幕間「風鈴寺、急を告げる」
あしびきの
山鳴る主の
したり顔
騒がしい世の
日取り数える
【星環群連合、電子ネットワーク上】
炎城戦後の沖大地インタビュー。
『僕には、できるものがない。
艱難辛苦に耐えることを除いては。
僕には差し出せるものが3つしかない。
汗と涙と、この体に流れている血だけだ』
大地のこの言葉は、宇宙での過酷な生活を覚悟させると同時に、唯一の目的である勝利を掴み取れと民衆に伝わった。
『僕は、出自が宇宙作業者の星環騎士です。
つまり、星環騎士が育成教育される場を経験していない。
だから、僕は宇宙で星環騎士として戦っているけれど、
出陣前も、
事務所でも、
自宅でも、
商店街でも、
常に星環騎士戦を意識している』
大地のこの言葉は、勝利のためには生活や人生そのものを捧げることも辞さない不屈の闘志として民衆に伝わった。
『今だって、辛いことばかりだ。
そう、苦労も貧困も……ありふれている。
ありふれ過ぎている。
哀しいけど、これが宇宙生活なんです。
でも、もし……
地球を台無しにした僕たちの祖先を責めるのではなく、
この先100年を戦い抜くことを選ぶのであれば、
その100年後の僕たちの子孫は、
「ここが星環文明、最高の時代のはじまり」
そう称えるのかもしれない』
大地のこの言葉は、宇宙生活に疲弊した民衆の誇りと士気を極限まで高めたのだった。
意図せずして、大地の言葉が民衆の心を掌握していく。
ほとんど洗脳の領域で。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
赤銅騎士団事務所、会議室。
もうNITROは、嫌だ。
それは、炎城志朗戦から5日後のことだった。
NITROを使って、相手騎士艇をうまく嵌める作戦もしっくりこないことだし、残り時間もない。
だから、今回の試合だけでも、新型空気圧機動仕様にしようよ。
寝る間のないほどの取材ラッシュから解放された大地は、ようやく対面することができた鋼谷を相手にして、主張したのだった。
鋼谷は顎に手を当てて、天井を眺めた。
炎城戦に限っては、NITROの爆発的な瞬間出力は魅力的なものに思えた。
しかし、肝心の星環騎士である、大地が嫌がるものを強引に推し進めても、その無理がどんな心理的な悪影響を及ぼすものかわからない。
いや、すでに悪影響はあったのかもしれない。
炎城戦はNITROのお陰で勝ちを拾いはしたものの、試合自体は全体を通して軽率な失策が多過ぎた。
『勝ったからよかったようなものの』という言葉がしっくりくる内容だった。
反省する部分は、アドバイザーとしてオペレーターチームにいた鋼谷の立ち振る舞いも含めて、満載だったのだ。
――このままNITROを軸に戦術を詰めていくよりも、
ここで一度、慣れている新型空気圧機動に戻すことを考えてもいいのかもな。
試合ごとの相手騎士に合わせてさまざまな罠を仕掛ける、頭脳戦主体の大地には、自身の精神面の安定が莫迦にできない。
運用、ソフト面に関しては、大地の希望について鋼谷は見解を揃えられる範囲内に収まると考えた。
問題は、星環騎士艇、ハード面の方である。
そこは、自分たちだけで決めてよいものではなかった。
今度の試合も地元開催であるから、
余裕があるとはいえ、試合の前日検査までの残り期間が……
ギリギリでも、5日間か。
NITROは背面装甲内部の予備出力ユニットを電源としていることから、換装にあたっては、かなり大掛かりになることが予想される。
新型空気圧機動のパーツは、メーカーの承知工業に管理してもらっている。
高瀬との初戦後ほどではないにせよ、いつもの試合以上のダメージを負った『赤銅鏡』は、メーカー修理で承知工業に預けてある。
つまり、装備を換装するためにわざわざ持ち込む手間がない。
