体を見上げた。
「まして今の『赤銅鬼』は
坊主に合わせて毎回とがったチューンしてっから、
原形どおりじゃねえ」
竹島が頷く。
「そうですね」
「俺たちとしても、
こいつを世話するのは、この次からで賛成だな」
「……うちの意見、まとめときます」
竹島はそつがなかった。
「承知工業」の名が、業界で話題になっていた。
CU95SN-5シリーズの、予想を裏切る快進撃がきっかけだった。
ひよこリーグに始まり、サードリーグ、セカンドリーグまでも無敗で駆け抜け、ついにトップリーグへと昇格した。
連勝が無視できなくなると、問い合わせが殺到し始めた。
しかし、開発陣は手放しでは喜べなかった。
自分たちが作ったCU95SN-5シリーズは、あくまでコストと優先させたギリギリ実用機。
トップリーグどころかサードリーグを勝ち抜けるスペックではないことを、彼らはよく知っていた。
「なぜ、この性能で勝てるのか」
その疑問は次第に、「現場で何かが起きている」という確信に変わった。
彼らはその正体を確かめるため、動き出した。
そうして、赤銅騎士団に、一人の男が現れた。
「承知工業の製品開発総合主任、承福鉄平と申します。日頃は我が社の製品、CU95SN-5シリーズをご愛顧いただき、誠にありがとうございます。本日は、先だってのお願いのとおり、今後の製品開発の参考といたしたく、現場における運用をしばらく研究調査させていただきたく、参りました」
承福の熱い視線は『赤銅鬼』へと注がれていた。
闇の向こうで
圧砕と逸閃が火花を散らす。




