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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第二章 静かなる堆積、堅牢なる連峰
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第15話「新たな黄金律の萌芽」

 惰眠を貪る旧きみことのり


 黄金の牙が内側から裂く。


 許しを排し、


 無秩序な秩序が芽吹く。




 紫若しじゃくは、炎城志朗の故郷・諸角もろずみの隣に位置する星環群、平柱べいちょうの中央にある星環だった。

 その紫若の不知火騎士団事務所。防音壁に囲まれた一室で、一人の男が困惑と興奮の入り混じった声を漏らした。


「……本当に、よろしいのですか。

 炎城志朗ともあろうお方が。

 こちらとしては、あなたが

 この紫若を復帰の場に選んだことは願ってもないことですが」


 対面に座る炎城志朗は答えない。

 ただ無言のまま、借り物の端末に自身のIDをかざした。

 かつて全星環群がその名に畏怖した絶対王者の名が、不知火騎士団の契約書に刻まれる。


「これで成立です。

 おめでとうございます、炎城志朗さん。

 あなたは今日から、この不知火騎士団の一員です」


 故郷を捨て、栄光の座を捨て、この男は何を求めてここへ来たのか。

 だが炎城の横顔に迷いはなかった。

 少し前まで解説席で見せていた柔和な仮面は、すでに剥がれ落ちている。


「機体は、ちょうどロールアウトしたばかりの新型です。

 オーナーの指示で、あなたのために準備してあります」


 不知火のマネージャーが操作するモニターに、格納庫の映像が映し出された。

 それは、かつての王者の重厚な機体とは異なり、剥き出しの闘争本能をまとった中型機だった。

 装甲の色は鮮やかな黄色と暗めのオレンジ。

 暗いドックの中で、それ自体が熱を孕んでいるかのように異彩を放っている。


「騎士艇の名称は、『轟焔騎ごうえんき』。

 かつて火の馬と謳われ、天を駆けたあなたには、

 この上なく相応しい機体です」


 戦場を焼き尽くし、大気を震わせる咆哮をあげるための鉄塊。


「あなたと、『轟焔騎』、

 そしてこの不知火騎士団が組めば、

 ひよこリーグからのスタートなど肩慣らしにもなりません。

 すべて、蹴散らしていきましょう」


 炎城は、無機質な画面越しにその機体を見つめた。

 かつての自分なら、その派手な色彩や荒々しい造形に眉をひそめていただろう。

 だが今の彼には、この暴力的な色彩こそが、自身の中に燻る執念を体現しているように見えた。


「……助かります」


 短く、しかし地を這うような低い声だった。

 王者の座を降り、役目を終えたと囁かれた男が、再び立ち上がる。

 それは平和な余生への決別であり、自分を過去へと押し込めた世界への宣戦布告でもあった。

 残火ではない。

 これは、緩んだ己を焼き尽くし再生するための火だ。

 そして、その火は若者たちを後ろから追いかけていく熱くて高い炎となる。

 元絶対王者の肩書きを脱ぎ捨てた男が、ひよこリーグから全星環群を震撼させようとしていた。

 炎城志朗の瞳には、かつて一度も見せたことのない、暗く烈しい炎が宿っていた。





 ――少し前の話。


 宇宙に浮かぶ巨大な人工の揺り籠の群れ、諸角もろずみ星環群。

 その一角にある居住星環、丹鶴にかくの祝祭的な熱気は、通路一つ隔てただけで真空のような静寂へと変わる。

 解説席から姿を消した炎城志朗の足音が、硬質な床に虚しく響いていた。


「……っ」


 志朗は通路の壁に拳を叩きつけた。

 鈍い衝撃が前腕を駆け抜け、骨を軋ませる。

 その痛みだけが、自分の輪郭を辛うじて繋ぎ止めていた。


「あの時、泥を啜っていれば、俺だって」


 剥き出しの言葉が、血の滲む拳とともにこぼれ落ちる。

 かつての炎城志朗は、燃え盛る太陽だった。

 諸角の誇りを背負い、熱血を演じ、常に正しく強く美しくあることを己に課した。

 敗北を喫したあの日。

 若き挑戦者、礼文慎に王座を奪われて以降、彼は周囲には役目を終えたのだと潔く振舞っていた。

 それが絶対王者の引き際に相応しいと信じて。

 だが、その正しさが、彼を苛んでいる。

 引退を決めたとき、かつての支援者や所属騎士団の面々は、口を揃えて彼を労わった。

 その言葉の裏に、当時は気づかないふりをしていた。

 脳裏に焼き付いて離れないのは、第四二代王者、礼文慎の姿ではない。

 たしかに慎には、自分にない狂気じみた何かがあった。

 だが、実はそんなものは、理由にもなりはしない。

 礼文が炎城の攻撃をさばききれずに折れた槍を手放したとき、小剣での接近戦に応じたのは、他ならぬ自分なのである。

 熱血漢を演じる一方で正しき星環騎士を演じた。

 それは騎士団のオーナー始め支援者たちが望んだ理想の王者像だった。

 故郷も共同体も、すでに元王者の置き場所は用意していない。

 彼に許されたのは、安全な特等席から後進の試合を眺める役割だけだった。

 通路のモニターが会場の熱狂を映し出す。

 型破りな戦いで観客を沸かせる若き騎士。

 その奔放さが、志朗の胸を焼いた。

 奇しくも彼のデビュー戦を解説していた。

 彼はそれから手段を択ばず勝ち続け、早くもセカンドリーグに手を伸ばしている。

 憎たらしい。

 世界も、自分自身も、そして今輝く若者たちも。

 だが同時に、その熱は頼もしくもあった。


「……ふっ、ははは……」


 それは自嘲の笑いなのか。

 絶対王者の名は、天へ昇るためのものではなかったのか。

 ならば地を這う解説席など、自分には相応しくない。

 志朗は顔を上げた。

 演じていた熱ではない、ドロドロとした執念の火が瞳から滲む。

 彼はすべてを捨てる決意を固めた。

 名誉も地位も戦歴も。

 炎城志朗は、一度この丹鶴で死んだ。

 名誉で縛ろうとする諸角など捨てよう。

 向かう先は、隣接する星環群の平柱。

 その中でも荒くれ者が集う紫若。

 彼はネクタイを引き千切り、床に捨てた。

 最下層からの再出発。

 騎士道という飾りはもういらない。

 あるのはただ、頂点へ手を伸ばす若者たちの前に絶望的な壁として立ち塞がるという執念だけ。

 新王者となった礼文慎。

 そして北斗の端、瑞穂から駆け上がる若き彗星、沖大地。

「待っていろ。次は演じた王者ではない、本当の王者を見せてやる」

 男の瞳に宿るのは、太陽の輝きではない。

 暗闇の中で燃え続ける青い執念の焔だった。

 新天地、平柱。

 一柱ずつ積み上げる再起の物語。

 絶対王者が最強の新人として他の騎士たちを震撼させる日は、そう遠くない。


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