後は、NITROから新型空気圧機動への換装にかかる承知工業の作業スケジュールと、その費用だ。
「まず、承知工業に期間と費用の見積もりを依頼しよう。
俺たちが何を叫んでも、
物理的に換装時間が足りないなら、どうしようもない」
大地はわかった、と首を縦に振った。
鋼谷はその場で馴染みの承福鉄平に電話をかけた。
『ああ、鋼谷さん、ちょうどよかった』
挨拶もそこそこに、鉄平が少し慌てた様子で鋼谷に相談を持ち掛けてきたのだった。
『風鈴寺博士です。
NITROのお披露目が済んだばかりだというのに……』
鋼谷は天を仰いだ。
――あっちでもこっちでもか。
「……とりあえず、こちらの要件を先に伝えますね。
『赤銅鏡』なんですが、
NITROから新型空気圧機動への
換装にかかる承知工業の作業スケジュールと、
その費用の見積もりをお願いしたいのです。
概算だけでも今日中に欲しいのですが」
ふいに電話の向こうから高笑いのような声が聞こえてきた。
続けて、『ほらみろ……空気圧機動……』と
勝ち誇った風鈴寺博士の声がした。
さらに何か争うような音も聞こえてきた。
鋼谷は何度も鉄平に呼びかけた。
『任せるがいい。
実証実験も込みで、3日後までに納品までしてみせよう。
換装費用も、心配しなくていい。
なぜならば全て、私が持つからだ』
電話の相手が風鈴寺博士に代わっていた。
やや離れたところから『勝手に決めないでください』と鉄平が抗議しているようだった。
――なぜ既存の装備換装の話題で、
風鈴寺博士がしゃしゃり出てきたのだろうか。
しかも換装費用まで?
風鈴寺博士は大富豪にして大地の個人スポンサーでもあるからして、換装費用を負担するとの申し出があってもおかしくは、ない。
理由さえ、まともであれば。
「換装の納期が3日後と、費用の肩代わりはありがたい限りです。
ところで、なぜ承福鉄平さんと言い争いになっているのか、
お伺いしても?」
――風鈴寺博士が『大地が好きだから、費用を出したいのだ』と言ってくれたら、この話はここでお終いだ。
『興味が湧いたのであれば、承知工業に来るといい。
こちらにあるデータ、
大地くんが操る騎士艇の運用実績の解析を終えたら、
最新型空気圧機動の設計の煮詰め直しに取り掛かる。
大仕事になるから、私はきちんと食事も摂るつもりだ。
その際に同席してくれれば、詳しく説明しようじゃないか』
そこまで言うと、風鈴寺博士は電話を切ってしまった。
鋼谷の口から『換装してください』とまだ依頼していなかったにもかかわらず。
――そういえば、さらっと、『最新型』とか言ってたか?
……星環騎士戦は、新発明の実証実験場じゃないんだぞ。
「風鈴寺博士、費用負担を申し出たからって、
持ち主の意見を無視する気か!」
鉄平に依頼したのはあくまで、見積である。
費用がかからない、イコール、換装作業ゴー、ではないのだ。
星環騎士を引退して以降でも、怒っている姿を時折見せている鋼谷だが、それは話を進めるための『怒っているふり』であることが多い。
このように本気で激昂しているのは、本当に珍しいことだ。
鋼谷のすぐ横では、大地が怪訝な表情で様子を窺っていた。
鋼谷から見て、すでに大地の腰が引けているのが窺える。
だから逃げられる前に、大地の腕を取ったのだった。
「この後のスケジュールは空いているか?
……いや、あっても空けろ。
今すぐに承知工業まで、飛ぶぞ」
天祐にして災厄である風鈴寺博士を止めるにせよ自由にさせるにせよ、何をするつもりなのかを確かめておかなくてはならない。
鋼谷は和刻の承知工業行の星環連絡バスの時刻表を確かめた。
「少し急げば、間に合うな」
博士がらみはやだなー、とぼやく大地を表の車まで引っ張って後部座席に放り込み、鋼谷は車を走らせた。
黒い雲
軒端に揺れる
風鈴の
荒ぶる姿
しばし怯える




