第17話「悪評と踊れ」
誰かの囁き
まだ、軽い。
本気で勝ちに徹した俺との違い、
教えてやる。
誰かの囁き
覚悟がない
背負うものがない
ただ踊っているのと変わらない
観戦施設の外壁に設けられた巨大スクリーンが、双方の星環騎士艇を映し出した瞬間、観客席に低いざわめきが走った。
宇宙空間にて対峙する二機の騎士艇のうち、『赤銅鬼』の両腕に注目が集まった。
両端に2つの万力、小分けにしたワイヤーそれぞれを、回転するフック構造で繋いである。
それらが両の腕の手甲を緩い手錠の様に繋いでいた。
「……あれ、何だ?」
「自分で手を縛ってる、のか?」
対峙する相手、『鳴雷槌』は、標準仕様の突撃槍型推進兵装を構えている。
セカンドリーグでは定番の標準装備だ。
正統的な構成だった。
「正面衝突なら勝負にならないぞ」
誰もがそう判断した。
試合開始信号が鳴った。
『赤銅鬼』が「前に習え」のように両腕を肩の高さまで水平に上げた。
『鳴雷槌』は様子見をしている。
スクリーンから遠い観客席からは、何が起こっているのか理解できない。
「どういうことだ。
無重力環境下で万力鎖を回転させているだと?」
右腕。
左腕。
鎖の軌跡が、まるで円形盾のように映っていた。
ただの単純な回転。
起こり得ないはずの安定した円転。
無重力下のようにしっかりした土台のない回転運動は反作用で反対方向へのモーメントが生じる。
ヘリコプターにテールローターがあるのはそのためなのだ。
「おのれ、奇怪な」
何かの仕掛けなのか。
だが、『赤銅鬼』が万力鎖を振り回しているのは事実なのである。
あの範囲、回転の外縁が特に危険。
踏み込むべき安全域は、鎖の回転半径の内側深く。
万力鎖を振り回す『赤銅鬼』の肘から肩のライン、できれば体幹まで一気に踏み込む。
そうすれば、鎖がどちらの機体にも巻き付くために威力が殺せる。
近距離が最も安全だ。
間違えば、
拘束。
捕獲。
対峙する『鳴雷槌』は距離を測り直した。
迂闊に間合いを取って遠距離からの突撃するのも危険だ。
まっすぐ自分に向かって飛び込んでくる機体などいい的だ。
中距離に入った瞬間を狙われる。
ならば。
回り込みながら接近するしかない。
相手の懐まで。
よしよし、『鳴雷槌』は想定通りのコースに入ったな。
大地は『赤銅鬼』が振り回す鎖を斜目に見やる。
落ち着いて観察されたら、セカンドリーグ自体が即詰みだった。
何せどこを切りとっても3級品の『赤銅鬼』。
距離を取って縦横無尽に飛び回られたら、追いかけられないのだ。
かといってここまで奇策で有名になってしまうと迂闊に近寄っても来なくなる。
では、近づかざるを得なくなっていただきましょう。
性能で劣るが――
悪評ならば俺が上――
最も危険な外縁の手前。
やはり『鳴雷槌』は迷った。
だが、行くしかない。
なるべく、2つの回転の水平方向に入らないように旋回運動を繰り返し――
突撃。
推進を知らせる炎がスラスターから爆ぜた。
『鳴雷槌』が一気に『赤銅鬼』まで距離を詰める。
鎖が回転する側面から。
観客は息を呑んで突貫の瞬間を待った。
だが、何が起こったのか。
『鳴雷槌』の突撃槍の間合いよりずいぶん手前で急減速してしまった。
《一体、どうした? アクシデントか?》
場内に実況アナウンサーの声が響きわたった。
「投射武装だとっ。
騎士戦を舐めているのか、山猿が!」
始めは何が起こったかわからなかった。
いや、目では『赤銅鬼』の腕から何かが自分目掛けて飛んできたのは見えていた。
万力鎖はどちらも側面を捉えたままだった。
投射武装をどこかに隠し持っていたに違いない。
怒りと興奮で指先が震えた。
『鳴雷槌』から『赤銅鬼』へ通信を開いたその時だった。
『その鎖、ほどいたら、お前が失格だ!』
逆に断罪の怒号が届いた。
鎖?
いつの間に投げつけて……
先ほどの投射武器の正体か!
だが失格を責められる理由が分からない。
反射で脳裏に「星環騎士戦規則」の失格項目が流れていく。
思い当たることはない。
さっさと機体の表面に引っ付いた鎖を……
引っ付いた?
