第128話「E.O.D.」
世紀を超えて
今なお漂う大戦の残滓
誰にも知られぬまま
宇宙を彷徨う
全星環大戦から、すでに二百年以上の時が経過している。
それでも戦争によって生じたデブリの大半は、いまだに宇宙空間を漂流している。
戦争末期、星環周辺空域には、艦艇や輸送施設、星環そのものが破壊された名残の大量のデブリが発生していた。
それぞれのデブリは、破壊や爆発によって生じたエネルギーで、様々な方向へと散らばっていった。
一部は星環近傍を周回する危険デブリとなり、一部は太陽系外への軌道に乗って遠ざかっていった。そして、一部は太陽をはじめとする天体の引力に捕らわれていった。
これらデブリは、当然ながら自ら推進することはない。
しかしながら宇宙空間には、巨大な天体による重力場がある。
重力場によって、デブリの軌道は変化することがある。
地球や月、太陽、その他の大型天体の近傍を通過するデブリは、その重力に引かれて落下していくものもある。
そして、大型天体の近傍を通過する中には辛うじて落下する軌道に入らず、むしろその重力によって軌道の進行方向を変えるものも多くある。
長い年月をかけ、いくつもの運の巡り合わせにより重力場を渡り歩いたデブリは、発生時には地球近傍に存在したものが、二百年後には小惑星帯付近まで到達することもある。
そして、星環群が存在するラグランジュポイント周辺、特に安定点においては、天体同士の重力が拮抗していることから、小天体が留まりやすい性質がある。
これが、戦争由来のデブリが今でもそれぞれの星環群周辺空域へ流入している通説である。
戦争由来のデブリの原材料は、艦艇や星環の外装だけではない。
ケーブル、配管、構造材、複合材……
それらが砕けて溶けて、長い漂流の間に離散と集積を繰り返し、巨大な金属片から微細な破片、線状・繊維状の残骸まで、極めて多様なデブリが生じることとなった。
このデブリを利用した兵器が、『兄弟爆弾』である。
戦闘空域に投棄された兄弟爆弾は、主に高靭性の捕獲網を展開して周囲のデブリを絡め取る。
そうして、爆弾本体の周囲にデブリを集積させていくのだ。
周囲のデブリを絡め取りながら姿を隠すことに成功した兄弟爆弾は、捕獲機構を停止してその後は他のデブリと同じ軌道を漂流することになる。
外部から観測しても、それが兵器なのか、戦争時代の構造物の残骸なのかを判別することは難しいことが多い。
【局道星環群と北斗星環群間のデブリ空域】
さすがに『兄弟爆弾』不発弾発見から一年も経っていないとあって、作業経験者たちの腰が引けているようだ。
人手不足が解消される気配は一向になく、独り立ちを早めるために行成たちのチームは二手に分かれることになったのだった。
――よくよく考えれば、
たった五回の出動経験でこの実証実験用通路の工事、
長距離危険デブリ除去作業にスカウトされたのも、
そういうやむにやまれぬ事情があったからなのだな。
杉原行成にしても、できるだけ早く、多くの宇宙作業の実績を積みたいと考えていたので、お互いに『渡りに船』であったわけだ。
『外形はデブリ。
軌道もデブリ。
ほら、杉原さん。
大きいから、取り損ねるなよ』
若手の河東海里から行成への通信が入った。
今日は、河東がベテランである須堂開司に指導されながらのデブリ選別班、行成はデブリ回収班の役割だ。
あと二日間、須堂の指導下で作業を無事完了させれば、行成と河東も単独作業と相成る。
行成がデブリ除去作業に就いて、まだ一カ月も経ってはいない。
しかし行成は慣れた様子でデブリを確保していく。
『いいね、安定している。杉原君は勘がいい』
須堂が行成をおだてているその背後から、河東が鼻を鳴らす音が聞こえてきた。
『しかし、デブリ豪雨とは呼べるほどじゃないにしても、
昨日から流れが速いし、漂流してくる数も多い。
お隣では近く世紀の一戦もあるってことだから、
できるだけ流れ込まないように片づけないとな』
前期、第42期総合王者の礼文慎。
新進気鋭、第43期の4年度と5年度の年間王者の沖大地。
第43期総合優勝は、この二人の間で争われる。
言葉通りの最終決戦。
不運が重ならなければ、行成が届いていたかもしれない場所――
この世相を二分しかねない空気を、長距離危険デブリ除去作業に就いていることで目にせずに済むのは、僥倖なのかもしれない。
