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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第十章 反発する歪み、揺り戻すねじれ
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第118話「夢、幻のごとく」

 我と来て


 遊べや親のない雀


 寂しき夕暮れ


 鳴かぬ日なき庭



※上の句は小林一茶の句文集

 『おらがおらがはる』より




諸角もろずみ星環群、丹鶴にかく(居住星環)】


 礼文本家、執務室。


 礼文・但馬・太陽は多忙である。

 粘り強い交渉や一見おっとりとした会話に誤魔化されがちではあるが、そのスケジュールは分刻みである。

 用事を済ませた星環騎士戦運営委員長――建花厳治朗たちばな・げんじろうは、お暇するよと腰を上げた。


「楽にしてくれないか、委員長。

 固い話も終わったことだし、まだ……5分ほど時間はあるんだ」


 話も早いし手際がいいから、助かるよ、と太陽はにこやかに言うのだった。


 ――相談ごととは言わないまでも、

 何かこちらの耳に入れておきたいことがあるのだろうか。


「とはいえ、話題は、さっきの続きみたいになっちゃうんだけどね。

 うちの慎くんじゃなくて、沖、大地くんのことさ。

 早々に今年度も優勝を決めて連覇。

 第43期総合優勝も最終戦までもつれ込むことが濃厚だ。

 しぶしぶとはいえ頭の固いご老人方も、

 飲まざるを得ないくらいの戦績を叩き出してくれたからね。

 礼文家に迎え入れることは、確定したよ」


 建花は無難な相槌を打った。

 太陽を観察する限り、その笑顔に反して目がまったく笑っていなかったからだ。


「一つだけ、厄介な種があってね。

 この1年で大地くんが急速な勢いで民衆の象徴アイコンになってしまったんだ。

 仮に我々を『富める階層』と呼ぶのであれば、

 そうではない階層『持たざる者たち』、

 特にその階層に支持されている。

 星環騎士戦面では申し分ないが、

 政治面で大地くんを危惧する声が、ようやくにして上がり始めている。

 ……遅いよね」


 くすくすと笑う太陽に、建花はどう返事をしていいものか迷ってしまった。


「中には本気で大地くんを始末しようとしている方々が居て、驚いたがね。

 むしろ逆効果だということをコンコンと説明してあげたさ。

 殉教者を自分たちでわざわざ作るなんて、愚行にもほどがあるよ。

 歴史を真面目に勉強したことがないのかな。

 ああ、これは委員長には釈迦に説法だったよね」


 わかりやすいお世辞に建花は苦笑いをした。

 スクール時代の建花は太陽以上の優等生であった。

 とはいえ太陽だって歴史の試験は満点尽くしだったはずだ。


「大地くん自身はノンポリ……

 政治的には中立というか無関心だ。

 本当に自分と身近な関係にしか興味がない。

 大地くんの出自とシンデレラストーリー、

 これに無自覚ながら『持たざる者たち』に都合のいい解釈が可能な言葉を語ってしまう。

 字面だけなら本当に星環騎士の言葉なのにね。

 それゆえに本人が否定しても勝手な拡大解釈は消えることはない。

 その彼らが見ているのは大地くん本人じゃなくて、理想の『自分たちを導く英雄』なんだからね。

 投影している相手が自我を出してきても自分たちの理想と異なれば無視するか解釈しなおすかだ。

 大地くんも気の毒なことだ。勝手に十字架を背負わされているんだから」


 建花はようやく太陽の言いたいことが読めてきた。


 沖大地を礼文家に養子に迎える際の手順。

 まず、沖大地は赤銅騎士団を退団する。

 赤銅騎士団からの解雇でもいいのだが、余程の不祥事でもなければ直近の年度優勝連覇の英雄を解雇できまい。

 その後、礼文家お抱えの騎士団に雇い入れる。

 トップリーグ所属の騎士団は礼文慎の所属する蒼勁そうけい騎士団のほかに仙兵せんぺい騎士団もある。炎城家にパイプの有る太陽であれば炎城志朗が所属していた岳光がっこう定騎士団に貸し出しの形で入団という手もある。

