第16話「我道、邁進」
強くなる方法はいくつもある。
続けられる方法は多くない。
勝つための工夫は教えられる。
だが、勝ち続ける戦い方は自分で覚えるしかない。
セカンドリーグは、サードまでとは似て非なるものだ。
連勝すれば飛び級できるありがたい仕組みはこれから先にはない。
赤銅騎士団事務所の小会議室。
大地と白石は、一つの端末を挟んで座っていた。
端末にはいくつものデータが表示されている。
これから先は連勝の数じゃ、
突破条件にはならないんですか?
白石はタブレットを操作し、リーグ順位表を表示した。
「戦績の話で言うなら、
セカンドからトップへの昇格の条件の一つは、年間2位以内よ」
他に星環群総督からの公認も必要だが、それを大地に言っても始まらない。
……なんか、仕事っぽくなってきましたね。
大地は椅子にもたれかかった。
「仕事よ」
白石は即答した。
騎士戦を競技として見ていない、冷徹な返答。
「サードまでは勝負に集中で良かった。でもセカンドからは市場も相手になるわ」
市場って?
大地は怪訝そうに問い返した。
白石は端末を指でなぞって、資料を先に進める。
「対戦相手だけじゃない。
賭博の掛け率、組み合わせを決める騎士運、スポンサー、
場合によっては星環郡の政治もね」
試合で勝ち続けても、外から足をすくわれるの?
「新参が強過ぎると、
古参が互いにけん制するのを休戦して協力体制を取り始めるのよね。
情報共有されて対策されると普通にきついわ」
白石は一呼吸置いた。
「それから、
公式の掛け率調整は騎士運の直接の仕事じゃないはずだけど、
気には留めているみたいね。
このクラスになると、
新参が連勝すれば勝ち星調整しようとしてるのかってくらいに、
騎士運が強豪との試合をどんどん組んで来るわ。
スポンサーが表や裏でやる印象操作は、ここで考えてもしょうないけど」
大地は笑うしかなかった。
都並オーナーには負ければ即クビと言われている。
だが、勝ち続けると今度は周囲が結託して潰しに来るというのだ。
ほどよく勝ち負けする方が、長続きするってことですね。
世知辛いなあ。
白石は肩をすくめた。
「サードまでは騎士の個人戦。セカンド以降からは強度比べにもなるわ。
つまり、騎士団のスタミナね」
……トップは?
セカンドでこの有様なら、トップリーグはいかほどのものなのだろうかと大地は思った。
神話かしら?
白石が冗談めかして答えた。
いや、冗談だと思っていないのかもしれない。
大地との打ち合わせで白石が説明しているのは、赤道騎士団がセカンドリーグでいかに泳いでいくか、ということである。
トップリーグ昇格の条件を大地に説明してはいたが、白石の口調にはあまり熱がこもっていなかった。
大地はデビュー戦前の打ち合わせを想い出した。
あの時、白石は勝てとは言わなかった。
相手が強めだから大地には試合開始5分以内に騎士艇を起動して、壊さずに帰って来いと指示したのだ。 今回もきっとそういうことなのだろう。
沈黙が落ちる。大地は資料を引き寄せた。
それでも、年間順位で2位になればいいんでしょう?
