第122話「全速漸進」
めでたさも
中くらいなり
おらが春
薄き日影に
草も萌えつつ
※上の句は小林一茶の句文集
『おらが春』より
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
黒崎住建宅。
折よく、忙しい二人が揃って居る日ということで、約束の時間に合わせて佐祐倫の両親に婚約報告のために訪れた大地たちだった。
前回の訪問同様に紬生に居間まで案内された大地たち。
すでに大歓迎が既成事実になりかけていたことを知らない身だったものだから、大地は待ち構えていた住建に防戦モードかつ艦載機のスクランブルモードで挨拶をしたのだった。
大地は住建の目を正面から見ず、少し目線を下げて顎のあたりを見る。
ご無沙汰しております。
この度は、お時間を取っていただいて、ありがとうございます。
実を申しますと、ご息女、佐祐倫さんとは恋人として、
お付き合いをさせていただいております。
さっさと帰りたいのがばれない程度に、早口にならないように気を付けつつも、大地は一気にまくし立てた。
視線をあげると、住建の表情が変わっていなかった。
今さら何を言っているのか、という顔だった。
――あれ?
前のときって
職場の同僚としか紹介してもらってないのに、
めっちゃ娘の父って感じで
きっつい対応された気がするんだが……
「それでね、お父さん。
あの……
孫ができます」
さすがに住建は驚いたのだろう。
ソファから跳ねるように立ち上がった。
――佐祐倫さ――ん。
なんで、地雷から踏んじゃうの――
大地は反射的に土下座した。
あ、あの、決して浮ついた気持ちじゃなくて……
け、結婚することは、その……
お嬢さんには、承諾してもらっていてですね……
今日は、そのご報告と言いますか……
大地が顔を上げると、何としたことか。
向かい合うように住建が土下座しているところだった。
「……本当に、うちの娘でいいのかい?
もしかして、罠にかけられたとかじゃ、ないよね?」
――なんてこった。
佐祐倫さん、義父さんからまるで信用がない……
いや、この前まで家出娘だったか。
紬生が人数分の紅茶を携えて戻ってくると、まあまあまあと土下座している二人と不良娘扱いにへそを曲げている佐祐倫をソファに座らせるのだった。
無事、妙な誤解も解け、すっかり息子扱いされていることは脇に置いて、大地は手土産を住建と紬生それぞれに手渡した。
とはいえ、土産に何を選ぶのかもそれなりにひと悶着があって……
ご両親二人の帰宅まで時間もあったので、大地たちは子ども服店でのウィンドウショッピングを終えてから、商業施設内をブラブラ歩きながら、手土産の品定めをしていたのだった。
えーと、どうしよう。
お義父さんがお酒、お義母さんが紅茶ってイメージだけど。
これって、良いものほど好みが分かれるよね。
『酒棚にはブランデーが多いわね。
母さんは……神戸紅茶で選んでおけば失敗はしないと思うけど?』
ブランデーって、めっちゃ種類が多いじゃん。
ブレンド?
スモーキー?
何を選んだらいいんだよ。
『私は、コニャック。
普段飲みなら、VS。
貰うなら、VSOPかな。
ナポレオンまで行くと、怖くて飲めないもん』
佐祐倫さんのご褒美は、今度買うから……
……いや、駄目じゃん。
お腹に居るんだから、お酒、駄目じゃん。
結局、店員の勧めで、それぞれ一番高いものを包んでもらったのだった。
沖家。
希倫に衝撃が走った。
「私、もう叔母さんになるの?」
こちらでは佐祐倫が米つきバッタのように頭を下げるのだった。
【諸角星環群、丹鶴(居住星環)】
礼文本家。
礼文慎は落ち着かない。
ソファに腰を落ち着けて、しかし気は落ち着かない。
おかしい。
自分は世界の歯車の一つのはずなのだ。
世界が求める正解の景色に、はめ込まれていたはずなのだ。
5年前。
下馬評を覆して、大本命の杉原行成を負傷欠場に追い込み、礼文家の宿敵、炎城家の最高傑作である炎城志朗を倒して宿願だった第42期総合優勝を果たした。
今年。
大本命と呼ばれた杉原行成を抑え込み、堂々の優勝街道を歩むかと思われた矢先、その杉原に意趣返しの大怪我を負わされた。
負傷欠場の間に今度は新生の沖大地に詰め寄られて、現在は1勝差、間近に控えている最終戦では直接対決という綱渡り。
これは、どちらの首に縄が掛かっているのか。
そこに、苦笑いを浮かべた礼文・但馬・太陽がコーヒーを2人分携えて戻ってきた。
「また、慎くんは固いことを考えているね?
最終戦は気楽に、
好きなようにやりなさいと先ほど伝えただろう?
慎くんが勝てば良し。
沖大地くんが勝っても、手は打ってある。
星環騎士戦の戦績はともかく、
大統領選出権や大統領府については、世間が言うほどの天王山じゃないんだ」
星環群連合をまとめる器量のある候補者を、北斗星環群、ましてや瑞穂から出せるものか、と軽く笑い飛ばす。
「傀儡というと外聞が悪いが、大統領という肩書だけだ。
秘書をはじめ実務はすべてこちらが押さえる。
……世界は君が考えているほど複雑じゃない。
今度やってくる大地くんが考えているほど単純でもないがね」
受け取ったコーヒーを一気に飲み干すと慎は腰を上げた。
優勝は二の次。
そう言われては、自分がここにいる意味はない。
それ以前に、自分が世界のパーツとして必要がないのであれば、両親や飛鳥は何と引き換えに……
「慌てないで。
意味もなくコーヒーを持ってきたわけじゃない。
そこに掛けなさい」
「炎城志朗は引退した。
ずいぶん働いてくれたよ。
故郷を離れて、
引退を撤回してまで復帰した星環騎士だったとは思えないくらい、
衰弱していたよ。
年齢もあるが、あそこまで気持ちがボロボロだと指導者にも回せないね」
残念だよ、と太陽はコーヒーを静かに啜った。
まるで無関心な慎を見て、太陽はややおどけつつも苦言を呈した。
「仮にも優勝を争ったこともある間柄でしょう。
同情しているフリくらいはしなさい。
なんのかんの、もともと地元の諸角だ。
それなりに炎城志朗の名前の影響は残っている。
言っていることは分かるね?」
若い時期に星環騎士戦総合優勝した慎には、望めば今後に象徴としての大統領役が回ってくることもありうる。
わざわざ、敵も隙も作ることはない。
「それよりも、大地くんのことだよ。
恋人が……ああ、以前説明した煙幕の方じゃなくて、本当の恋人ね。
どうも、祝いごとが続きで来たようでね」
慎に、義弟だけでなく、連れ合いとなる義妹。
それだけではない。
「慎くんも、伯父さんだ。
年齢を考えたらおかしくはないんだけど。
おかしいよね」
大地に人生を様々な角度から侵食され始めて、平静でいられない慎の前で、太陽はあくまで軽薄に笑うのだった。
荒海や
佐渡に横たう
天の川
渡る術なし
頼む影なし
※上の句は松尾芭蕉の紀行文
『おくのほそ道』より




