第119話「心待ちの狂騒曲」
ずぶ濡れで
諦めなかった
その強さ
待たせたけれど
誇りにしよう
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『赤銅鏡』操縦室内。
《大地、くどいのかもしれんが、無理はするなよ。
今回は、最新型空気圧機動の初陣だ。
運用データが取れたら、勝ったようなものだ》
試合までの準備期間が短すぎて、慣熟訓練のために大地は十分な時間を割けない。
鋼谷はそう主張して、最新型空気圧機動への換装を新型空気圧機動へ置き換えてほしいと風鈴寺博士に頼み込んだが、時間の無駄だった。
そこに博士の協力なしに装備換装を終えることが難しいと承福鉄平から説明を受けたことで、大地も切り替えることにした。
幸いといっていいのか、承知工業のシミュレーターには、風鈴寺博士が最新型空気圧機動を反映済であった。
大地はその日から承知工業に籠り、事前検査の日に『赤銅鏡』とともに出荷されたのだった。
んー、まあ。
無理する気はないよ。
怪我したくないし。
危なかったら、鋼谷さんの方で降参宣言しといて。
今日の対戦相手は餅月光次。
乗る星環騎士艇は『手綱辺』。
『私との通信中というのに、ずいぶん余裕なことだ』
やや上ずった餅月の声が聞こえてきた。
あー、ごめん、ごめん。
通信を切るの忘れてたわ。
他意はないんで、お気になさらず。
沖だけに?
餅月とはまるで知らぬ仲でもない。
昨年度に一度戦っている。
つまり、現時点で大地の1勝0敗。
『連勝中で浮ついたその顎ごと、砕いてくれる』
そう捨て台詞を吐いて、通信が切られてしまった。
大地は別に言い訳する必要もないかと、いつものように放っておくことにした。
試合前の、気が立っている対戦相手に言い訳も慰めも、時間の無駄である。
試合開始のブザーが鳴り響いた。
『手綱辺』操縦室内。
相手騎士艇の槍吶喊を『赤銅鏡』が右腕を残して躱す機動を取った。
炎城戦序盤の再現のように。
「舐めた真似を……私は炎城さんほど優しくはないぞ」
スキーボードのレールスライドのように、槍を縁石に見立てて躱す動きをそのまま踏み込みの挙動とする独特の摺り込み。
そこから左のパンチングナックルが来る。
独特ではあるが、あくまでコントル・アタックからのトゥシュにすぎない。
そのコントル・アタックをさらに返り討ちにする『カウンタータイム』で冷静に仕留める。
予め取り出しやすく配置しておいた小剣で、訓練通り肩口を、いや先ほどの宣言通り文字通り顎下に――
「なっ……」
『赤銅鏡』の体が沈み込んだように見えた。
『手綱辺』が繰り出した小剣は空しく宙を突いた。
次の瞬間、『手綱辺』の操縦室内が大きく揺れた。
「衝突したくらいで……背後さえ取らせなければ」
しかし、すでに手遅れだった。
『赤銅鏡』操縦室内。
レールスライドから身を沈めるように、脚先から『手綱辺』に『赤銅鏡』を突っ込ませ、正面から胴締めする形となった。
予測通りこちらの頸部を突いてきた小剣を掻い潜ったため、ベストポジションを獲れたと言っていい。
大地は胴締めから身を起こして『手綱辺』の右腕部をバンザイさせたまま右肩口に『赤銅鏡』の頸部を寄せて小剣の動きを無効化した。
次は、左腕だ。
レールスライドの続きで『赤銅鏡』の右手は相手騎士艇の左腕を確保してある。 空いているこちらの左腕でも背中越しに相手騎士艇の左腕を確保する。
餅月が戸惑っている隙に、そのまま『手綱辺』の左腕を背面側に捩じり上げた。
胴締め。
正面からのハンマーロック。
そして不完全ではあるが肩固め。
最新型空気圧機動とは別に、大地が用意していた脱出不能の複合関節技だ。
唯一の懸念は緩めの肩固めで、こちらの首部と向こうの肩部のどちらの力が強いのかということにもなりそうだが、ここは出力のほかに『てこの原理』が重要になる。
星環騎士艇が人体に模している以上、力比べとなってもスペック通りの出力を出しにくい押さえ方は必ずある。
そのうえで、胴締めで腰椎部を破壊し終えるか、それまでに相手機の脚の動きがうるさく感じたら、『赤銅鏡』の脚部はレッグ・ロックに移行する段取りになる。
一気に50%を超える破壊を狙わなくてもいい。
まず拘束して、自由を奪う。
身動きの取れない状態で、少しずつでも部位破壊して追い詰めていくコンセプト。
それでも、いつもなら関節技の形が極まった段階で相手騎士に降伏勧告をする。
でも、データ取らなきゃなんだよな……
直前の鋼谷もそうだが、風鈴寺博士には運用データの提供を換装費用を負担する交換条件として要求されているのだ。
ギブ・アンド・テイク、ですから。
なぜか、一瞬だけ佐祐倫の顔が浮かんだ。
大地は最新型空気圧機動の起動スイッチを入れた。
フラカンは、マヤ神話に登場する人類創造に係る神で、暴風雨を武器に使うことから名称に選ばれた。
装置の大きさは新型空気圧機動とほぼ同じで、出力上昇までの時間が短縮され、最高出力も5%増加した。
早い話が――
降参まで、待てない。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
沖アリーナ。
『手綱辺』は左肩部、腰椎部そのものと左腕部と脚部への操作系統を完全に破壊され、沖大地の『赤銅鏡』の勝利が高らかに宣言されたのだった。
《それでは、30分後に勝利者インタビューを予定しております。
本日はご来場いただき、誠にありがとうございました。
お帰りのお客様にご案内いたします。
ただいまから、大変混雑することが予想されます。
安全にご退場いただくために、
ただいまより退場案内を実施いたしますので、
ご協力をお願いいたします。
お客様の安全確保のため、ご着席のままでお待ちください。
退場の順番になりましたら、お近くのスタッフが順番にご案内いたします。
お席でそのままお待ちください。
現在ご案内できるのは……
【Aブロック/一階スタンド/A通路】付近のお客様です。
まだ、席を立たないでください。
該当するお客様まで、お近くのスタッフが誘導いたします。
スタッフに従い、順番にご移動をお願いいたします。
他のお座席の皆様は、今しばらくお席でお待ちください。
皆様の安全でスムーズな退場のため、ご協力をお願い申し上げます。
なお、観戦施設から駅までの導線に、
沖大地/年度優勝連覇記念品をはじめとした物販ブースがございます。
ご観戦の思い出に、お求めいただけます……》
熱狂の
頂点の夢
あと一つ
眠れぬ夜の
狂おしい罠