「あなたはもう、瑞穂所属の、地方の一騎士じゃないのよ」
白石が視線を上げる。
「星環群の資産、今や北斗の代表になったのよ」
白石は若干誇らしげだったが、大地にとって祝福ではない。
ただ、現在地はここだと示されたに過ぎなかった。
大地は短く息を吐く。
立ち回りを、変える必要がありそうですね。
大地はわざと誤解されるように『セカンドリーグで勝ち続けるためには』を省略した。
ここまでの話の流れで、大地が連勝を意識しない発言をした、と捉えた白石はよくできました、という仕草をした。
「そうね。突破ではなく、生存競争だとイメージして」
この仕事を続けたいなら、これからも連勝が必要だ。
と言っても自分と『赤銅鬼』それから赤銅騎士団の組み合わせで、他を納得させられるような圧勝劇を演じられるはずもない。
残された道。
自分が連勝する理由が、傍から見て正体がつかめないものであればいいのではないかな、と大地は思い至った。
つまり、いつも通り。
いつも通りの、制御不能。
赤銅騎士団格納庫整備スペース。
図面、資材表、摩耗ログ、油汚れのついた端末。
そこに大地が座っていた。
『赤銅鬼』を遠隔で捜査しているのだ。
前の試合で鎌と万力を繋ぐワイヤーに違和感が残っていた。
武装を丸ごと取り替える提案も出始めている。
かといって、今から自分が槍に持ち替えたところで順当に勝ち星を得られる気がしない。
ここをクビになっても死ぬわけじゃないですよ……
右腕を机に置いたまま、少しだけ動かしてみる。
わずかな震え。
こちらの方も、違和感は確実にある。
……なんだろ?
誰に聞かせるでもなく呟く。
その言葉を拾ったのは滋野だった。
整備班が所持休憩から戻っていたことに気づいていなかった。
傍らでは竹島が端末をのぞき込んでいる。
「壊れたか?」
壊れてはないです。
ただ……このまま使い続けると壊れる感じです。
滋野は頷いた。
これは故障ではない。
運用限界なのだ。
「いい判断だ。
壊してから来るやつが一番面倒だ」
滋野は端末を操作する。
モニターに表示されるのはワイヤーのテンションログ。
戦闘記録ではない。
荷重記録だ。
「お前の戦闘は、戦闘じゃない。
現場作業だ」
はい。
即答だった。
「結論から言うと、締めすぎてるのが、問題だ」
締め付けないと、止めらないです。
「そう、締め付けるから、壊れるんだ」
滋野はポケットから5連ほどの長さにカットされた鎖をどさりと机に置いて、指で弾いた。
鈍い音。
「荷運びの現場だったらな、
きつく縛らない。
むしろ、ゆったりさせて逃がす」
大地は顔を上げた。
「逃がす?」
「完全な固定ってのは、一見、安全に見えて事故の元だ」
滋野は別の図面を表示させた。
新しい武器の設計図だが、見た目が、まさに鎖鎌である。
万力、鎌、小分けにしたワイヤーそれぞれを、回転するフック構造で繋いである。
これは耐久性の向上だけでなく、パーツの交換を容易にもする。
「縛ることにこだわるな。
引っかけろ」
外れちゃいます。
「この設計なら、大丈夫だ。
もちろん撓む。
だから、しっかりと引っ掛けるんだ」
沈黙。
図面の意味を理解した大地。
「あえて、衝撃吸収か……」
滋野がめずらしく笑った。
「いつもの坊主の顔に戻ったな」
この場にいる全員が、戦術の話をしていない。
騎士運は、文句言いますかね?
大地が疑問を口にする。
滋野は肩をすくめる。
「言うかもな」
禁止されたり?
「事故が起きたら、禁止になるかもな」
じゃあ、起きなければ?
「新しい基準になるかもな」
彼らは倫理教師ではない。
結果を求める仕事人だ。
ふいに滋野が大地の右手首を取った。
「本体も傷んでそうだな」
慣らしますよ。
「……これは、慣れちゃいかん方だ」
滋野の声が少しだけ低くなる。
「壊れたら終わりなのは人も変わらん。
この後、医者に行っとけ。
俺の肩と腰を診てもらってるとこ、紹介してやる」
大地はクスクスと笑った。
滋野が自分を見る目が『赤銅鬼』を見る目と同じだ。
「いいか。安全第一だ。
俺がいる以上、勝つことを第一義にしてはやらん」
滋野はそう言って立ち上がる。
はい、わかりました。
返事だけは、良い大地。
「ずっと、続けられるための整備をする」
いつもの結論だった。
滋野は大地が大人しく従わないこともわかっている。
ああ、そうだ、健ちゃん?
