幕間「棚からチョココロネ」
新旧の「瑞穂の奇跡」の邂逅。
大地がセカンドリーグを突破したという知らせの翌日。
沖大地のアンチを消し飛ばすビッグニュースが、
夕方の瑞穂を駆け巡った。
夕方前のニュースが流れてすぐ、沖希倫が勤めているパン屋の前を取材と野次馬が取り囲んだ。
ざわざわと表の喧騒が店内まで届く。
初めは間が悪く、お客さんがいちどきに殺到したのかと思った。
だが、時折「ダイチ」という声が混じっているのは、空耳ではないだろう。
兄の何某かが彼らをここへ導いたのだろう。
人のいい店主と女将さん、気のいい仲間の店員たち。
様子を察して、ある者は希倫を背中で隠して、ある者は目に触れないように調理室に連れて行こうとする。
ここで守られていたら駄目だ。
「私が行きます」
「何を言ってるんだ。私の店の前だ。私がまず、表の連中を落ち着かせる」
店主の言葉に俺も私もと声が続く。
だからこそ、おんぶにだっこではいけない。
「怖いけど、行きます。そばで見守ってくれるなら、大丈夫です」
雛は守られる存在だ。
だが、いつか庇護から離れるものだ。
今ではないかもしれないが、しかし今が目覚め始めた時ならば遮ってもいけない。
「ドアは開けたままにする。すぐそばに俺たちが控えている」
店主は周りを見回す。
「精いっぱいやれ。背後は、任せろ」
希倫は深くうなずいた。
表の喧騒は危惧したほどでもないようだった。
希倫が姿を現すと、カメラフラッシュこそ激しく炊かれたが、詰め寄ってくる風もない。
すぐ後ろでは店主が中腰で待機している。
何かあれば体を入れ替えてでも希倫を守る気でいるのだ。
ただ、とんでもない人だかりなのは確かだった。
そう大きくない通りを車道に飛び出るくらい、人混みが埋めてしまっていた。
「あのっ」
おもったより大きな声が出た。
コエモ、カワイイ……
何か聞こえたぞ。
一気に希倫の腹が座った。
「まず、車道にいる人は、歩道まで上がってください」
まだ、誰も動かない
ここは引いてはいけない。
「上がらなければ、話は聞きません。上がってください」
野次馬の誰かが歩道へ。
一人が動くと吊られて次から次へ。
店の前や歩道は、さらに押せや押せやの大混雑である。
「話は、静かに、いっぺんに話すと、私はわかりません」
そりゃそうだと群衆の中からも小さな声だがいくつも同意が上がる。
「代表は、どなたですか?
まずその方とお話ししたいです」
先頭にいた報道陣が互いに顔を見比べた。
その中の、割と年かさの男性が手を挙げた。
「お騒がせしました。
ミズホウドウ通信の、旗傍揺真と申します。
恐らくここにいる記者では一番年長なので、代表して質問させてください」
旗傍は、文句はないな、と周囲の若い記者を睥睨した。
「ご丁寧にありがとうございます。
私は沖希倫と申します。
兄、沖大地のことでお見えかと推察いたします。
……何が、ありましたか?」
「二人の、瑞穂の奇跡の邂逅、今、大ニュースなのですが、実は……」
風鈴寺弾。
数学博士。
星環群連合の頭脳。
瑞穂の奇跡。
そして――
空気を読まないド畜生。
沖大地との結びつきに「尽力」した功績者として沖希倫の名と。
沖希倫と出会ったこの店の名を。
嬉々として、大々的に瑞穂中に発表してやがった。
「この奇跡の懸け橋となった、妹さんに何かお言葉を頂けないでしょうか」
旗傍の物腰は柔らかかったが、希倫のコメントを拾うまで動かないぞという中年男の粘っこさも見えてきた。
とにもかくにもこの群衆たちには引き上げてもらわねば、店にも近隣にも迷惑が掛かり続けてしまう。
「わかりました。
これが終わったら、引き上げてください。
あ、パンが欲しい人は順番に並んでくださいね。
チョココロネが、この店の一番人気です。
他にも、美味しいパンが一杯です」
せめて少しは売り上げに貢献してくれねば、気持ちのやり場がない。
もうやけくそである。
クソ兄貴を公衆の前で褒めたからって、命を取られるわけじゃない。
どちらかと言えば、ついこの間までこれが私のお兄ちゃんよ、と近所に触れ回っていたではないか。
「兄、ですか?
私の知る兄は、父とともに貧しかった家計を支えていた姿です。
いつも、守ってくれていました。
星環騎士になってからの兄は、皆さんの方がきっと、ご存じだと思います」
矢でも鉄砲でも持ってきやがれ。
報道陣はさすがにプロである。
絵が取れたら、引き上げるのは早かった。
くどいようだが、沖希倫は店主にもお客様にも愛されている明るい看板娘なのである。
愛嬌とあざとさを合わせもち、残された野次馬の大半のハートを撃ちぬいてしまうくらい、訳もないのだった。
この日はパンを焼いても焼いても遅くまで客の流れが途絶えず、パン屋は過去最高の売り上げをたたき出した。
希倫は幸運を呼び込む小さなお守りから、運気を呼び寄せる強力な護符に昇格したのである。
神話や伝説は、たいていは誰かの都合で増殖する。
本人の意思とは無関係に、物語となる。
日常の延長線が、観客席になる。
便利だが、少しだけ息苦しい世界だと思う。




