第129話「太陽か、月か」
運命の糸は紡がれる
大抵は目の届かないところで
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
沖アリーナ。
溢れかえる観衆。
期待に満ちた声。
経済力で下層から這い上がろうとする北斗星環群に訪れた福音。
沖大地。
彗星のように星環騎士戦に姿を見せるや、変幻自在の戦法であれよあれよという間に北斗星環群初となるトップリーグまで駆け上がった。
それまで、トップリーグといえば、北斗星環群の住民は他所の星環群の戦いを眺めているだけだった。
沖大地は名だたる騎士たちを小気味よく打ち破り、ついには夢の舞台に連れてきてくれたのだ。
そのとき、アリーナに数発の花火の音が鳴り響いた。
聞きなれぬ異音と緊張感に包まれた会場が、さっと静まり返った。
その静寂を、軽快な釜太鼓のリズムが突き破った。
新しい時代の幕開けを告げるファンファーレが始まったのだ。
数拍おいて角笛の奏でる低く、長い一音が、アリーナを震わせるように響き渡った。
そこに、高らかな喇叭の音が幾重にも重なり、二万人を超える観衆を包み込んでいく。
厳かに。
雄々しく。
幾多の星環騎士たちが積み重ねてきた戦いを称えるように、旋律は大きくうねり、これから始まる戦いへの期待、緊張感を一気に跳ね上げる。
そして締めくくりの一音、天を貫くような合奏が響き渡り、そして唐突にすべての音が止んだ。
最後の一戦を前に、オープニングナレーションが流れる。
『太陽か。
それとも、月か。
今宵、星環騎士戦トップリーグ、第43期最終戦。
かたや星環騎士の頂点。
第42期総合王者、礼文慎。
かたや星環騎士の特異点。
第43期4年度・5年度王者、沖大地』
『変わらぬ王道、太陽の礼文か。
夜ごと形を変える、月の沖か』
『返り討ちか。
下剋上か』
『間もなく、開幕です』
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『赤銅鏡』操縦席内。
無事に遊架ベイエリアから発進した大地は、モニターで周囲の確認をしながら左手と右手を交互に何度も握り直した。
うん、ちゃんと見えてる。
指にも、力が入るよね。
一時はどうなるかと思ったけど、感覚は戻りつつあるよ。
昨夜は早くに床に就いたものの、ほぼ一睡もできなかった。
今朝になると視界が二重にぼやけて、手足にしっかり力が入る実感がなかったのだ。
遊架に運び込まれたときは、大地の脳裏には『どのタイミングで降参するのが具合がいいか』という逃避的な考えがチラついていたのだ。
『……戻りつつ、じゃ困るんだがな』
相手は礼文だぞ、とオペレータールームの鋼谷が釘を刺してくる。
大地たちがいくら策を準備しても、この試合に使えなければ意味はなさないのだ。
ずいぶん前だけど、鈴来総督が『総合優勝しない程度に頑張れ』って言ってたよ。
ま、気楽に行こうよ。
『昨夜、寝られなかったやつの言うことか?
もう一度、確認だ。
礼文は基本的には
牽制を交えて様子を窺ってから試合を組み立てていくタイプだ。
事前準備は周到だが、それには頼り切らないスタイルだな。
だから、すぐに潰せると踏んだ場合には、
文脈を無視して一気に詰めてくるから、気を抜くな』
負け試合を観察していると直情型のイケイケのように感じるんだけど、全ての試合を通してみると、そうなんだよね。
試合を組み立てるといっても、支配するというより、主導権を相手に預けてそのくせ踏み込ませないというか。
俺の手錠と相性が良過ぎるのが、どう転ぶかだよね……
『……昨日も言ったが、
この試合の勝敗がどちらでもいいのは政治の方だけだ。
お前にとっては、ただの勝ち負けじゃない。
礼文家に行った後の、お前の序列にかかわると思え』
鋼谷の檄にも、大地は頬を掻くだけだった。
『蒼炎山』操縦席内。
軽口を叩けるまでに回復し始めた大地に対して、礼文慎の方はいよいよ平静さを失っていたのだった。
『試合会場は――遊架』
『飛鳥、代わろう。
この宇宙服を着ろ』
『脱ぐな』
『父さん――
母さん――
飛鳥――
顔が、想い出せないよ……』
『家族ができるよ』
『慎くんも、伯父さんだ』
――弟に、刃を向けるのか?
