幕間「ベビーフェイス&ヒール」
騎士団というのは、
戦う者だけが居るわけではない。
勝った者の横で笑う者、
支える者、
煽る者、
整える者。
そして、時々、
本人の知らないところで
勝手に商品価値を見出す者たち。
何が言いたいのかというと、
可愛いは、武器になる――
始まりは、たった数十秒の切り抜きだった。
観戦施設前。
人だかりに向かって、沖希倫がきっぱりと受け答えした短い映像。
兄の名前を出されても飲まれず、怖がっているのに姿勢を崩さず、最後まで言葉を選んでいたあの場面が、妙な勢いで拡散していった。
《沖希倫ちゃん、なに、超可愛い》
《たぬき顔で愛嬌つよい》
《兄よりまともそう》
《兄の試合は意味わからんけど妹はわかる》
《しっかりしてるのに顔が丸くてかわいい》
《赤銅騎士団、顔面のバランスどうなってんの》
《マスコットにしろ》
その日、赤銅騎士団事務所では、昼過ぎから竹島健司が一人で端末を見ては、いやらしいほど満足げにうなずいていた。
「これは来てる」
「何がよ」
白石美月が荷物を片手に通りがかりざま、嫌そうに聞いた。
「波です」
「だから何の」
「希倫ちゃんの」
「……キモッ」
白石が端末を覗き込む。
そこに並んでいるのは、希倫の動画とコメント群だった。
「……希倫ちゃん、強過ぎ~」
「でしょう?」
「あざとく見えないのが、強いわ」
「でしょう?」
白石は数秒黙った。
それから、竹島の端末を取り上げるようにしてスクロールする。
ただの浮ついた反応ではない。
反応の方向がそろっている。
「……親しみやすさ」
「はい」
「地元密着」
「はい」
「大地くんの危うさを中和する雰囲気」
「それです」
竹島は勝ちを確信した。
「だから、マスコットガールの公募、やりましょう」
「なんでマスコットガールが出てくるのよ」
白石は机に荷物を置き、腕を組んだ。
「うちは騎士団であって、芸能事務所じゃないの」
「わかってます。
でもトップリーグを見据えるなら、
騎士団単位での見せ方がいる。
騎士だけじゃ弱い。
赤銅騎士団を応援する理由が増やす」
「その理屈は、まあ……」
「でしょ?」
「ただし、希倫ちゃんが乗るかは別の話」
「そこはもちろん、俺が説得しますって」
「……目が嫌らしい」
「ちゃんと、口説きますから」
「もっとセリフまで嫌らしくなった」
沖希倫が事務所に顔を出したのは、そのときだった。
「あ、こんにち……」
「ちょうどいい!」
竹島が即座に希倫に駆け寄った。
「希倫ちゃん、うちのマスコットガールやらない?」
「は?」
希倫は防御反応で数歩下がって、入口のドアに半身を隠した。
「帰っていい?」
「待って待って。
違う。
怪しい話じゃないから」
「健ちゃんの目が、すっごく怪しい」
「論理がひどい」
入口の喧噪を見て白石が椅子を引いて希倫を呼び込んだ。
「座って、話だけも聞いてもらえない?」
「……話を聞くだけなら」
「えー、赤銅騎士団広報強化計画、その一です」
「その一なの?」
竹島は即席の企画書を端末に表示した。
いつ作ったんだろう、白石は怪訝に思ったが、流した。
「トップを見据える今、うちに必要なのは騎士団全体の顔。
親しみ、地元性、導線、安心感」
「安心感を兄さんに求めるのは、ないわね」
「だから、希倫ちゃん!」
「具体的には?」
「試合前コメント、
宣材写真、
イベント参加、
応援導線の顔」
「つまり看板?」
「そう」
「もちろん雑に扱うっことはないよ。
価値をつけて、世に出すってことだよ?」
「やるなら半端にはしないわ。
服もメイクも小物も。
全部、きちんとやる」
腹をくくった白石が会話に入ってきた。
「やる前提なんですか?」
「とにかく、試したいわね。
希倫ちゃんが最終的に断るのは自由ってことで」
「その言い方、
逃げ道を見せて追い込む時のやつですよね」
「賢いわね」
「嬉しくないです」
商業区画に着くまで、乗り気ではなかった希倫だった。
しかし、実際に店の前に来て、綺麗な服や小物を見ると目の色が変わった。
そして、白石の目の色も変わったのである。
「まず前提から、確認するわ」
店のショーウィンドウに向かって立たせた希倫の顔を後ろから白石の手がが挟みこんだ。
「希倫ちゃんは、綺麗系よりも、
可愛い系を強調して押し出した方が、
圧倒的に強くなる」
「本人前にして値踏みしないで」
「やりがいあるわ」
本格的に白石のスイッチが入ったようだ。