巻き付かないはずの鎖が巻き付いたのは磁力か。
つまり、今は『鳴雷槌』に固定されている――
こいつ、万力鎖が鹵獲されて、
今はこちらの装備だと主張するつもりか。
「こんなペテンが……」
通用するか――
戦闘中に余計なことを考えていてはいけない。
『赤銅鬼』はどこを切っても3級品である。
しかし、秒速約8キロメートルで移動できる。
モタモタしている『鳴雷槌』の右肩を、急接近した『赤銅鬼』のジャムダルが砕いた。
「なっ」
続いて二撃、三撃。
勢いを乗せた一撃目よりは劣るものの、『鳴雷槌』の四肢関節部を的確に狙って寸断していく。
破壊箇所を効率的に増やされ、息つく間もなく『鳴雷槌』は機能不全に陥っていった。
「納得っ、いかーん」
《『鳴雷槌』の機能不全が全体機能の50%以上に達したため、
星環騎士戦規則の第3条第一項第3号に基づき、
『赤銅鬼』の勝利です》
「……私たちは、いったい何を観せられているのでしょうか」
観客席のあちこちでため息が漏れている。
「……ずるくないか?」
「いや、違反ではない」
「何だ、あれ」
終わらないざわめきの中。
観客席の一角にいた炎城志朗が、含み笑いを漏らして立ち去って行った。
どちらに向けたものか。
どういう意図があったのか。
解説するものはいなかった。
大地の主張はこうだった。
だから、無重力下で一度でいいから回しておきたいんです。
対戦相手に、中距離を支配されていると錯覚させたい。
「そうは言ってもなあ……」
滋野は腕を組んだ。
「空気さえあれば、
ヘリコプターみたいにテールローターで打ち消せるんだがな。
真空じゃ回転モーメントは逃げ場がない」
滋野の言葉に、竹島が顔を上げた。
「……ああ、なるほど」
何か腑に落ちた顔だった。
「滋野さん、つまりこういうことですよね。
回転機構を両腕に付ければいい」
大地が瞬きをした。
滋野も、わずかに目を細める。
「逆方向に回せば、反作用は相殺できる。
最初からパージ前提にすれば接近戦にも移行できる」
沈黙が落ちた。
二羽の鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「……どうしたんです?」
竹島だけが首をかしげる。
滋野は一度視線を落とし、わずかに息を吐いた。
「………………話を続けよう」
滋野はそれ以上は何も言わない。
竹島は気にせず続ける。
「今の鎖鎌なら、
回転機構は、着脱ユニットにしてオプションにできる。
吸着とパージは『赤銅鬼』側に電磁石で……
分けて考えれば、
別に難しい話じゃないでしょ?」
事前検査。
通常は当事者側が呼び出されることはない。押しかけることもない。
サードリーグまでなら簡単だ。
黙って取り外し命令。
または失格。
セカンドリーグからは、話が変わってくる。
星環群総督府の公認を受けた騎士団を、一検査員の判断で止めるわけにはいかない。
それは競技運営だけの問題にとどまらず、星環群同士のメンツにも関わってくる。
そうでなくても、
下位リーグに行けばヘボ・下手糞と罵られ、
上位リーグに行けば政治が口を挟んでくる。
騎士運の検査員は、神経の磨り減るお仕事なのである。
騎士運検査員
「この鎖鎌のパージシステムは、
分離投射兵器に関する規定に抵触する可能性があります
そちらの見解を、お伺いしても?」
竹島
「事故防止のためのジョイントパージは合法ですよね。
固定武器のパージも同様の安全設計思想に基づきます」
騎士運検査員
「おっしゃることは、理解できました。
ただ、前例がないものについて
今から議論していては試合に間に合いません。
正式な申し立ては別途お願いするとして、
今回は取り外していただきたく……」
竹島
「ただの鎖鎌よ?
一般的な槍の5分の1の質量よ?
鎖鎌がナシならドッキングフックのパージもナシ?」
騎士運検査員
「ドッキングフックと同列にはできません」
竹島
「危険じゃない騎士戦なんて、ありましたか?」
騎士運検査員
「……回収は?(もう帰りたい……)」
竹島
「するする。絶対する」
騎士運検査員
「……試合中の再装着は禁止です(しないと言え)」
竹島
「しないしない」
騎士運検査員
「……記録は残します(承諾しろ)」
竹島
「残しといて」
騎士運検査員
「……30分下さい(上司に丸投げしてやる)」
竹島
「コーヒー飲んで待ってる」