このところの強行軍で寝不足の目を擦りながら、行成はふと、脇目も振らずに星環騎士への道を突き進んでいた学生時代の自分の姿を思い起こした。
――不純になってしまったものだ。
機械としても星環騎士としても壊れていた行成に、人間としての感性が戻ってきたのかもしれない。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
北斗配信協会瑞穂支局、ニューススタジオ。
いつものようなインタビューブースではなく、大地が落ち着いて対談できるよう、レポーターたちとはテーブルを挟んで向かい合って配置されていた。
少し離れたカメラセットの横に、このレポートの責任者のサブディレクターが立っていた。
やがて、テーブル上の青ランプ――生配信がオンラインになったことを示す――が点灯した。
《レポーターの江野英恵です。
本日は決戦前の、星環騎士、我らが代表、
沖大地さんにスタジオまでお越しいただいております。
沖さん、本日はわざわざありがとうございます》
大地は黙って頭を下げた。
カメラの死角になりやすい左耳に仕込んだイヤホンマイクから、佐祐倫の指示が飛んだ。
『愛想、大地くん、もっと愛想よく。
今からでもいいから、声に出して挨拶して』
……沖、大地です。
配信をご覧の皆さま、こんにちは。
あの……今でも慣れないもので。
大地がインタビューや生配信の場に立つのは、初めてのことではない。
二桁どころか三桁は受けてきた身で、今さら緊張するようなことはないはずなのだ。
――このところ、どうにも頭がはっきりとしない。
ちゃんと眠れているのかな、俺。
明日の星環騎士艇の事前検査をパスすれば、明後日には試合に臨む身である。
集中できていないことより、そのことに危機感を覚えない自分が大地には怖かった。
ひと月も前は、試合に集中させろと毒づいていたのが嘘のようだった。
《相手は、前期王者です。
まずは明後日について、意気込みのほどをお伺いします》
考えがまとまらない大地の口から、過去の台本の言葉が流れ出した。
とにかく、僕は戦って勝つ。
それ以外のことは、頭にありません。
僕の勝ちの価値は……皆さんで決めていただいて構いません。
《沖さんのトップリーグ所属の三年間で、礼文慎との対戦はこれが初となります》
発言を振られたことに気付かず黙ったままの大地に、江野が目で合図を送った。
……僕は、いい父親になれるだろうか。
大地から返ってきたのは、質問の答えではなかった。
江野本人は、大地のおよその事情と婚約者である佐祐倫の妊娠は耳にしている。
しかし、公表されているのは婚約までだ。
時折、抜けた回答をすることのある大地であったが、これはとんでもない爆弾発言である。
――いや、まだ子どもができた、とはっきりした発言じゃない。
充分過ぎるほどにセンシティブな発言であったものの、江野は生配信レポートの最中に、ゲストから未公開情報を暴露された経験がないわけではない。
《婚約報道から、まだまだ冷めやらぬ熱い時期ですね。
熱愛の成就の末、さらにめでたいニュースについて……
私たちも待ちかねているところです》
江野はサブディレクターの顔色を窺いながらレポートを続ける。
上司の仕草を見る限り、そのまま行けということらしい。
《明後日の試合を勝利で飾り、
未来の我が子に、父として誇らしい姿を残したい。
そんな強い決意表明と受け取らせていただきました》
……僕は、良い兄だっただろうか。
《兄である大地さんは『瑞穂の奇跡』、
妹さんは『瑞穂の護符』として、
賢兄賢妹、瑞穂住民……いや北斗星環群住民の鑑です》
――これは、試合前の緊張でぶっ飛んでるよ。
サブディレクター、これ以上はダメだ。
江野はレポートの打ち切りを手で合図した。
ずっと様子を見ていたサブディレクターもため息をつきつつ、手首をトントンと叩いた。
《本日は、お忙しい中、
時間を作っていただき、誠にありがとうございました。
ゲストは、沖大地さん。
レポーターは、北斗配信協会瑞穂支局、江野英恵でした。
キャスターに、お返しします》
テーブルの青ランプが消灯すると、息もつかずにまくしたてていた江野は大きく息を吸い込むと、椅子の背もたれに体を預けた。
「沖さ―ん……
弁舌の調子が良くないときは、言ってくださいよ―」
時を超えて
今なお縛る慚愧の念
誰にも知らせぬまま
虚空を見つめる