「反論は自由。ただし、私は正しい」
「うわあ」
「髪型は……今のままでもよさげ。
メイクを決めよっか」
白石は、希倫の顎を軽く上げた。
「輪郭は丸め。
目はくりっとして少し垂れ。
眉は素直に曲線が似合う。
頬に丸み。
口角も自然に上がる。
典型的な、たぬき顔ね」
白石はお店のメイクアップアーティストと希倫の特徴を確認した。
「そんなに綺麗に言語化されるほど、いい顔じゃない……」
自信持ちなさい、とメイクアップアーティストのおじさんが親指を立てて見せた。
見守り役だと主張して近くに寄ろうとした竹島を、白石が追い出した。
椅子に座った希倫。
メイクアップアーティストのおじさんの手に迷いはなかった。
「眉は太めね。
ただし、重くしない。
流行りの平行じゃダメ。
ここは自然なアーチがいいわ」
「はい」
「目はブラウン強め。
だから、陰影は柔らかく仕上げる。
アイラインは跳ね上げないように……
目尻は、少し下げることを意識して」
「なるほど」
「涙袋はやりすぎずに。
きゅるん、で止める」
「その擬音でわかる。不思議……」
「不思議に、わかるでしょ?」
頬には、コーラルピンク寄りのチークを丸く。
唇には、ベージュピンクを少しだけオーバーにして。
グロスでほんのり、艶を足す。
まつ毛は、中央だけ少し長く、でも上げすぎないように。
「……大事なのは、やってます感を出しすぎないこと」
メイクアップアーティストのおじさんが仕上げのブラシを置いた。
「最初からこういう顔です、くらいに見せる」
いっぺんに覚えろとか言わないわ、また来てね、とおじさんは言った。
「商売、お上手ですね」
「メイク技術は、もっと自信あるわ」
最後の鼻息が余計です、メイクアップアーティストのおじさん。
次はアパレルショップ。
最初に持ってこられたのは、柔らかな生成りのニット。
次に、コーラル系のフレアスカート。
丸首。
ふわりと揺れる裾。
強くない色。
「こういうのが、似合うのよ」
白石は断言した。
「線が柔らかくて、希倫ちゃんの顔立ちと喧嘩しないの」
「黒とか、シャープなやつは?」
希倫は自分の好みを口にしてみた。
「それは、家の中だけにしときなさい」
今は、よそ行きを作っているのよ、と白石が言った。
いつの間に店の入り口にいた竹島は、うんうんと頷くだけだった。
何となくだけど、健ちゃんの目がおかしい。
次は、アイテムショップ。
丸い小さめのイヤリング。
柔らかな素材の小ぶりのバッグ。
シンプルなヘアピン。
あれやこれやと鏡の前で一つずつ合わせていく。
希倫は自分に期待された輪郭が少しずつ見え始めた。
「可愛いって、単純に足し算でできないのよ」
色々な角度から希倫を見ながら白石が言う。
「丸みを揃える。
質感を揃える。
視線の逃がし方を作る。
設計次第で、強くも台無しにも」
「白石さんって、やっぱりそういうの得意なんですね」
「……覚えて、損はしないわ」
妙にその一言が、重かった。
希倫はそれ以上聞かなかった。
「さ、立って見て」
希倫は立ち上がって、鏡を見た。
そこに映っていたのは、確かに自分。
普段の自分よりも、強い部分を前へ出された自分の姿。
全身に残る幼さが弱さにならず、愛嬌しか取り柄のないはずの目元がむしろ――
柔らかいのに、ちゃんと目に残る。
希倫は鏡から目を離せなかった。
「私、普通に、可愛い……」
白石が満足そうに微笑んだ。
「いい仕上がりでしょ?」
「料理みたいに言われるの、むかつく」
鏡に映る角度を変えてみる。
つい、どのポーズが一番か見定めてしまう。
「でも、本当に、私?」
「やっぱり、自己評価低いのね。
あなた、素材はかなり上等なのよ。
謙遜だとしても、嫌味になっちゃうくらい」
観念した希倫が白石に感謝を伝えようとした、その瞬間だった。
「だめだ……
可愛い」
息を呑んだ竹島が、希倫の真正面に回り込んできた。
「えーと、健ちゃん?」
「想定を軽く、超えた……」
竹島は数秒、天を仰いだ。
それから、何を思ったか、一歩前に出た。
白石が、止めるより早く。
竹島はその場で片膝をついた。
「え?」
希倫は固まった。
竹島が希倫の右手を取ったのだ。
そして、真面目な表情で希倫をまっすぐ見上げる。
「君と、僕の家庭を作りたい」
「は?」
店内の空気が固まった。
白石が目を見開く。
希倫はしばらく瞬きもできなかった。
「えっと……待って」
「はい」
「突然すぎる」
「この気持ちは、突然だからね」