 とりあえずサブの騎士として沖大地を登録し、メイン騎士の代わりに出場させてしまえば、トップリーガー礼文大地れぶん・だいちの一丁あがりというわけだ。


 そして太陽が閑話として語っていることの解決策は、それこそ為政者としては定番のものだ。

 もちろん、太陽が反対する暗殺など愚の骨頂、反対勢力の出鼻をくじくには有効なのかもしれないが、社会運動にまで発展した活動には火に油を注ぎかねない行為だ。

 リーダーや象徴の殉教者化は、ときに社会運動に参加する側の正統性を認めてしまいかねない。


「だからさ、大地くんを早急に礼文家に取り込むことで、

 むしろ沈静化していくと、僕は考えている。

 予定より、早めるつもりさ。

 僕としては、当初の思惑通りで今にも踊り出しそうだよ」


 象徴の堕落か、変節。

 あとは次の象徴さえ、居なければ。

 残された社会運動については、分散して無力化していけばいい。

 潰すまでも、なくなる。


「変に支持者の恨みを買わないように、

 沖大地くんは『大出世』なんだよと大々的に喧伝しないとね。

 これから、その準備に大わらわなのさ」


 ちょうど5分が経ったので、建花は挨拶をしてお暇することにした。

 哀しいかな、建花の口の堅さは太陽からの折り紙付きだ。

 建花は律儀で勤勉で義理堅く……友情に厚い。


 ――愚痴のごみ箱でもいいさ。


 太陽には、心を許せる友人は少ないのだ。

 それは建花にも言えることなのだ。

 歳を取るほど、親友を大事にしなくてはいけない。

 特に歳を経た親友は、失うと取り返しがつかないのだ。





北斗ほくと星環群、出雲いずも(政治星環)】


 北斗総督府、会議室。


 北斗星環群総督の鈴来は、ここ十年間の犯罪や暴動の推移を示した最新データを映した端末を指で小突いた。


「見た目、表向き、小規模な暴動の数は大差ない。

 しかし、経済が上向いてきていることを鑑みると、

 相対的に治安は良くない方向に進んでいると解釈もできるんだが……」


 同席している警察庁長官が苦い表情を浮かべた。


「慧眼です。

 かつては、単純に食い詰めた住民による打ちこわし……

 その動機は単純に『ないから、寄越せ』でした。

 これが近年、というより今年度に入ってから顕著なのは……」


 それは沖大地を御旗に掲げた社会運動の余波と言えた。

 その社会運動の波を、仮に沖大地運動オキイズムとするならば、そのこと自体は責められる内容ではない。

 沖のように、生来の生活環境に満足せず、努力して成り上がる。

 あるいは、沖のように人の鑑となって導く。

 北斗星環群、特に瑞穂の住民の向上心を互いに刺激するのは、大いに喜ばしいところだ。

 問題は、現状に不満を溜めこんでいる層が、沖を象徴として反体制の動きを見せ始めていることだ。

 要所で警察が潰しているので、小規模な暴動で治まっているが、いつ広域に連携した運動になるとも限らない。

 さらに問題として、これが北斗星環群だけの風潮ではないことだった。

 ほぼすべての他星環群で似た社会運動が発生しており、沖が身近にいないだけ余計に過激化している傾向があるようだ。

 過激な沖大地運動オキイズム主義者たちによる被害に悩まされている他星環群からは、抗議が引きも切らない。

 ようやく星環群連合の経済貧困層から抜け出して中層に手が届きかけている北斗にとって、経済効果が莫迦にできない沖を、早々に手放す決意をしなければならないことが、鈴来には業腹だった。


 ――せめて、

 育成プログラムから次世代が生まれる算段が立ってからであれば、

 まだ納得も行くものを


 既定路線であった『沖大地を礼文家に引き渡す』ことが、来年度に前倒しせざるを得ない状況に、鈴来はほぞを噛むのであった。





 名月を

 取られたような

 浮世かな


 消ゆる泡にも

 映る月影

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