僕が?
僕が?
僕が?
【局道星環群と北斗星環群間のデブリ空域】
杉原行成たちのチームは、疲労困憊だった。
このところ、流れ着いてくるデブリが異常に多過ぎるのだ。
ベースキャンプ近くの保管エリアには、チームで回収したデブリがぎっしり詰められている。
局道星環群からのデブリ回収部隊が間に合っていない状態だ。
雇用主からの指示があり、今日の作業が終われば、行成がチームを離れて専用ではない移動用の船艇を使って、運べる限りのデブリを係留していくことになっている。
チームの残りの二人は居残りで除去作業を続けるのだ。
そうして、二機の作業艇に設置された回収網がどちらも一杯になったときだった。
「このデブリで、今日は上がろうか」
行成の補佐についていた須堂は、そう言って両の掌を打ち合わせた。
もう回収網に空きはない。
『須堂さん、冗談きついよ。
どこに仕舞いこむのさ?』
今日はソロで操船している河東から、ごもっともな返信が入った。
しかも、須堂が回収を指定したデブリをモニターで検査してみると、作業艇の倍くらいの幅がある。
そもそも回収網に入る大きさではなかったのだ。
「何を甘いこと言ってるんだ。
網に入らないときは、アームで抱え込んで持って帰るんだよ。
二機で来ているから取り掛かれば、楽なもんだ」
『抱え込んだら作業艇が方向転換するのに、邪魔になりませんか?』
河東は口では食い下がりながらも、作業艇を指示に従ってデブリに向けて移動させた。
「そこらへんのコツを、帰り路で伝授しようじゃないか。
お誂え向きの大きさのがあって、良かったぜ」
須堂は笑みをほころばせていた。
作業を進めていく彼らをよそに、行成は引っ掛かるものを感じていた。
――形が不自然じゃないか?
今般、流れ着いているデブリのほとんどは、過去の大戦由来であると思われる。
爆破などで物理破壊された艦船や施設や星環の残骸である。
件のデブリはところどころ凸凹はあるものの、球状と呼んで差し支えない程度には丸っこい。
モニターの数値が示す推測質量が見た目から予想するものよりもかなり低い。
――がらんどうってこともないわけじゃないだろうが、
どうにも気に入らない。
「須堂さん、
このデブリ、丸過ぎないか?
偽装しているなら、
より球形に近づくものじゃないだろうか。
中身がスカスカなのも、気にかかる。
河東さん、
接近はいったん中止して、『爆発の覚悟』チェックをしよう」
須堂は、腕を組んで思案した。
長い宇宙作業生活で、数は少ないものの、今のものよりも球形に近いデブリは見かけたことも処分したこともあった。
ただ、行成の言い分も理解できる。
すでに河東の乗る作業艇は、件のデブリにアームで接触できる距離にまで詰めている。
手順の『爆発の覚悟』チェックをするのであれば、安全域まで引き返す必要があった。
そこで、間が空いてしまった。
「もう、いいよ。
時間がもったいない。
俺がやる。
アームで捕獲すれば、すぐに答えは出るだろ。
杉原さんは、そこで見てろ」
止める暇もなかった。
河東の作業艇から二本のアームが伸びて、目標のデブリを抱え込んだ。
《チキチキチキチキ。
どこだい、兄弟。
チキチキチキチキ。
どこだい、兄弟。
チキチキチキチキ。
どこだい、兄弟》
「ほら、何もないだろう?
