第120話「零か、百か」
迷い道
白黒つけて
その先へ
行こか戻ろか
まだ道半ば
長かった第43期もいよいよ残すは、あと1戦。
波乱に次ぐ波乱。
それでいて、本命が現在、総合1位を維持している。
下馬評をことごとく覆した超新星。
並みいる強豪、競合相手を押しのけて。
経済最下層の星環群のさらに貧困層を出自とする騎士が、現在総合2位まで追い上げている。
奇しくも、初対決。
先ほど発表された直接対決で2位が1位を下せば、勝ち星で並ぶ。
すなわち、直接対決が1対0となり、まさに前期第42期を彷彿とさせる大逆転劇となる。
まさに天王山、首位攻防戦。
奇しくも第43期の暫定総合1位は、礼文慎。
たった一度の年度優勝で、杉原行成と炎城志朗をかわして大逆転劇を生んだ立役者である。
その礼文慎の背中を、暫定総合2位の沖大地が掴んでいる――
カフェ/千代の音。
盛り上がらないわけがない……
……らしいですけど、当人はいたって『どうでもいい』そうですよ?
大地と佐祐倫にとって、久しぶりのカフェデートである。
営業時間外、本来は定休日に無理を言って開けてもらったのだ。
もはや貸し切りにしないと、大地は落ち着いて外食もできない有様である。
店長はじめ店員たちは大地たちに気を使ってか、用事のある時はベルを鳴らしてくださいと告げて奥に姿を消している。
人の目がなくなり、すっかりだらけてしまってテーブルに突っ伏しているばかりの大地の背中を、佐祐倫がポンポンと軽く叩く。
「そんなこと、言わないの。
今度の試合は結果がどうなるにしても、
瑞穂どころか、
北斗星環群の快挙であることに間違いないんだもの」
――希倫も、さすがに俺を応援してくれないよな。
もう19歳だ。
兄より、推しを取るだろう。
面倒くさそうに体を起こした大地は、前菜の『生ハムと洋梨、ゴルゴンゾーラチーズのサラダ/削りチョコがけ』に手を伸ばした。
生ハムの塩気、洋梨の甘み、ゴルゴンゾーラの濃厚なコクと刺激的な風味。
散りばめられたベビーリーフに控えめにまぶしてあるオリーブオイルとバルサミコ酢が主張の強い材料をうまくまとめている。
そこにカカオ95%の削りチョコのほろ苦さがアクセントとなっている。
冗談みたいな組み合わせだけど、美味い。
何で、こんなメニューを思いつけるんだろう?
俺が同じ材料で作れば、残飯になりそうなのに。
佐祐倫は少しの間顎に手を当てると、思いついたことをそのまま口にしてみた。
「大地くんの対戦相手も、そう思っているんじゃないかな。
彼らだけじゃない。
まだ対戦していない騎士や、騎士団のスタッフ、それに観客も」
大地は佐祐倫の評価をしばし反芻したが、否定するように首を横に振った。
止してくれよ。
俺は、目の前に置かれた材料で、勝ち筋を探してきただけだ。
もちろん、星環騎士戦規則に反しない内容でさ。
だから、星環騎士道ではないかもだけど、誰でも思いつく、ありきたりな戦い方だよ。
――高瀬や杉原や炎城みたいな頭のネジがぶっとんだ戦い方なんて、選ぶ以前にできないって。
あれはあれで特殊な才能なのだと、大地は考えている。
もしも星環騎士戦規則が、星環騎士道に沿って規定されたものであったのなら、大地に勝ち筋などと一つもありはしなかったろう。
本当に、星環騎士戦運営委員会って、この200年余り、何をしてきたんだろうね。
まあ、そのお陰で俺がその隙間に割りこめたんだけどさ。
今度の試合が終わったら、大地は北斗星環群、瑞穂とはお別れだ。
礼文家に入って、星環騎士戦に関わって生きていくのだろう。
腕を売るのは、大地の信条にかなう。
むろん、適正価格で。
だから、大地にしてみれば、礼文家が自分のことをずいぶん高めに見積もってやしないかと心配にもなる。
あちらの期待外れになるか。
あちらの興味が尽きるか。
結局、戦績以外があちらの意にそぐわなくなるか。
飼い殺しなら、まだ良い。
無罪放免にしてくれない予感が大地にはしている。
――俺が値段を吹っかけたわけじゃないんだけどな。
大地はちらりと佐祐倫の方を窺った。
彼女は繊細な前菜を目を閉じてゆっくり味わい、食べ終わったところだ。
大地は銀色に煌めくフォークと……
フォークを咥えた佐祐倫の唇をじっと眺める。
礼文家に入る大地に一緒に諸角星環群まで付いてくるのは、今のところ赤銅騎士団マネージャーである白石美月だけだ。
妹の希倫にも付いてきてほしいが、まだ返事は貰えていない。
推しの礼文慎の傍で暮らせるというのは、単純に魅力的とは限らないようだ。
難しい年頃である。
アドバイザーの鋼谷は、大地が居なくなってもまだこの瑞穂でやりたいことがあるので、残ると言ってきた。
竹島は、赤銅騎士団に愛着があるとのことで、大地が名門に呼ばれるなら、笑って見送ると大地の肩を叩いて祝福した。
大地は佐祐倫には、まだ話せていない。
白石美月からも、大地から話すように言われている。
佐祐倫は、星環騎士の個人秘書としては、呼ばれない。
大地の制御装置役に白石美月が呼ばれている影響もある。
佐祐倫を連れて行くのであれば、大地との個人的な繋がりしかない――
――俺の、この奇跡的な勝ちが続いて、価値のあるうちはいい。
トップリーグだけじゃない。
他のリーグでもそうだ。
勝てない騎士など、ごろごろいる。
俺がいつそうなるか、わかりはしない。
礼文家に入って、環境が変わることで勝てなくなるかもしれない。
それでも、一緒にいてくれるのだろうか。
大地には怖くて聞けない。
それでも、親しい関係を一つでも失いたくはない。
初めての星環騎士戦。
初めてのトップリーグ。
初めてのハンマースルー。
大地は怖がりであるが、勇気を出せないわけではない。
「あの、佐祐倫さん……」
人生を切り開くのは、喪失を恐れずに一歩を踏み出す勇気である。
胸に勇気
震える声で
呼びかける
震える脚を
闇に差し出す