「そういう問題じゃない」
希倫は深く息を吸った。
そして、にっこり笑った。
とても愛想よく。
だが、目は少しも笑っていなかった。
「悪い気は、しない……」
竹島の顔がぱっと明るくなる。
「けど、お兄ちゃんとつるんでる人は、論外」
竹島の顔が死んだ。
「そんな一括りで?」
「『健ちゃん』、残念だったね」
普段は竹島と呼ぶのに、あえて白石は健ちゃんと呼んだ。
次の瞬間、白石はお腹を抱えて笑い出した。
スタジオで撮影シミュレートしてみた。
白背景。
立ち位置のテープ。
照明二灯。
簡易だが角度まで詰める。
竹島がカメラマン、
白石が現場ディレクション。
「顎引いて」
「こう?」
「引きすぎ。怖い」
「難しい」
「口角は今くらいでいい。作りすぎない」
「うん」
「視線、少し右」
「右ってこっち?」
「そっちは左」
「いい、すごくいい」
ファインダー越しの希倫に魅せられる竹島。
少し笑う。
笑いすぎない。
自然体。
バッグを持って、少し首を傾ける。
髪に触れる。
座ってのカット。
「単に可愛い、じゃ足りないの。
何が可愛いか、
どこが親しみやすいか、
どこに品が残るか」
最初は恥ずかしかった希倫も撮影が進むにつれて、少しずつ慣れてきた。
自分はどの角度が強いのか。
どう笑えば子どもっぽくなりすぎないのか。
「今の、いい。
守ってあげたいに寄りすぎない。
でも、ちゃんと話しかけたい、に寄ってる」
竹島が何度も小さく頷く。
「それ、すごくいい」
「健ちゃん、それはさっきの流れを思い出す。
やめて」
「……」
最後に撮ったのは、制服風に寄せたカジュアルな一枚だった。
「これなら騎士団のマスコットに限らず、
瑞穂キャンペーンガールクラス……」
竹島はモニターを見ながら、ぼそっと呟いた。
「もったいねえなあ……」
「何が?」
「普通に選ばれるのに……」
「でしょうね」
白石は淡々と言う。
「でも、向いてるのとやりたいは、別なの」
最終面接の日。
希倫は、面接の場であっさり棄権した。
白石は驚かなかったようだ。
審査会場の外に出た希倫を追ってきた白石が、理由を聞いても、と尋ねてきた。
「向いてるのは、わかりました」
「うん」
「でも、向いてるからやる、は違うかなって」
「続けて」
「私、兄を騎士として応援するのは、乗らないかなって」
白石は静かに頷いた。
「私は今のところ、妹である私のままでいたいです」
希倫の拒絶理由に白石は怒るどころか優しく笑った。
「怒らないんですね」
「理由がないもの。
最初に、断るのは自由、って言ったとおりよ」
「……あの、希倫さん、せっかくなんで一枚だけでも」
審査員として潜り込んでいたミズホウドウ通信の、旗傍がカメラを構えた。
白石が希倫と旗傍の間に入り、やんわり拒否をした。
「被写体の女の子たちは、あちらですよ」
赤銅騎士団格納庫。
竹島は、いつも通りだった。
端末に表示された図面を指さす竹島。
「見てよ。ナックルガードの改良案」
前のものと似ているが、内側の構造が違う。
「今回の変更点は、三つ」
竹島が指を立てる。
「一つ。
内側フレームで力を少し逃がす。
衝撃が一点に返らないようにする
手首の保護だ」
「ありがたい」
「二つ。
外側のガード面の形状変更。
殴るだけじゃなく、
滑らせて相手装甲の縁を拾いやすくする」
「要するに?」
「当て損ねてが、減る?」
「いやらしいな」
「三つ。
ここ……」
付け根部分を指す竹島。
「瞬間の電磁力発生。
吸い付くほどじゃない。
でも接触の瞬間だけ、摩擦を増やす」
滋野が後ろから低く言った。
「手応えが変わるな?」
「それと、連打より一撃の精度を上げる前提です」
「騎士運には、何て言う?」
「安定性の向上です」
「嘘じゃないな」
「本当ですから」
その時、希倫が入口から顔を出した。
「おはようございます」
「おう、棄権ちゃん」
竹島が手を振る。
「希倫です」
「次の応募は?」
「しません」
「いや、でも普通に可愛かったよ」
「それはもう聞いた」
「僕と家庭……」
「作りません」
「一刀両断」
滋野までが笑う。
今日も格納庫で工具の音が鳴り響く。
誰かが勝ち、
誰かが整備し、
誰かがフラれ、
誰かが笑う。
日常は、大体そんな感じで進んでいく。
竹島健司
「昨日の俺は本気だった」
沖希倫
「今日の健ちゃんは?」
竹島健司
「今日も本気だけど、仕事優先です」
白石美月
「この男、失恋の処理だけ異様に速いのよね」