ビビり過ぎなんだよ、杉原さんは!」
勝ち誇った河東の声。
続いて、行成たちの乗る作業艇内に耳障りな警報が鳴り始めた。
かつて学生時代に習った警報音に、行成の背筋が凍りついた。
それが、行成の記憶に残る最後の場面だった。
《チキチキチキチキ。
お先に行くぜ、あばよ兄弟》
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『赤銅鏡』操縦席内。
突然、耳障りな警報が狂ったように鳴り響いた。
およそ聞いたことのない凄まじい音量に、思わず大地は両耳を掌で塞いだ。
何?
何が起こった?
故障?
それは、すべての宇宙船艇に備えられた緊急警報。
この星環文明の天敵、『兄弟爆弾』が作動した『さらば兄弟』の信号が近辺で発せられたことを知らせる警報であった。
促成教育で宇宙に出た大地には、初めて耳にする警報だった。
『蒼炎山』操縦席内。
耳障りな警報が聞こえるや否や、慎の体が訓練通りに反応し始めた。
大騎士候補生学校時代に、散々叩き込まれた挙動だった。
モニターの数値を流し読み、警報が示す危険がどこからやってくるものかを瞬時に読み取った。
計器は、ただごとでない数のデブリが、突如として発生した豪雨のように迫ってくることを示している。
逃げ場は……
「『兄弟爆弾』、だと?
どこに紛れていたんだ!」
操縦室内に鳴り響く警報は、オペレーターチームの耳にも届いていた。
『慎、遊架の陰に入れ。
可能なら、ベイエリア奥まで飛び込め。
急げ!』
真の『兄弟爆弾』の恐ろしさは、爆発の大きさではない。
大気中と違って、真空では距離があれば爆風が起こらないためにその衝撃がほとんど伝わらない。
偽装に用いたデブリが散弾となって襲い掛かってくること。
そして、通信圏内にある同型機に誘爆信号を発すること。
退避が間に合わずデブリ豪雨に巻き込まれた慎は、ほとんど反射で回避し続けた。
人目もはばからずに悲鳴を上げながら。
砲もミサイルもない星環騎士艇では、デブリを排除することも叶わない。
大小のデブリが『蒼炎山』の装甲を容赦なく剥がしていく。
慎は命からがら遊架の外壁に辿り着くと、構造物の陰を伝いながらベイエリアに『蒼炎山』を滑り込ませた。
その数分後、外のデブリ豪雨の脅威も去ったのであった。
「……沖は?
沖大地は、どこだ?」
慎は満身創痍の『蒼炎山』で再び宇宙に飛び出した。
『慎、待て。引き返せ。
豪雨は去ったかもしれんが、
すべてのデブリが過ぎ去ったとは保証できん』
オペレーターチームは必死に呼びかけるが、慎の耳には届かない。
レーダーを全開にするが、反応が多過ぎて沖の所在を掴む役には立たない。
オペレーターチームの言う通り、密度は薄くなったとはいえ数多くのデブリがこの空域に散開しているからだ。
そんな中で飛行することも、危険を伴う。
「弟……僕の、弟……」
やがて、『蒼炎山』の推進剤が尽きた。
慎は『赤銅鏡』の機影を見つけることはできなかった。
軍事施設由来の遊架周辺には、三十発の『兄弟爆弾』が漂っていた。
ステルス素材で偽装されたそれらの爆弾は、これまで発見されることなく200年余りを不発弾として休眠し続けていたのだった。
これらの事実が判明したのは、『兄弟爆弾』由来のデブリ豪雨災害が過ぎ去ってから、二週間後である。
沖大地を愛していてくれた人へ
沖大地を憎んだままの人へ
長らく付き合ってくれて
ありがとう
いずれにせよ
この先を読み進めるのであれば
覚悟をしてください