滋野と一緒に立ち去ろうとしていた竹島を大地が呼び止めた。
電磁力でさ、万力か鎌を飛ばすのって難しいかな?
竹島は顎に手を当てた。
「どうかな。
そもそも星環騎士艇が電磁力で関節駆動させてるし。
自分を見えないワイヤーで縛るようなもんじゃないか?」
平柱星環群の外縁にある廃棄星環、法報。
ひよこリーグとはいえ開始からわずか60秒。
先に動いたのは『轟焔騎』。
爆発したような推進剤の噴射。
戦場そのものを短縮する動きだった。
間合いという概念を、炎城志朗は斬り捨てた。
一撃。
斧槍の石突が敵機のセンサー群を削ぎ取る。
二撃。
反射すら許さぬ軌道で、石突の連撃が胸部フレームを打ち抜く。
三撃。
大きく体を開いた回転斬撃。
衝撃は機体中枢を完全に破壊した。
相手騎士艇が、ゆっくり崩れる。
爆発はなく、構造だけが解体された。
医療班が即座に接近する。
炎城はそれを確認しなかった。
必要がないと思ったからだ。
5戦目。
5戦すべてが、同じ終わり方。
確実に破壊している。
炎城の中で、何かが確信へと変わる。
――戻った。
そう理解した。
王者の感覚が。
いや、それ以上だ。
かつての自分は勝つために制御していた。
今は違う。
勝敗すら副産物に過ぎない。
ただ、破壊が成立する。
その手応えが、確かにある。
『轟焔騎』の外装が、鈍く輝いている。
炎城は静かに息を吐いた。
――これだ。
ただ、強さあるのみ。
世界はこれを求めていた。
だから、俺はここに戻された。
解説席など、最初から仮の場所だったのだ。
敗北も、引退も、余生も。
すべてはこの瞬間のための助走。
戦場の空気が、わずかに歪む。
――俺が変えた。
競技の次元を。
それは慢心ではない。
彼の瞳の奥で、炎が静かに収束していく。
圧縮された恒星のような光。
ひよこリーグなど、彼にとっては戦場ではない。
ただの通過点。
次に燃やすべき世界を、彼は見据えていた。
観客席は静まり返ったままだ。
歓声が起きても良かった。
引退から復帰した元絶対王者とはいえ、瞬く間の5連勝。
だが、終わり方が、競技のそれではなかったからだ。
観客はまだ理解していない。
だが、本能は察知している。
何かがおかしい。
だが試合は、確実に終わっている。
ざわめきが広がった。
それは恐怖ではない。
怒りでもない。
説明のつかない違和感だった。
「……強すぎるよな」
誰かが言った。
その声は賞賛のはずだった。
だが、どこか乾いていた。
「いや、それは分かるけど……」
隣の席の男が、言葉を探すように口を閉じた。
モニターには、担架で運ばれていく騎士の姿。
生命反応は安定。
医療ドローンの表示も緑。
死んではいない。
だが、壊れている。
「……5人目だぞ」
斧槍の三撃。
開始、即決着。
全員重傷。
それが何を意味するのか、誰も分からない。
分からないが、気分が悪い。
観戦データ端末に流れる解説コメント。
《安全規格は正常に機能しています》
《競技は適正に進行しています》
すべて正しい。
だからこそ、何かが狂っている気がした。
言葉が出てこない。
何かが違う。
その差を、誰も説明できない。
「……死んでないなら、いいじゃん」
別の観客が言った。
誰も反論できない。
だが納得もできない。
死なない。
それは正しい。
だが、これは正しいのか。
誰かが小さく呟いた。
「……ひどくない?」
その言葉に、周囲が反応した。
誰も否定しなかった。
しかし同意もしなかった。
ただ沈黙が生まれた。
義務のような拍手。
興奮のない熱狂。
観客はまだ理解していない。
勝敗は記録された。
安全も確認された。
何が起きたのかは、誰もが見ていた。
だが、それが何だったのかは、
まだ誰も言葉にできなかった。




